風の谷通信

専業農家からの引退を画策する高齢者。ままならぬ世相を嘆きながらも、政治評論や文化・芸術・民俗などに関心を持っている。

秋ですね

2006-08-31 20:08:07 | 農業日記

風の谷通信 さん農園便りNo.109


 


 この地方で、久しぶりに最低気温が25℃未満、 最高気温が30℃未満という予報が出ました。


秋の初めかも知れませんが、でも油断は禁物。残暑という魔物が控えています。まだ9月初めです


から暑さがぶり返すことでしょう。 夏の畑で冷たい飲み物をがぶ飲みしたツケが間もなく現れる頃


だと思います。


 


 さて、畑を秋作へ向けて模様変え中ですが、その準備にと庭先にはくさいを播種したのに双葉が


きれいに食い取られています。先に畑に定植したブロッコリーは順調に育っていたのに、茎が食い


ちぎられて倒れています。まったく腹立たしいことです。両方ともきっとコオロギの犯罪でしょう。


  写真がまずいので判りにくいですが、黄色い草の葉の前にぼんやりと


伸びているのがはくさいの茎の残骸です。展開したはずの緑の双葉がなくなっています。

RSSブログライターで編集していたのですが写真の取り込みに失敗しました。 

 育苗ポッで出芽

して、コオロギの食害を逃れて、畑に定植して活着して、温度と水分に恵まれて生長して、虫や病気を免れ


て、結球あるいは結実してやっとやっと作物と言えるのですが、はて成果は如何でしょうか? 


ちなみに、夏植え・秋収穫予定のキャベツは報告済みの通り240本すべて鋤きこんでしまいました。100%


の失敗作でした。 残念。                        でも神に今日一日の健康と労働を感謝。


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忙中に閑を求めて

2006-08-30 22:18:47 | 文化・文芸
風の谷通信  さん農園便りNo.108

 盲児の塑像展示を終えて像を神戸へ返納して、きのう・今日は一種の
放心状態でゆっくりと畑作業だけをしていました。きうりはどんどん大
きくなり、ピーマンは数が増えて小粒になり、ナスは大きく成りすぎて
います。乾燥した畑に水を引いたせいか、雑草が急に繁茂して、畑の姿
が草むらになってしまいました。忙中閑ありと言っておれなくなります。

 けさは朝の喫茶店でコーヒーを飲んで漫画を見てのんびりと過ごした
後、畑に入って潅水や草刈りをしました。やはり「忙中閑あり」を求め
ます。じゃが芋の植え付けやキャベツ・白菜の定植時期が迫ってきてい
ます。展示後2日を経過してそろそろ心を持ち直すべき時になりました。
ブログの閲覧数は極端に落ち込んでいます。やはり更新しないと来訪が
少ないようですね。

 塑像展示の写真もできたので、ブログに掲載して、展示内容を紹すべき
です。同じ塑像が、カメラの角度によってまったく異なった姿を示すのに
は驚きました。塑像の内容だけではなく、カメラワークについても勉強さ
せてもらいました。この体験はきっと今後に活きると思います。 感謝




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盲児の塑像展(終わる)

2006-08-27 18:58:10 | 文化・文芸
風の谷通信 さん農園便りNo.107

 神戸市立盲学校の児童達の塑像作品展示を18日から開催してきて、
今日ようやく終わりました。「ようやく」とは言っても終わってしま
うといかにもあっけなかったという感じになります。この10日間は
本業の田畑をほとんど放り出したままで、あっと言う間に夢のように
過ぎ去った、という感じです。

 きのうはミニ・コンサートで中国人歌手李さんの日本の歌を日本語
と中国語でたっぷりと聞きました。小さな会場に100名以上の聴
衆があって立ち見になり、内容も感動のコンサートで、しかも二次会
では他の歌も含めてアカペラで聞かせていただきました。このコンサ
ートが実現したのは李さんが盲児の塑像に深く感動したからです。
「夏の想い出」を聴いてこんな優しい日本人のクニとはどんなところ
だろうと憧れて来日した、という李さんのすばらしい歌の時間でした。

 この加西市の片田舎でこんな芸術品展示が受け入れられるだろうか
と心配していたのですが、ごく遠方からの人も含めて10日足らずで
数百人という来訪があり、改めてこの塑像の訴求性に感心した訳です。
呼びかけに応じて下さった学校関係・ブログ関係・勉強会仲間・環境
保全活動仲間の皆さん、有難うございました。

 女性の観客にとって、塑像が表現する母子の強い関係が心を打つよう
で涙を禁じえない様子でありました。男性には像について冷静な理論的
な視点が多かったように思います。男児の一人が「お母さんの顔が見た
い」というのになぜ「お父さんの顔が見たい」が無いんやろ?と言った
言葉が親と子の関係を的確に表現していると思いました。

 さて、これでイベントが終わりました。きのうコンサートが終わった
ホールに一人居て、宴の後の実に開放的かつ虚無的な気持ちに襲われた
ものでした。 実際には、今日撤収作業を終えてトラックに積み上げた
荷物を明日午前中に神戸市内へ返納するまでは事が終わりません。

 これから、会期中に撮影した写真や入手した資料などを徐々に紹介し
てゆきますので、皆さんの街へ塑像を呼んで下さい。きっと新しい感動
が待っていると思います。
                          感謝・合掌
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真昼の静寂

2006-08-24 20:46:59 | 文化・文芸
風の谷通信 さん農園便りNo.106

 ひき続き盲児の塑像の展示会の受付にいます。新聞報道を読んで
暑さの中を会場まで出かけてくださる人が増えてきたのに感謝します。

 ところで、昼間は食事に帰ってきて自宅玄関の間で午睡します。
すると、真昼の静寂が周りを取り囲みます。

   真昼の静寂    8. 23, '98
 
   朝日の中できょうの仕事を終えて
   風の通る部屋で休息の時を得る
   外は灼熱の陽射を受けて  
   原色の花だけが輝く無音の世界
   この部屋の内は清涼の別世界
 
      その静寂の中に遙かはるか遠くから
      重低音が地を這って絶え間なく響く
      それは炎天下のトラックやブルドーザの音
      遠い断崖に寄せる潮騒の音か 
      松籟の上を馳せる風の音か
      そんな幻想を抱かせる音が
      部屋の中の私を夢に誘うような音が
      真夏の人の営みを伝えてくる

   きょうは処暑
   夏から秋への移りのときの
   その一瞬一瞬に地球の生命が輝く

                   風の谷の詩Ⅱ より

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心の隙間

2006-08-23 20:32:17 | 文化・文芸
風の谷通信 さん農園便りNo.105

 盲児の塑像展示会も中日を迎え、残るは4日間となりました。
なつかしい人たちが集まってきて感動の波が続いています。

 さて、私はその忙しさに追われて疲れ気味ですが、そんな役目でも
ないと、うっかり落ち込んでしまいます。

    心の隙間       8. 20, '96        

   哀しみは一瞬の隙を衝いてくる
   日暮れて畑から帰り着いた我が家に
   軒下の灯が庭を照らしている時

   自動式点灯なんだよ と判っていても
   時々は・・・ショックに襲われる・・・
         うちには誰もいないんだよ と
         映子も子供達もいないんだよ と

   ぼくはこの歳になっても想いだす
   この灯りを見る度に「谷間の灯火」を
         でも子供達にはこの家の灯りは
         何の想いも呼び起こさない
         二人にとって故里でもなければ
         彼等の母親もいないのだから
 
   そんな時に
   ふっと・・・心に隙間ができて・・・
   そこに落ち込んでしまう
   そして 哀しみがほとばしる・・・
   深い嗚咽となって


 みなさん、「谷間の灯火」という歌をご存知ですか?
 
 ネットで検索すると「心の隙間」には一杯・溢れるばかりの記事が
あります。中には首をかしげたくなるような分野の記事があって、
我ながら「あれ、こんな分野の詩を書いたはずがないよ」と思い直す
ことがありますが、上の詩はごくまともな気持ちで妻や子供達のこと
を詠んだ、自分でも好きな詩です。

 暑さが終わりに向かうこの頃、夏ばての残響が出ませんように。 合掌
 
     
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