風の谷通信

専業農家からの引退を画策する高齢者。ままならぬ世相を嘆きながらも、政治評論や文化・芸術・民俗などに関心を持っている。

美しいクニ(2)

2006-09-30 23:32:34 | 世相あれこれ
風の谷通信 さん農園便りNo.132

 きょうの産経新聞に阿久悠さん(文字はこれでいいのかな?)が
興味深いことを書いています。曰く:・・・自分が優れていると
言いたいために他人を悪しざまに批評/批判するヒトがいる・・・。
(確かにその通り) 一例として「自国の総理大臣の他国での振る
まいを笑いものにする・・・」といったことがあった。食堂で
斜め読みしたので正確に覚えていないけれど、大意は間違いない
でしょう。

 仰るとおりで、他人様を批判したりこき下ろしたりしても、
その分だけ自分が偉くなれる訳ではありません。でも、新首相の
演説を取り上げるのは、それとは次元の異なる話ですから、
どうぞお赦しを。

 実際のところ、政治家の演説をこんなに読んだことはかつて
ありませんでした。今回は大きな転換点にあると思うのでほんの
ちょっと注意してみました。

 文化や伝統を大切にするクニが掲げられていますが、その伝統
とは何ものでしょうか? 

 自由な社会を基本としながら規律を知る凛とした国とは具体的
にどんなクニでしょうか?上に立つ者は自由を謳歌し、下に向か
っては規律と服従を要求するのでは困ります。

 世界に信頼され尊敬され、愛される、リーダーシップのある
クニ。実はこれが一番困るのです。 世界のリーダーになる必要
はないのです。リーダーになろうとするからいろいろと困るので
す==俗に言えばストレスがかかるのです。 カネが欲しい。
だからうんと働いて作って輸出して儲けたい。カネ儲けに走るか
ら、カネを出せと求められる。カネを出す以上はモノも言いたい
し、勢力も張りたい。常任理事国にもなりたい。他国からはその
内容を評価してもらいたい。その分だけ尊敬してもらいたい・・
・。欲望は止まるところなし。

 教育を再建します・・・。近年子供のモラルや学ぶ意欲が低下
し、家庭や地域の教育力も低下している・・・。教育目的は志あ
る国民を育て品格ある国家・社会を作ることにあります。その
ために教育基本法を作るのだそうです。 ところで社会の教育力
が低下したのは現在の教育基本法のせいですか? 明治維新以前
の日本には教育基本法なんてなかったのでしょうが・・・。現在
の政治家・高級官僚・財界人の姿を見れば、国民が志を高く持つ
とは言いがたいですね。談合・汚職・賭け事・酔っ払い運転・不
倫・・・とくれば子供達は感化を受けます。
 
 こうした現状を正すために活力あるオープンな経済社会をつく
り、努力したヒトが報われる社会にすること・・・。世襲議員が
幅を利かす社会、議員が倒れたら取り急ぎその子供を代理に立て
る温情的派閥主義が横行する社会では、出発前から格差がついて
いて、下流はいつまでも下流です。再チャレンジと言ってもその
手段がどこにありますか?どこにも無いですよ。 
 
 結局のところ、国の理想・かたちを物語る憲法を改正すること
がほぼ唯一の政権目的です。占領時代に押し付けられた憲法を
「自主憲法」に変えることが目標です。占領時代に作られたこと
にどんな意味があるのか、占領時代に作られたものがそれ以後
どんな役割を果たしてきたのか、それ以前の欽定憲法がどんな
働きをしたのか、押し付けた相手がアメリカ主体の占領軍なら、
それとの同盟はどんな意味があるのか? 欽定憲法のもとで
「お国のために」「愛する家族達のために」「鬼畜米英と戦って
死んでいったヒト達の思い」をどう考えるのか?
 話はそれますが、特攻などで死んでいったヒト達を讃えるので
あれば、現在の日米同盟は明らかな背信、彼らに対する侮辱で
あります。 押し付け憲法がいやならば日米同盟は破棄しなければ
なりません。 「鬼畜米英」を叫んだヒト達が敗戦となるや即刻
背信に走り、そのあとを受けた世代が「押し付け憲法だ!」と絶叫
しながら対米追随に走る・・・というまことに奇妙な国になって
います。文化も伝統も歴史も規律もなにもないのが今のクニの姿で、
その尖兵が議員・官僚・財界でしょう。 

 こんなことを書いても誰も関心をもたないし、読んで貰えるほど
の内容も書けないし、いやまったく難しいです。でも、阿久悠さん、
他人を批判して偉ぶっているわけではありませんよ。 やはりこの
世界は私の手の届くところではありませんね。 難しいことはやめ
にして、ただお願いします。政治家の皆さん「万葉の昔、古事記の昔、
あの大らかな大和魂が地に満ち溢れていた時代を作って下さい。」
この辺りが私の限界のようです。合掌


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美しいクニ

2006-09-29 22:48:18 | 世相あれこれ
風の谷通信 さん農園便りNo.131

 なんだか知らないうちに130号を越えました。アクセスも
少ないのに「よくもまあここまで来たものよ」と思いながら、
田舎の世界について文字により発信したいために、ここまで
やってきました。

 さて、政治の世界は私とは無関係なりとは思いながら、
新首相が話していることが気になって、つい引き込まれて
います。

 きょうは所信表明演説がありました。それによると「美しい
クニ」とは以下の4点だそうで・・・1)文化・伝統・自然・
歴史を大切にするクニ2)自由な社会を基本とし、規律を知る
凛としたクニ 3)未来へ向けて成長するエネルギーを持ち
続けるクニ 4)世界に信頼され、尊敬され、愛されるリー
ダシップのあるクニ です。
 そして、大切なことは戦後体制からの脱却であり、その基盤
をつくるのは教育であります。 教育の目的とは「志ある国民
を育て、品格ある国家社会をつくること」にあります。

     あア 難しい!

 これは誰に向かって言っているのでしょうか。こうした品格
に欠けるのはまず第一に国会内部であり、ついで高級官僚群、
更には財界内部、でしょうな。こうした日本のリーダー達こそが
一番凛としてほしいものです。戦前教育の最終グループか、少し
若ければ戦後教育の最初のグループに属する学校時代を送った人
たちが今日のこのクニをリーダーとして、みじめでだらしないクニ
を作っているのだと思いますよ。
 どこが・・・? いやいや、毎日の新聞報道を見れば充分です。
品格ある国家・社会なんてこのクニのリーダー達にはありません
ね(但し、一般論ですよ、お間違いなく)。 
 
 昼間の戸外は静かです。畑仕事から帰って昼ごはんを食べて、
風が通る玄関の間で午睡していると、ほとんど音が聞こえないくらい
に静かで、しんとした世界に庭先の小ナラの葉がそよぐ音だけが
聞こえて「里の秋」の歌を思い出すほどです。 
  
 こんな世界に身を置いていると国会の喧騒が全く別世界のよう
です。凛とした姿勢も、世界から愛され尊敬されるべき自負心も、
戦後世界からの脱却も遠い潮騒のようにしか聞こえません。
「志ある国民」になる勇気もないし、クニを愛せよと演説するヒト
を信頼する気にもなりません。この大宇宙の力をこの身に受けて、
森羅万象と一体になって生きてゆけばそれでいいのではないでしょ
うか。きょうは百姓仕事で疲れました。あとはまた明日。 合掌




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このクニの姿

2006-09-27 22:55:35 | 世相あれこれ
風の谷通信 さん農園便りNo.130

 きのうの続き: 散髪屋さんで髪を刈ってもらいながらテレビの
音だけを聴いていると、あア、安倍さんの寿命も長くはなさそうだ
な、と思います。発足2日目にしてもうあんなにボロクソに言われ
ているんだから。 世間の評価は別として、私には彼の言葉がほと
んど聞き取れない。唇を開けないでボソボソと早口に喋るヒトです。
言葉が聞き取れない上に、言わんとする意味が判らない。小泉さん
が国民をバカにしたような、木で鼻をくくったような応答でその場
限りの話をしてきたのに比べて、こんどのヒトは言葉遣いは丁寧か
も知れないが、音は不明瞭・無意味な言葉遣いで要するに内容がな
い。「美しいクニ」とはどんなクニなのか。そこに住まう人々が安
心して暮らせる/将来に明るい希望を持って暮らせる国でしょうが、
果たして安倍さんはそんなことを考えているのか?そこがよく判り
ません。 
 政治家とは自己の信念を言葉にして訴えて選挙民の賛成を勝ち取
るのが仕事の一つだと思うのに、何を言っているのか判らないヒト
が政治家を勤められるのだろるか?と思います。美しいクニとは
若者がクニの命令通りに動く(働く・戦う)クニなのかも知れませ
んよ。

 テレビコメントでは「美しいクニとは何か/その言葉の内容は何
か?」と言うことに疑問の一つが集中していました。テレビのバラ
エティー番組のコメンテイターなんて頭から信じるわけには行かな
いけれど、まあ世論の大筋はつかんでいるだろうと思います。それ
が、組閣2日目にして酷評です。
 私の予感では安倍さんが日本の国を更に破壊することでしょう。
そして自分の寿命を縮めることでしょう。
 
 個人的には政治の世界に触れたくはないのですが予測するに、
まア言うことが国民にさっぱり判らないかあられもない失言で寿命
を失うのではないでしょうか。
 福田さんはそれを見越して「降りた」のではないでしょうか。散髪
屋さんの意見では「ここで降りた福田さんにはっもう機会がないだ
ろう」とのことですが、案外アンチテーゼとして福田さんに人気が
振り向くかも知れませんね。   
 どっちにしたって政治家は自分の領土を広げるのが仕事であり、
民・百姓のことを考えるものではありませんから期待するのは間違
いです。

 それよりも、鼓腹戟壌があれば民百姓としては充分なんですがね。
                          合掌




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稲刈り

2006-09-26 22:42:33 | 農業日記
風の谷通信 さん農園便りNo.129

 はじめに、加西市ポータルサイトの「風の谷通信」は更新が滞って
いて、何日か前の記事のままになっています。連絡方法を知らないので
手の施しようがありません。実際にはずっと更新しています。

 さて、稲刈り本番が終わりました。本番以外で残っているのは、緑米
と赤米ですがこれらは晩稲なのでもうしばらく田に立ったままです。
刈り取った早稲「キヌヒカリ」は早速乾燥・籾摺りして玄米にしました。
 
 収穫はやはり世間の半分程度です。今年は7月が雨と低温、8月が乾燥
と高温、9月の刈り入れ時になって雨の連続、という稲にとって不利な条
件が続いたために全般に不作でした。それでも去年実績が反収3石8斗の
田で今年の実績が3石4斗と言っているのに、私の実績は2石2斗でした
からやはり惨敗です。米ヌカだけの地力で作る昔の農法ではこんな程度で
す。こんな状態で「生業としての農業」が成立するのでしょうか。つい先
日、石川県輪島の棚田に300人ものボランティアが詰め掛けて稲刈りを
「手伝って」いる姿が報道されました。でも、こんなありふれた場所には
誰もきてくれない上に、請負人までが逃げてしまって、結局自分で収穫作
業をこなしました。

 私のコンバインには1速から9速まであって、道路走行が9速です。昨
日は稲刈り田でほとんど7速で走りとおして、10時から16時半まで
かかって刈り取りました。天候不順を恐れて刈り取りを急いだ人たちは
例年通り9月半頃に薄曇りの下で軟らかい田にめり込みながら刈り取った
のに、この頃は快晴続きで田はよく乾き、稲はよく充実して快適な作業
でした。でも収量は「快適」とはいえません。

 まあ、そんな作業のことは百姓の仕事ですから、それだけの話に過ぎない
のですが、刈り取りの間に面白いことを感じました。
 稲田を回りから刈り取ってゆくと、当然最後には真ん中が残ります。残り
少なくなるに従って、バッタ・イナゴ・ヨコバイ・ウンカ・コオロギ・蛙
などがそこへ集まって行きます。そうすると、先ほどから集まっている白鷺
・カラス・山ガラ・セキレイなどもそこへ集まってゆきます。即ちエサを
求めて寄り集まるわけです。コンバインが進むとそこから逃げようとして
ムシや蛙が逃げてゆきます。ところがどういう訳かコンバインの進む方向
へと逃げるのです。ちょっと横へ走れば逃れられるのにそれができなくて
結局はキャタピラーに踏み潰されるのでしょう。

 判っているけれど、というのは岡目八目で、彼らには何もわからないの
でしょう。しかし、ヒトはこれを笑う資格を持ちません。狭くなってゆく
残り稲の面積は現在の「ヒトが住む地球」であり、そこに追い詰められて
ゆくムシや蛙たちは現在のヒト達の姿であります。いずれは住む場所がな
くなることに気づかず、現在の繁栄に酔っています。
 きょうも仲間と話し会いました。ツバルが沈み始めている・氷河が消え
かけている・北極の熊や狐が減っている・シベリアのツンドラが溶け始め
ている・南極のオゾンホールが大きくなっている・・・・・総てヒトの世
が危険に曝されている証拠です。しかし、貴重な石油を使ってドンパチ戦
っている国がある。今日までに達成した生活水準を切り下げるのは我慢な
らないと言って「京都議定書」に賛成しない国がある。そこへ追いかけて
世界一の大人口国がエネルギー全般の大消費国になろうとしている。マグ
ロも野菜も大輸入国になりつつある・・・。そうだ、せめて日本国くらい
は出生率減少でこの災厄を生き延びたいものだ、と。

 と言っても私は預言者でもなく、予言者でもなく、警世家でもありませ
んから、ヒトの世の先を見通す力はありませんが、それでも何か大きな
破壊/崩壊/絶滅が待ち受けているような感じがあります。その第一段階
は食糧危機であり、第2段階は大洪水でありましょう。グラハム・ハンコ
ックが描く「神々の世界」の姿です。
 仲間の一人が言います:洪水が起きてもこの辺りは標高が高いから大丈
夫だろう・・・。だけど、冠水するとヒトの住処がなくなります=まさに
現在のツバル国で起きていることです。住処を失ったヒトたちは内陸部へ
と移動して住所を求めます。実はもっとコワいのは食糧生産のための場所
がなくなることです。ある試算によると東京方面では埼玉県川口市辺りま
で水没するそうですからその人口を受け止めて・食糧を生産できる場所が
なくなります。大人口に水や衣服や住居を提供するだけでも大混乱でしょ
う。実際の現場では机上の空論で想像するよりもずっと大きな災厄が待っ
ているはずです。

 そんな時に、新しい首相が決まりました。隣国へミサイルを撃ち込もう
という勇ましいヒトだそうですが、一方では統一教会の合同結婚式に祝電
を送っているヒトでもあります。クニを破壊し、ヒトを苦しめることで
も気にしないヒトでしょうから、前任者に続いておそらく間違いなくこの
クニをぶっ潰してしまうヒトでしょう。
 
 ここから先は私の世界ではありません。 南無阿弥陀仏。      
                今年も新しいコメの収穫に感謝・合掌






 
          


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丹波哲郎さん 荻窪の思い出

2006-09-25 21:21:51 | 世相あれこれ
風の谷通信 さん農園便りNo.129

 稲刈り! さんざん待たされた挙句に約束を反古にされて
待ちに待った本日、エイヤッとばかりに自分で稲刈り。その
話はさて置いて、丹波哲郎さんが亡くなられましたね。ニュ
ースでちょっと覗いただけなので詳しいことは判りません
が、彼は大スターでした。

 丹波さんがまだ売れてはいなかった頃、荻窪駅北口の安ア
パートの2階に住んで、奥さんの助けで暮らしておられたんだ
そうですが、そのアパート一帯もよく覚えています。その頃
私は荻窪駅から南へ少しの通称川南という地区に住んでいま
した。関東バスの川南車庫の近くで、石坂洋二郎(かな?)
の小説「光る海」の舞台になりました。確か吉永小百合主演で
映画になったと思います。その小説以来この作家が嫌いになり
ました。あまりにもバカバカしい舞台設定とブルジョア趣味の
ような気配がいやになったからです。

 それはともかくとして。
 丹波さんなんて映画人がおられることなど全く知らなかった
頃で、映画なんて殆ど気にしてはいませんでしたが、荻窪南口
には日活の映画館がありまして、確か高橋英樹の剣道青年の立
志伝みたいな映画を観た記憶があります。私はそれよりも南口
の飲み屋街で遊んでいましたが、今で言うスナック・タイプの
バー・プランタンや、煮込みが売り物の呑み屋・長兵衛でもよく
飲んでいました。

 私の棲いは川南の屋敷町で、東京工大の向山先生の大きな
屋敷の裏にあるアパートでしたが、この屋敷の姿は今でも夢に
出てきます。夢の中でも大きな屋敷と大木がうっそうと茂る庭
が出てきます。荻窪はもとは、退官した明治政府の高級官僚や
軍人が隠居した地域で、この屋敷町では屋敷の区画が実に大き
かったです。向山先生の先祖も信州から出てこられたとのこと
でした。私もこの荻窪の雰囲気が実に好きでした。
 
 話は戻って、丹波さんはその頃まだ売れないので奥さんがミシン
内職をして生活を支えておられたそうですが、あの頃はそれが
普通の生活だったんです。トリスバーがまだ盛んな頃で、同じく
南口まん前の食堂で朝飯が「めし・味噌汁・のり・たまご」で
50円でした。独身のアパート住まいでしたからここで朝飯を
済ませて出勤していたものです。そして、北口には確か「邪宗門」
という喫茶店がありました。何回か入ったことがあります。
 
 人生色々、歌は世に連れ世は歌に連れ・・・。あア、時は流れ
て既に40年+か! あのバブルの頃でしたかに一度この辺りを
訪れたことがあります。荻窪・阿佐ヶ谷・高円寺・中野と、中央線
の元担当地区を歩いて見ましたが、面影はなく、ただただ驚いた
だけの道歩きでした。そういえば、荻窪に住んだ頃はちょうど
東京オリンピックの準備中の時代で、中央線が西荻までだったか
高架になる工事中で、建築会社に勤める後輩と阿佐ヶ谷駅の高架下
で出会った思い出があります。環状7号線も工事中で、立正佼成会
の大きな本部建物が威容を見せておりました。そして、千駄ヶ谷・
渋谷・国立競技場の辺りもよく歩きました。杉並担当者達で落ち合
って井の頭線の永福町辺りの畑道にクルマを停めておいて、渋谷ま
で映画を観にいったり、下北沢辺りまで足を伸ばしたこともありま
した。まったく何をして働いていたのやら、のんびりした時代でした。

 いやいや、とんだ脱線です。丹波さんのお陰で古い時代の若かった
頃を思い出しました。  ご冥福を祈ります。     合掌


 
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