乱鳥の書きなぐり

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『女中ッ子』 10★ 1955年  由起しげ子原作 田坂具隆監督・脚本 日活 白黒

2012-03-29 | 映画



    『女中ッ子』  10★



原題 The Maid
製作年 1955年
製作国 日本
配給 日活
上映時間 142分



原作 由起しげ子
脚本 田坂具隆
須崎勝弥
音楽 伊福部昭
配給 日活
美術 木村威夫

監督 田坂具隆
原作 由起しげ子
音楽 伊福部昭
撮影 伊佐山三郎
脚本 田坂具隆 、須崎勝彌
助手 中平康、牛原陽一



キャスト
左幸子(女優) 織本初
伊庭輝夫(男優) 加治木勝美
佐野周二(男優) 加治木恭平
轟夕起子(女優) 加治木梅子
田辺靖雄(男優) 加治木雪夫
高田敏江(女優) 野村ひろ子
宍戸錠(男優) 若月
東山千栄子(女優) 初の母
細川ちか子(女優) 野呂夫人
高品格(男優) 列車の車掌




 映画『女中ッ子』を見て感激した。

 おもしろく、深く、重厚で、感動を呼び起こす。

 ネットで調べると、案外 評価は低い方が多い。

 だが、わたしは好きな映画のひとつだと感じた。


 原作では山県だが、映画『女中ッ子』では秋田県

 なまはげが「神事」、映画の中でのこどもの心の「境界」として描かれ、最後鳥居(境界)で締めくくられるのはたいへん興味深い。

 美しい雪景色。美しい日本…


 わたしは山形県も秋田県も好き。

 20年後に描かれた同原作を映画化したという山形県・夏・カラーの『どんぐりっ子』も見てみたいものだ。


 映画『女中ッ子』の運動会のシーンは、ラインの遠近を強調してこどもたちを走らせる。

 白黒映画に白線

 静かな画面の中で「わぁあぁ~」というこどもたちの歓声が妙に響く。

 その描き方は少しシュールな感覚を思わせる。

 
『女中ッ子』の中で多くの時計音、動物が多用され、暗い中にもディズニーのような明るさを感じさせる部分があり、抜道がつくられるのは見事。


 女中がこどもの心を開かせ、また、家族の絆を取り戻させるのだが、ラストの潔い終わり方が魅力的。


 幼稚園に上がる前、長女は『たみちゃんときつね』を見聞きして大泣きに泣き、涙が止まらなかった。
「かわいそうすぎるぅ! たみちゃんがはっきり言わないから、いけないんや!」
と泣き続けた。

 映画『女中ッ子』はじんわりと目尻が涙でにじんだ。また、こどもにも罪は無い。

 だが、内容は違うにもかかわらず、こどもが幼い頃に読んでやった童話『たみちゃんときつね』を思い浮かべた。


  この映画はわたしは好きだ☆


 





 Movie Walkerより ▼

 由起しげ子の原作を「長崎の歌は忘れじ」以来の田坂具隆が久々で監督する映画で、脚本は田坂監督が「火の驀走」の須崎勝彌と共同で執筆した。撮影は「女人の館」の伊佐山三郎の担当である。主なる出演者は「おふくろ(1955)」の左幸子、宍戸錠、「青春怪談(1955 市川崑)」の轟夕起子、「うちのおばあちゃん」の佐野周二、「雪割草」の伊庭輝夫など。


 Movie Walkerより ▼

 東北の雪深い寒村から上京した織本初は、かつての修学旅行の時の僅かの縁を頼りに、加治木家の女中になった。加治木家の主人恭平は日東時計の総務部長で、家族は梅子夫人の外、長男雪夫、次男勝美、梅子の姪の野村ひろ子などがいた。最初はすべて田舎流で家族達から笑われた初も、一生懸命に働いて次第に馴染んで来た。中でも家中から嫌われていたひねくれっ子の勝美はすっかり初が気に入った。初は勝美がこっそり母親に内緒で仔犬を飼う手助けをしてやった。夫人の合オーバーが紛失したが、これは勝美が仔犬の寝具に使ったのであった。やがて仔犬の一件は犬嫌いの母に知れたが、初の口添えでそれも許され、汚れた合オーバーをひそかに自分の箪笥の奥深く隠して始末したのも初であった。勝美が学校でいざこざを起こしても初が出掛けて解決するので、勝美は「女中ッ子」などと冷かされるようになった。旧正月の休暇で初が帰郷したので勝美は淋しかった。而も仔犬のチビが梅子の草履を噛んでクチャクチャにしたので捨てられてしまい、ゴム長をはいた勝美は東北本線に乗って初のところへ一人で行ったりした。丁度帰京する初はそれを知り勝美を連れ帰った。数日後、捨てられたチビも戻って来た。梅子はチビのためにボロキレを探そうと初に与えてある箪笥の引出しを引っくり返すと紛失した合オーバーがあった。初は勝美の仕業であることを打明けずそのため暇を出されてしまうことになった。最後の別れに初は勝美を学校に訪れたか、何も知らない勝美は「女中ッ子って言われるから学校へ来るなよ」と素気なく教室に消えてしまった。初は淋しく故郷へむかう列車に身を置いた。


 映画.com より ▼

 東北地方の寒村から上京してきて住み込みの女中として働く娘と、ヒネクレっ子の次男坊の心の交流を描いた佳編。1976年に、西河克己監督・森昌子主演で、「どんぐりっ子」という題名でリメイクされている。左幸子の初々しく発刺とした演技が印象に残る








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2 コメント

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『女中っ子』 (bakeneko)
2019-06-24 12:45:12
下の子はものすごく女中になついていた.なので学校では『女中っ子』と呼ばれていた.
それが良いことかどうか?.
つまり、『女中っ子』などと言われないように、親がしっかりと子供の面倒を見なくてはいけないはず.
彼女には、それがよく分かったから、実家に戻ることにした.
と言う風に描かなくてはいけないはず、と言うか、芸術的表現としてはこれで良いのだけど、けれども、人としての優しさが大切と言う時に、冷たい言い方ではいけない、優しい言い方をしなければいけないはずなのだが.....
bakeneko様 (Rancho)
2019-06-27 17:50:47
bakeneko様
はじめまして

なるほど、貴重なご意見をありがとうございます。
私も親がしっかりと見る必要を感じます。

女中ではないのですが、日本にはその昔、子守のこがいました。
子守は差別され、村の教会で子守し、村の中には入ることができませんでしたでしょう。
その子守の女の子と関係を持った村の若者が、村人から今度は差別を受ける側になったと民俗学の複数ボンに記されていました。

差別の話はさておき、ここでも親が子を見ず子守にあやさせています。
日本にはこういった風習があったのでしょうか???
bakeneko様の言葉と照らし合わせて今考えると、疑問が生じてきました。

話はまたそれますが、昨今、親の子に対する虐待とか、悲しいニュースがありますね。
一個に人間が人らしく自分らしく生きていける世の中になるといいですね。



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