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漫画「鋼の錬金術師」と荒川弘について語るブログ。更新終了しました。

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総作画監督制

2009年03月17日 | ◆アニメのこと
今日はアニメージュじゃなくて、別の話題です。

新アニメは総作画監督制を敷かない、という先月のアニメ誌の情報に、
・見る回、見る回、エドの顔が違ってたら嫌だなあ
という感想とか
・菅野さんは伊藤さんほどじゃーない、てコト?
という憶測とか
あったんですけど。

なるほどこういう理由なのかもな、と。

アニメ評論家 深津亮太氏のブログ「只今徐行運転中」より、3/14付記事

>現場というか業界の中に「今みたいに作画監督・総作画監督で、絵柄をぎっちりそろえていく方法はもう限界じゃないか」って思っている人が少なからずいる

>どこまで統一すればいいかといえば、おそらく究極的には「版権と同じ絵が動く」というところまで止まらない

>この圧力は、スタッフの本来持っているポテンシャルをかなり減じてしまう(中略)もっといろいろできる人がひたすら表情を直すことだけにその人の力が使われるとか。


この記事中にある「あるビッグタイトルは、最近のビッグタイトルには珍しく総作画監督を置いていない」が指しているのが、鋼かどうかは分からないけれど。

鋼が総作監を置かない理由が、お金や時間の都合とは考えられなかったし、社内事情とかでも首をかしげた。
でも、作画の幅を持たせることで、クリエイターの力をもっと発揮するために、なら、すごく腑に落ちる。
作画それぞれが持ち味を~は、言い訳じゃなくてホントのことだったんだな、って思いました。

確かに、私はすごく鋼を知ってると思ってる絵描きさんが、でも作画監督の絵とは違うからって直されるっていうのは、苦しいと思う。
でも。深津氏の意見は、アニメを制作する側のものだよなーとも思う。
だって、見る側の理想はやっぱり「版権絵が動く」じゃない?一話読み切りモノなら「今日は○○サンが作画の回」という楽しみ方もあると思うけど…。

てゆか、下絵はすべて鉛筆手書きっていう現状を前提としてるとこがそもそも…なんて言いだすのは釈迦に説法か(苦笑)。
(けど、アニメの明るい未来って、ガンダムやジブリより、やさいのようせいの方向にあるよーな気がしない?)


もう一つ、深津氏の3月1日付け記事から。

>たとえばよく並べられる漫画の世界と比べるとはっきりすると思います。アニメの世界はかなり狭い、小さいんです。
>「放送本数が多い」といわれているアニメですが、漫画雑誌に連載されている漫画の数に比べたらはるかに少ない。(中略)
>そもそもアニメファンの数は、といってファンの数を推定可能な時点でアニメの世界の狭さを現しているといえるでしょう。「漫画ファンの数」が計測可能がどうかを考えたとき、すそ野が広すぎて、アニメファンのように推定することができないということが想像できるでしょう。


でも、深津氏の理論は大袈裟だと思う。
深津氏はDVD販売数をアニメファンの数としているけど、価格からしてマンガ単行本販売数と同列に扱うのはおかしいでしょう?

鋼の通常版DVDの販売枚数は13巻合計47万枚。全員が全巻揃えているとして、たった3万6千人しか「DVDまで買う」ファンはいない。
対して、単行本は累計3300万部だから、全員が全巻買っているとして150万人が読んでいる。
そう思うと確かにアニメ市場は小さいのかもしれない。

でも、アニメといったらDVD?
違わない?アニメといったら、テレビじゃない?
で、日経エンタで「視聴率1%は100万人」という記載を読んだ覚えがあるんだけど。
前アニメの視聴率は平均約6%。つまり600万人がテレビで鋼を知ったんだ。

前アニメ脚本家の會川氏も言っていた。
「すでに漫画についている10万人20万人というお客さんを大事にしようという考え方は、かえって狭くする危険性を含んでいます。(中略)テレビの媒体に相応しく100万人、200万人単位に対象を広げることが、アニメ化の役割だと思います」

だから、タイトルひとつを取ってみたら、やっぱりアニメのがずっと影響力がある。

でもね。
深津氏の言葉、嬉しかった。
そうだ、裾野はマンガの方が、ずっとずっと広いんだ。
アニメだから100万人が観る。
でも、マンガ鋼は、数千本のタイトルの中から、トップ10に選ばれる作品なんだ。

やっぱり私はマンガが好き。鋼を含んだ、マンガが好きですv

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