風の谷通信

専業農家からの引退を画策する高齢者。ままならぬ世相を嘆きながらも、政治評論や文化・芸術・民俗などに関心を持っている。

11-070パリ旅日記21069

2016-07-20 18:01:37 | 旅日記

風の谷通信No.11-069

6月11日

気ままに街歩き。市役所東の朝市らしきところを通り抜けてノートルダムの裏側をまわってゆく。外壁の飾りの精巧な細工には感心するが、あの魔除けの魔物の姿には違和感がぬぐえない。あれは怪物だ、物の怪だ。その点、日本の古代神道はよろしい。平和ですなぁ。あの魔物は日本でならばせいぜい屋根に鬼瓦を置いて魔除けにする程度でしょう。

サンミッシェルからリュクサンブール通りへ。先日観た中世の壁を通過してパンテオンの前のカフェで朝食。リュクサンブール通りを降る。セーヌの水嵩がだいぶ低くなった。欄干の足許や橋脚の金網などにゴミがいっぱい。市役所まで戻り、地下鉄でイエナへ向かう。

市立近代美術館:アルベルトマルケ展。日本品は現在ドイツへ貸出中とのことなので観覧を止めて、隣のギメ博物館へ入る。アジア各地から集めた石像・仏像・仏画などを展示。曼荼羅のような絵や塑像もあり、特に石像に施した彫刻の精密さに感動。

目に留まった地域は、古代中国・カンボジア(クメール)・ベトナム・インド・パキスタン・アフガニスタン・ガンダーラ等々。

それにしても、これだけの文化と技術をなぜ侵略し破壊したのか。西欧文化と政治力の大きな罪を思う。

6月12日

いよいよバルビゾンへ行けなくなった。電車を使うにも片道2時間かかるという。交通ストライキのせい。あきらめて街歩き。バスティーユ広場の朝市を見る。雨の中ながら結構混み合っている。寒い!カフェに入って雨宿り。小止みななったところで歩いてリパブリック広場まで。

この広場がまたまた汚い。中心に立つ女神の像がスプレーの落書きで汚れている。足許の台座も汚れている。イヤイヤ、汚しているのです。気の毒に。

あゝ、パリ日記の最後が汚れた女神像の話しとは情けない。あすは旅立ち。

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11-069パリ旅日記21068

2016-07-16 20:22:25 | 旅日記

風の谷通信No.11-069

オルセー美術館

オルセーへ直行。9:25頃着。行列は50人ほど。間もなく入場してそのまま15時過ぎまでいた。今回は前回よりも詳しく観られたが、水を持ってゆかなくて失敗した。館内に自販機があるだろうなんて想像したのが間違いの元、二ホンとは事情が違うのだ。いささか脱水症状で苦労した。

入口の受付にきれいな日本語を話す若者がいた。アフリカ方面からの移民の子孫と見受けられたが、二ホン訪問も含めて各地で日本語を勉強し、大学でも学び続けている・・・という説明であった。これくらいに立派な日本語を話す人がいると日本人訪問者にとっては有り難いなあ。

さて、案内受信機を借りて、まずは何といってもミレーの作品を、と目当ての場所へ行ってみたら何もない。2013年に展示されていた場所を思い出しながら(まったくバカだねと自戒)うろうろし回ったあげくに案内係に尋ねる。前回とは逆の列の一角に集めてある、との案内。なるほど、あった!今までに何回か観覧した作品がまとめて展示してあった。さしずめ「ミレー・コーナー」という感じ。落穂ひろい・晩鐘・糸を繰る女性(か?)・春・羊飼いの女性(?)・他にも数点。日本では「晩鐘」の人気が高いが、こちらでは「落穂ひろい」の方が高く評価されているらしい。サイズの小さい「晩鐘」に足を止める人が少ない。

ここで一つ気になることがある。ボストン美術館所蔵の作品である。

      

         

写真上から; オルセーの展示状態(2013)、通過する人達は晩鐘(カメラのライトが光っている)に眼をとめない。右となりの「落穂ひろい」が人気か。写真2枚目は日本で広くしられている「晩鐘」。3枚目はバルビゾンのミレーの家に展示されたコピー作品。次の2枚はボストン美術館所蔵の「ジャガイモのタネ播き」と「ムギの収穫」。この2枚のモデルや場所は二ホンでよく知られた作品と同じであろうと思う。この作品の存在はボストン博物館の展示を見るまで全く知らなかった。「種をまく人」だって世界に3枚あるとは知らなかった。地元の画家竹内さんに教わって知ったのだが、その1枚がボストン博物館の展示で見られた。もう1枚が甲府市にあるとのこと。いずれは観に行こうと願っている。

話しがそれた。この日のオルセーには、他にモロー、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌ、モネ、シスレー、モリソト、ピサロ、ルノアールなどの作品が集中的に展示されていた。ホドラーの「木こり」に再会して感激。

さて、問題は身体の具合。喉が渇いて心理的に追い込まれた。はやく昼飯を取ろうと思い、2階のカフェに行って驚いた。椅子やテーブルがピンクや水色に輝いている。キラキラと言うかちゃらちゃら・キンキラキンの気配。食事をしよという気分が乗らない。5階のレストランへ行く。このカフェーがまたまたバカ高い。それはまぁ、名にし負うオルセーですからネ、みなさんおしゃれして財布のひもを緩めて、格好をつけて華やかにしたいでしょうけど。やーめた。5階のベランダへ出て、バーガースタンドでマフィンと水を買ってガマン。屋上からセーヌの対岸を観るとルーブルの大屋根が眼の前に見える、。はるか彼方にモンマルトルの聖堂が見える。セーヌの水嵩が少し低くなったな。ともかく、ミレーを観て、ゴッホとゴーギャンを観て、印象派の多くを観て、それで有り難さで一杯です。

きょうは、もうこれで充分。

 


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11-068パリ旅日記21067

2016-07-12 18:55:40 | 旅日記

パリの旅日記21067

6月9日ジヴェルニー行きその2

ヴェルノン駅で列車を降りて、子供公園の鉄道模型みたいな連結バスに乗ってジヴェルニーへ。

到着してすぐに昼飯。広葉樹の深い陰が拡がる席につく。風が涼しい。バスを降りた駐車場ではクルマも人もいっぱいで、ジヴェルニーの邑まで歩くのは人の波の中。レストランも屋内と屋外の二つあって、只今は屋外の席を取れたのが幸運でした。ゆっくりと食事をしたあと通りを歩いて邑の中をいろいろ見物し、いよいよモネの庭へ行きますが入口で順番待ち。結構並んでいます。週末じゃないんですがネ、そんなことには無関係。あとで気づいたことで、入場券の累積番号を読むと 「2710億5161万4167」と言う番号が打ってありますから、それだけの人がここを訪れたということでしょう。

まずはモネの家へ。浮世絵のコレクションには驚きです。部屋は人で人で、おきまりの観光客でいっぱい。こんなに自然光が当たる部屋だと浮世絵が劣化するだろうなぁと心配。かねて文書で読んでいた黄色い部屋や青い部屋も実見。モネの美術館ではカイユボットの展示会。どこかで見た「床に鉋を掛ける人々」に再会して感激。

庭へ出る。花がいっぱい。睡蓮の池の周りは人だかり。物見高いのはどこでも同じこと、と実感する。蓮池と柳の姿はモネの作品で見たような姿でたたずんでいる。まぁ池だけについて皮肉を言えば「私らのムラの池と同じやわナ」だけど、これだけのものを一人のアイデアで作り上げていったという事実に圧倒される。日本の橋もきれいです。写真やイラストで見慣れたものよりはずっとキレイです。

案内書を読むとこの庭もさすがにモネの死後、花の庭は雑草に埋まり睡蓮の池は泥沼になって荒れ果てていたのですが復旧する人があって、徐々に元の姿に戻していったそうです。その復元の際に、花の種類や規模、相互の位置関係など、モネが描いた作品や種の購入伝票などを参考にしたそうです。現在はモネ基金が当施設を運営管理している模様です。

 ①  ②  ③  

  ④  ⑤  写真:①木陰のレストラン、②ジヴェルニーのムラの一角、③同、④睡蓮の池、 ⑤同、  

池の写真は案内書に載った専門家の写真の方がずっときれいで見応えがあるので、自分ではほとんど撮りません。

 午後の迎えのバスで鉄道駅まで。このバスがなかなか来ない。イライラする。フランス時間というやつか。とにかく列車には間に合ってサンラザールまで戻る。これから仕事に行くという息子と別れて、ここからバスで帰る。彼はこれから事務所へ出て夜中過ぎまで仕事・・・。それは秘密。 





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11-066パリ旅日記21066

2016-07-07 11:12:01 | 旅日記

風の谷通信No11-066

6月9日(水)ジヴェルニー行き

幸いにも息子夫婦の先導を得て、ジヴェルニーへ連れて行ってもらえることになった。仕事が忙しくて付き合ってもらえない予想であったものが、めぐり合わせが良くなった。ラッキーラッキー、この上なし。

少し歩いて乗り換えなしの地下鉄線でサンラザール駅に至る。どこを通ったか記憶にない。こりゃ独りでは無理だ。まずは≪サンラザール≫という駅名が聞こえない。地下鉄車内で、なんだか≪サラザーㇽ≫と聞えたような気がしたら「降りるんだよ」と促されて駅中へ。どうやって改札を通った全く覚えていない。あとで訊くと「切符はネットで買っておいた」とのこと。乗り場案内は表示板のみ。どの列車に乗り込むのやら全く判らない。

サンラザール駅10時25分発。途中の沿線は、まず鉄道の敷地が広々と、かつ延々と続く。営業路線のすぐそばに延々と引き込み線や操車場が拡がる。その向こうにセーヌが流れ、そのさらに向こうに林や丘が拡がる。手前の岸辺はベッタリと濡れていて、あゝ洪水にやれらたなアと理解できる。進行方向左の丘と対岸のずっと向こうの丘までの間は古代のセーヌ川床だったろうと思わせる景色が続く。あ、ついでながら列車の乗り心地はなかなかよろしい。さすがに高速鉄道の技術をもつ国だと思わせる。

下車駅はヴェルノン駅。駅前に出ると観光業者がいっぱい。観光バスやタクシーが沢山待機中。なんだよ、これは!という感じ。まさかこんなに俗化しているとは想像もしなかった。イヤイヤ、街全体がモネ様サマで成り立っている感じだ。ヴェルノン駅で誘われるままに連結バスに乗り込んでジヴェルニーへ、トコトコ走る。日本の観光地でも見かけるミニ鉄道みたいな連結車だ。(余計なことに往復乗車契約になっている。)

街中に古い教会が建っている。13世紀に建築されたものという。古いなぁー。日本にもそんな古い木造建築があるなあ。別に競争することじゃないけど。

駅前の街を離れると途中は広々とした田舎道。畑や牛の放牧地や林の連続。先ほどまで列車の中から眺めていた景色が道路のすぐ傍に広がる。洪水の跡が生々しい。緑が濃い。プラタナス・ポプラ・アカシア・(多分)マロニエ、等々。明るい緑が特徴。この農村の広さには感嘆の他ない。日本が真似るべし。

たったこれだけ記録するにも推敲に時間がかかって、あーぁもう疲れた。ここで一段落。

     サラザーㇽ駅の寸景




 

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11-065パリ旅日記21065

2016-07-05 20:01:24 | 旅日記

風の谷通信No11-065

6月8日 マルモッタン・モネ美術館

早くに出発。いつもの通り#1号線。ルーズベルト駅で#9号線に乗り換え、ラミュエットで降りる。フランス語は厄介だよ。フランクリン・ルーズベルト駅とは言わないので、案内を聞いていても効果なし。必ず窓枠上の文字表示を読んでいないと「フランクラン・XXXX]というアナウンスを聞き逃してしまう。

この名前を聞き分けるとようやく緊張から解き放されて#9号線に至り、ラミュエットで降りる。案内に従って地上に出るとホラ、またしても広場と放射状道路だ。やれやれ。雲が厚いので方角も判らず、地図との照合ができない。乱視の弱視でじっくりと見まわしていると、どこだったかに標示を見付けた。ありがたいことに≪マルモッタン≫が読める。それに従って歩くとまたしても広場。オヤオヤ。じっくりと構えて道路標識や壁の表示を読んで方角を定めていると、2階の壁に町名表示を見つけ、それに従って広場を越えるとまたしても道路標識が見えた。この広場交差点は表示が「マシ」な方だ。何本もの放射状の道路を迷いつつマルモッタンへと向かう。

 

ようやくにしてマルモッタン邸に到着。ここまでの道路脇の緑が濃いことよ。草の広場も背の高い樹々も軟らかい深緑に溢れている。日本よりも緯度が高いのにやわらかい広葉落葉樹が多くて緑が柔らかい。軟らかくて濃くて、針葉樹のような硬さがない。

まぁそれはいいとして、とにかく憧れのマルモッタン邸に到着。地図の表示ではエッフェル塔よりも郊外に位置していて、なんだか街の果ての遠いところのように感じたのだが、来てみるとなんてことはない。

玄関に着くと数人が並んでいるだけ。拍子抜けがした。やはりここまでやってくる鑑賞者は少ないと見える。入場検査は鞄の中身まで広げること。券を買ってカバンを預けて、音声ガイドを借りる。

展示品はマルモッタン氏の収集品が中心。1階2階と一通り見て回ったあと、まだ肝心のモネの作品が見えない。案内人に尋ねたら、あちらの階段を降りなさいという指示。降りてみると!!!あった!!!モネの作品だけが集中的に展示されている地下室です。

高名な絵「印象・・・日の出」があった。先の京都でのモネ展で見損なったのだ。これが観たくてここまで来た、とでも言いたいものだ。加えて、一面の睡蓮の画。まるでオランジュリーを模したかと思うような睡蓮の画の部屋。

帰途、ルーズベルト駅で降りて昼食。そのあとピカソ館へ行く。なんとなんと。憧れて待ちくたびれてやっとここまで来たのに、改装直後の企画は「彫刻」だと。絵画が殆んどナシ。彫刻は判らん。途中で抜け出して中庭へ降りて行き日陰で昼寝していた。アカシアとねむの木の緑がきれいだった。

 

       

 写真左から: 地下鉄からマルモッタン邸への道 振り返るとエッフェル塔 道路脇の広場の緑

     2枚とも ピカソ館の中庭 バラがきれい

 

 

 

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