CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

息子から名刺をもらう!

2016-02-10 08:32:12 | 日記
先月末、家を出た息子。
先週もちょこっと帰ってきて、私に恵方巻を無理矢理食べさせられて(^_^)a
昨日も遅い時間に帰宅して、今朝、出かけた。
通帳を取りに来ただけらしく、
こんな風に自宅に戻ることも減るんだろうな・・・と思ったりする。

彼は、中学卒業と同時に一度家を出て、
道場で暮らしていたので、家を出るのは、二度目。
当時、市ヶ谷にあった洪道場に住み込んでいた。
あの時は、プロ棋士を目指して、院生として週末は棋院での手合。
囲碁のことしか頭にない暮らしを続けていた。
そんな彼が「明日、帰る」と電話してきた時の私の取り乱し方といったらなかった。
院生を辞退し、囲碁をやめる・・・
その選択をした息子になにをしてあげられるか・・・私は途方にくれた。
家人がひと言「理由は聞くな、寝かせてやれ。」と言ってくれた。
自宅に帰って、こんこんと眠り続ける息子を見守るしかできなかった。

彼は、この時その決断を洪先生にも話していなかった。
「洪先生は大事な手合があるから、今は話せない」と。
その後、洪先生とお会いしてお話をした時、
『穂高は僕の弟のような存在』とおっしゃってくださった。
ありがたいことだと思った。

高校に遅れて入学し、バトミントン部と囲碁部に入った。
碁石を触らなくなるのかと危惧していたが、取越し苦労だった。
院生だったため公式のアマチュア対局は、一年後から。
団体戦の主将として、全国優勝する。

小学6年で初めて碁石を触った彼は、
町田の碁会所、藤が丘の碁会所の子供囲碁教室を経て
緑星学園で本格的に囲碁を学び始める。
院生試験の当時の年齢制限ギリギリで合格。
まだ道場を開く前の洪先生との出会いは、この緑星学園だった。

今朝、寝坊をした彼を駅まで車で送った。
「haha、頼む」と部屋を覗かれると、幸せ気分になるバカ親です(^_^)a
駅前で車を降りるとき、二種類の名刺をくれた。

一枚には、『洪道場 師範』とある。
もう一枚は、『吉祥寺秀哉 席亭』と記されている。

息子から、名刺をもらう。
なんとも不思議な、そして悪くない・・・幸せ気分。

囲碁の道場でプロ棋士を目指す方は、
どうぞ『洪道場』の門を叩いてください。

宇宙のように広い世界でものを考える、
そんな機会をお子さんに経験させたい方は、
どうぞ『秀哉』の席亭に声をかけてください。

私は囲碁、全くわからないのですが、親が全くわからなくても、OK。
スイミングやピアノのお稽古と同じ感覚、
そして対局という『相手』がいるかなり奥の深いゲームな訳で、
いろんな局面で柔軟な深い思慮を繰り返す・・・
それが他にはない囲碁の醍醐味でもあると思います。

繰り返しますが・・・私は囲碁、全くわからないんですけどね(^_^)a

そして、囲碁を打つ大人の方々、
『吉祥寺秀哉』をご贔屓いただきますように
町内会やサークルの囲碁大会なんていかがかしら・・・

あ~親馬鹿丸出し・・・息子の名刺を手にして、
大喜びの私の今日のブログは、
『洪道場』と『秀哉』をどうぞ皆さまご贔屓にというブログでありました(^_^)a
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