風の谷通信

専業農家からの引退を画策する高齢者。ままならぬ世相を嘆きながらも、政治評論や文化・芸術・民俗などに関心を持っている。

5-068 アカシヤを駆除 だって?

2010-06-30 21:03:49 | 季節の便り
風の谷通信 No.6-068

 テレビ画面ではいささか旧聞に属するが、アカシヤの樹が
有害外来種に指定され駆除対象になるとのこと。
なんで今更なの????と思う。

 アカシヤと言ってもこのクニの品種はニセアカシアである。
札幌の街を彩るのもニセアカシヤである。本物のアカシアは
もっと南の暑いクニにしか繁茂しない。

 さて、このアカシヤがこのクニの植生にとって有害な外来種と
判定された。林が古くなると倒れて森を破壊し、その本来の植生
を破壊するという。さらには、この樹種を駆除対象に指定した。
これからは積極的に切り倒し駆除しなければならない。

 札幌の街は困るだろうなあ。裕次郎の歌もいくつか破棄するのだ
ろうか。すでにこのクニの植生に馴染んでいるのに困ったことだ。

 生業として困っているのが養蜂家である。アカシヤの蜜を集めて
売っていたのに、いつかはアカシヤ蜜を売れなくなる日が来る。
クセの少ないおいしいアカシア蜜が姿を消す日がくる。
その代替植物蜜源として選ばれたのが「エキウム」という。アカシヤ
に負けないような優れた蜜を作るという。だけど、考えてみれば
このエキウムだって外来種だよ。このクニに拡げるのには問題が
あるよ。拡げた末にまた駆除しろというのでは納得できないよ。
 そんな外来種を探すよりもいっそレンゲ蜜でも開拓したらどうなの
よ?レンゲならば沢山あるし、栽培面積はこれからも増えてゆく。
外来品種の植生問題もない。どうなんだろうか、もしかしたら蜜の
味に問題があるのだろうか? そんな問題はないと思うがなあ? 
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6-067 栗林公園

2010-06-29 21:24:57 | 季節の便り
風の谷通信 6-067
 
 雷がゴロゴロなる夜が続いたのでコンピュータ電源を
切っていた。今夜からは無事平穏なので復旧。

 さて、日曜日にバス旅行で四国の屋島と栗林公園を訪ねた。
 まずは山陽道から淡路を経由したが、出発直後の窓の外は
まるで山の中を走る景色ばかり。この地元はいかにも田舎だ
なあと実感する。それにしても三木ジャンクション周辺の
際限なき開発の姿は空怖ろしい。何十年か前に三田を開発した
時とよく似ている。

 それはともかくとして、朝は小雨の中を出発したが淡路南部
通過中に晴れたり曇ったりで明石の橋は見えなかった。屋島に
着くと原始林の中で高い湿度と強い太陽に辟易した。それから
高名な讃岐うどんの店で昼食。正直言って「大して感動しない」。
讃岐うどんの店をハシゴしたという記事をブログで見かけるが、
それほど魅力的な物とは思えない。とにかく2杯目を追加注文し
て先方に敬意を表わしておいたがこれはあくまでもほんの儀礼。
2杯目は喰い切れずに残した。味もそっけもないうどんだ。

 栗林公園訪問は何十年ぶりか。現役時代が懐かしい。公園では
カンカン照りとなり、歩道を歩くのが苦しいほどの暑さだった。
汗びっしょり。肌着代わりのティーシャツも上のシャツもずぶ濡れ
でまるで風呂上りの様相。木陰の歩道に入ると涼しさに心がホッと
くつろぐ。その繰り返しで約1時間の見学。邸内に立てられた
和風平屋の建物が実に素晴らしい。大きな池と芝生に囲まれた茶室
のような建物だったが、今月の農協カレンダーの図柄になっている。
この美しさを眺め、松の素晴らしさを眺めるだけで一日の疲れの
値打ちがあった。さらに與島のみやげ物店は単なる付け足し。
 日曜日ではあったが、高速道路に混雑渋滞がなく、実に快適に
予定通りに帰着した。7時20分発18時30分帰着の老人会旅行。
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5-066 梅雨の嵐

2010-06-26 17:58:06 | 季節の便り
風の谷通信 No.6-066

 まるで嵐の一日だった。
素晴らしい皐月晴れに喜んだのが24日なのに、きょうは
一転して大荒れの一日。大雨・雷・強風・波浪・洪水の注
意報や警報が出た。

 朝の2時半に目覚めた。点けっぱなしのラジオが歌謡曲を
流していた。トイレの窓に軽い雨音を聞いた。3時半にまた
目覚めたらラジオから例のブーブーという喧しい音が聞こえ
た。南アフリカからの放送だった。雨音が大きくなっていた。

 7時半に強い雨の中を出かける。危険を感じてトラックの
ギヤを四輪駆動に切り替えて走る。土砂降りの中を仕事して、
正午頃に帰着し、ぐっすり眠る。起きたらもう嵐が始まって
いた。台風ほどではないが、相当な嵐だ。風はドウドウと鳴り
雨は白い水しぶきとなって横殴りに吹き付ける。庭の草が風に
倒れこみそうな様子。畑へ出てみると作物もトンネルも吹き
殴られたような姿で、まさに台風の中の惨めな姿。
 
 水田は湖水と化した。早稲はもう水が隠れる程に生長して
いるが、晩稲はその葉先まで水に漬かってあえいでいる。
風の谷はただいま一面が湖水となり、荒れ狂う嵐の中にいる。
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5-065 さつき晴れ

2010-06-24 21:33:36 | 季節の便り
風の谷通信 No.5-065

 きょうは晴れて暑かった。見事な皐月晴れだったので
じゃが芋の収穫をほぼ終えた。
 月日の進みは早い。既に夏至を過ぎた。12日が新月で
13日が入梅で、13日と15日に雨が降ったので、その
頃は全く皐月闇だった。
 きょうは旧暦5月13日。紫陽花や白百合が咲き、なす
やきゅうりの木がぐんぐん伸びる。トマトが色付き始める。
何の気なしに「皐月」と漢字変換しているが、いまどきは
「五月晴れ・五月闇」などと書くのでどうも季節感が消える。
やはり「皐月」のほうが季節感があってよろしい。

 そして、これから夏の暑さが本番を迎えるのだ。このあと
何週間かの雨季が終わって日照時間が短くなったことに気付
く頃に暑さが頂点を迎える。年寄りには辛い季節がやって来る。
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5-064 シベリアとノモンハン

2010-06-22 20:59:10 | 世相あれこれ
風の谷通信 No.6-064 

 先の戦争に関して気がかりなままであった二つのテーマに
ついて、岩波新書を読んだ。
 一つはシベリア抑留の問題。読了後約2週間で、シベリアの
特別措置法が成立したが、本来の関心は措置法とは無関係。
戦後捕虜としてニホン兵士や民間人がシベリアの連行され、
無法にもそこでの開拓作業にこき使われるということが起きた。
その実態を少しでも知りたいと思っていたので、この新書による
取りまとめは好都合であった。
 この連行・抑留はソ連の無法ではあるが、それを容認し同意し
た関東軍指揮官がいたということを忘れてはならない。
特別措置法にかかわってサンケイ新聞がソ連の無法を訴え語り
次げと主張している。その点では同意するが、ニホンの指揮官が
それに同意しておいて自らはニホンへ逃げ帰っていたという事実
には触れてはいない。こんな点がサンケイに同意できないいつも
の点である。

 次はノモンハン戦争。通常ニホンではこの件をノモンハン「事件」
と称しているが著者をこれを「戦争」と断定している。この新書を
読んでこの戦争に関する著作が他にも結構沢山あることを知った。
今までこの関連の本を目にすることがなかったものだ。
 過去に1点だけノモンハン戦争に関する記述を読んだことがある。
事件のあと、その検証に現地入りした参謀部員で、多分中佐程度の
高級幹部だったと思う。彼はこの戦争の背景を分析してソ連の圧倒
的な武力を見聞した。それは前線将兵の戦意を越えたものであった。
彼はそれを報告書に書き込んだ。
 しかるに・・・参謀本部の最終報告書は敗戦の原因をすべて前線
将兵の敢闘意欲の無さにおいていた・・・と言う。つまり彼の検証
報告は全く無視されたのだ。せめて彼の報告の半分でも参謀本部が
採り上げていたらあの泥沼の対中国戦争は避けられたかも知れない
というのが参謀部員本人の述懐であった。当時のニホンには外地で
戦争を起し、かつ持続する力なんて無かったのだ。その現実を認めな
かった軍幹部の誤りである。「自尊自衛のためのやむを得ざる戦争」
だったなんておよそ笑い話だ。その最終結末が原爆被爆であり、完全
無条件降伏である。

 ところで新書著者の分析ではノモンハン戦争の原因は満州対モン
ゴルと言うよりはニホン対ソ連だったという。満州とモンゴルという
それぞれの傀儡政権を抱えた両国がそのモンゴル人の部族境界線を
新しい国境とする問題と考えて戦争に及んだと言う。その結果は
ニホンが膨大な損失を掛けてモンゴルの独立を招いたことになった。
但しモンゴルが本当に独立するのは勿論スターリン以後である。

 シベリア抑留に付随する事柄では、戦後のニホン政府が「現地の
日本人を帰国させない」という基本方針であったという記述がある。
ニホンはビルマやインドネシアやラバウルや満州や中国やフィリピン
へとクニタミを送り込んでおいて、いざ敗戦となるとこれら国民を
捨てようとしたのだ。いわゆる「棄民政策」である。シベリア抑留
に関してソ連の不法をなじるサンケイ新聞もこの棄民政策について
は触れていない。なぜだ? 
 この事実があるから、田母神閣下が何を言おうと、渡辺教授がどう
主張しようと同意できなくて、「ニホンは侵略国家だった。ニホン
はいざとなればクニタミを捨てるクニである」と言うことになる。
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