






ラムセス2世@メンフィス博物館

古代エジプトに於いて最も権勢を振ったファラオがラムセス2世
エジプト新王国19王朝のファラオで在位はBC1290-1224年


ラムセス2世像のスフィンクス像



エミレーツ航空
関空-ドバイ-カイロ

プライオリティ・パスで入るラウンジ@ドバイ

メリディエン ホテル@ギザ

カイロの夜

パピルスの店@カイロ
死者の書
古王朝の時代、死後の世界に於ける安楽な生活を送ることができたのは王や王族。ピラミッドの玄室壁面にヒエログリフを書き残した。次の中王朝の時代には死後の世界が王族以外の者にも開かれ、柩の底や外側などに経文を書いた。これが「柩文」と呼ばれる。そのあと、新王朝の時代に入って巻物(パピルス)に経文が描かれるようになった。これがいわゆる『死者の書』といわれるもので、死後に迎えるであろうさまざまな障害や審判を乗り越えて、無事楽園に到達するためのガイドブックであった。
死者・アニは14人の裁判官の前に座る
死者である書記生のアニは、妻ツツの後に従ってマーアトの広間に入る
アヌビス神は使者の良心を表す心臓を天秤の上にかける
もう一方には法と真実の象徴である羽毛をかける
2つが等しくなかったら有罪の宣告を受けるのである
秤の右手の方には、筆記用具を持ったトト神が控えて、審判の記録を書き留めようと待ち構えている。
トスの後には怪獣が控えており、審判で有罪になった死者をただちに食べるために体勢を調えている
秤にある心臓は真実であり、汚れのないことが証明されました
ホリス神が死者を天国に連れて行く
天国には冥界の神・オシリスと葬祭の神・ネフティスがいる

スフィンクスとクフ王のピラミッド

ラクダ

赤いピラミッドの守衛さん

考古学的にはお宝の山@階段ピラミッド横の遺跡

エジプト絨毯を織っている

エジプト航空でアスワンに到着

ヌビア砂漠

ヌビア料理

アブシンベル神殿前のヌビア人

船に乗る

ルクソール神殿は、ルクソール(古代のテーベ)東岸にある神殿複合体。もともとカルナック神殿の中心を形成するアメン大神殿の付属神殿として、エジプト第18王朝(紀元前1550-1295年頃)ファラオのアメンホテプ3世によって中心部分が建立された。神殿の後方には、アメンホテプ3世およびアレクサンドロス3世(紀元前332-323年)によって構築された祠堂がある。ローマ時代には、神殿およびその周辺は軍の要塞となり、その領域はローマ政府の基地であった。アメン大神殿とはスフィンクスの参道で結ばれていた。神殿入口となる第1塔門の前には1対のラムセス2世(紀元前1279-1213年頃[3])の坐像、その手前にはオベリスクが立っている。オベリスクは本来左右2本あったが、1本はコンコルド広場にある。
イアフメス1世 -BC1546(古代エジプト第18王朝の第1代ファラオ) ┣ アメンホテプ1世 -BC1524(古代エジプト第18王朝の第2代ファラオ)カルナック神殿を建設 ネフェルトイリ ┣ トトメス1世-BC1518 (古代エジプト第18王朝の第2代ファラオ)シリア、ヌビアへ遠征 アメン大神殿の造営を継続 イアフメス ┣ トトメス2世 -BC1504 ヌトネフェルト ┣ トトメス3世 -BC1425 ハトシェプストの補佐政治後はエジプト史上最大の帝国を築く カルナック神殿の大増改築KV34 ハトシェプスト ┣ アメンホテプ2世 -BC1419 エジプトの国威と広大な帝国を維持 KV35 イシス ┣ トトメス4世 -BC1386 アメン神官団の影響力の排除 ティアア ┣ アメンホテプ3世-BC1349 絶頂に達した王国を継承 ルクソール神殿を建設 メムノンのモデル WV22 ムテミヤ ┣ アメンホテプ4世 -BC1333(アクエンアテン)アトン神を崇拝(アマルナ改革)KV55? ティイ ┣ スメンクカーラー -BC1334 本拠地はメンフィス KV55? ネフェルティティ ┣ ツタンカーメン-BC1324 首都をテーベに戻す KV62 キヤ ┣ アイ -BC1319 アンケセナーメン ┗ ホルエムヘブ(KV57 第18王朝最後) ( (ネフェルティティの娘)
ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心) ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設 シトレ ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営 トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5) ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位 ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10) プタハ ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15) ? ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る ? ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後) タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設 ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺 ティイ ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位 (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去 ┃ テントオペト ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う ┃ ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い ┃ ? ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者) ┣ メンチュヘルケプシェフ イセト ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6) タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成) ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉 ティティ? この頃テーベはアメン大司祭国家となりエジプトには南北二つの王家が並立する
カルナック神殿まで続く参道には羊のスフィンクスが並ぶ

ルクソール神殿第一塔門の前にはラムセス2世の石像とオベリスクが立つ
ラムセス2世は9本のオベリスクを建造しているが、5本はローマ、1本はパリ。

ラムセス2世の第一中庭とモスク

第二塔門前に立つラムセス2世の石像

ラムセス2世の台座のレリーフは上下エジプトの統合を意味している
BC17世紀頃、エジプトは下エジプト(異民族ヒクソスに支配さてていた)と上エジプトに分かれていた
両者間に戦争が起こり、BC1550年ごろ土着のエジプト人が、ヒクソスを支配層から追い出してエジプト新王国時代に入る(第18王朝期)
上下エジプトを統一したエジプト王はナイル川流域だけではなく、アジアのシリア方面にも進出するようになる
この時の王・トトメス3世は、シリアの属国も支配し、エジプト史上最大の帝国を築いた

アメンヘテプ3世の大列柱

ラムセス2世とネフェルタリ妃
ツタンカーメンとアンケセナーメン妃という説明であったが・・・

アメンヘテプ3世の第二中庭 向こう側は列柱室

アレクサンドロス大王の間

大王の間の壁レリーフ

葡萄から赤ワインを作っている

至聖所
ルクソール神殿

カイロから南へ650kmナイル川を登るとルクソールという古代にはエジプトの首都であった都市がある。ナイル川の東側にはカルナック神殿(現存する世界最大の古代神殿で、東京ドーム22個分)、ルクソール神殿があり、西側には王家の谷がある。カルナック神殿は新王国時代(紀元前1550-1069年頃)に繁栄した古代の首都テーベに建てられ、中心的な存在であるアメン神殿、ムトの神域、メントゥの神域から成る。紀元前1965-1920年頃の統治(中王国時代第12王朝のセンウセレト1世の頃)にはじまり、プトレマイオス朝の時代(紀元前332-32年)まで継続された。第18王朝(紀元前1550-1295年頃のファラオ系図は以下)には増改築が繰り返され、崇拝の中心地であった。このように歴代の王達がアメン神に忠誠を誓い、アメン神の加護を得るために増設していった。
イアフメス1世 -BC1546(第18王朝の第1代ファラオ) ┣ アメンホテプ1世 -BC1524(第18王朝の第2代ファラオ)カルナック神殿を建設 ネフェルトイリ ┣ トトメス1世-BC1518 (第18王朝の第2代ファラオ イアフメスとは姉弟)シリア、ヌビアへ遠征 アメン大神殿の造営を継続 イアフメス ┣ トトメス2世 -BC1504 ヌトネフェルト ┣ トトメス3世 -BC1425 ハトシェプストの補佐政治後はエジプト史上最大の帝国を築く カルナック神殿の大増改築KV34 ハトシェプスト ┣ アメンホテプ2世 -BC1419 エジプトの国威と広大な帝国を維持 KV35 イシス ┣ トトメス4世 -BC1386 アメン神官団の影響力の排除 ティアア ┣ アメンホテプ3世-BC1349 絶頂に達した王国を継承 ルクソール神殿を建設 メムノンのモデル WV22 ムテミヤ ┣ アメンホテプ4世 -BC1333(アクエンアテン)アトン神を崇拝(アマルナ改革)KV55? ティイ ┣ スメンクカーラー -BC1334 本拠地はメンフィス KV55? ネフェルティティ ┣ ツタンカーメン-BC1324 首都をテーベに戻す KV62 キヤ ┣ アイ -BC1319 アンケセナーメン ┗ ホルエムヘブ(KV57 第18王朝最後) ( (ネフェルティティの娘)
ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心) ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設 シトレ ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営 トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5) ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位 ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10) プタハ ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15) ? ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る ? ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後) タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設 ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺 ティイ ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位 (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去 ┃ テントオペト ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う ┃ ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い ┃ ? ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者) ┣ メンチュヘルケプシェフ イセト ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6) タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成) ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉 ティティ? この頃テーベはアメン大司祭国家となりエジプトには南北二つの王家が並立する
ネクタネボ1世(第30王朝 BC380頃)の頃に建てられた第一塔門
塔門には何らレリーフは無い
セティ2世のオベリスクは無くなっている

スフィンクス参道
羊の姿をしたアムン神のスフィンクスの足元にはラムセス2世が立っている
第1中庭にはセティ2世のオベリスク(左)、パネジェムの巨像がある
パネジェムの巨像は本来はラムセス2世の像だったが、第21王朝のパネジェム1世が名前を書き換えたという
いずれも左右対称にペアで立っていたそうですが、今は片方しかない

第1中庭の南側にはラムセス3世の神殿がある(メディネト・ハブ)

セティ2世の小神殿

ホルエムヘブが建てた第2塔門を入るとセティ1世、ラムセス2世が建てた大列柱室があります
アメン大神殿の大列柱室 16列134本の石柱 中央の12本は直径3m 開花式パピルス柱

アメン神のレリーフの多くは顔が削り取られて破壊された
これはアクエンアテンが太陽神・アトンの崇拝を人々に強要すべく破壊したという

聖池の向こうはムト神殿

トトメス1世のオベリスク(右) と ハトシェプスト女王のオベリスク(左)
トトメス1世の娘がハトシェプスト女王
トトメス1世のオベリスクは第3塔門と第4塔門の間に右側だけが残っていて、左側は台座と断片しか残っていない
ハトシェプスト女王のオベリスクは トトメス1世が作った第4塔門の先の左側にあります
ハトシェプスト女王のオベリスクは左側だけが残っていて、右側は倒れていて台座と本体の最下部が残るのみ

ピラミディオン(頂部)を含む上部の断片は聖なる池の近くに置かれています 向こうに第3-第6塔門が見える
アメンホテプ3世が築いたのが第3塔門

トトメス1世によって作られた第5塔門はハトシェプスト女王のオベリスクの先にある

第5塔門の東側には小さな列柱室がありトトメス3世が作った第6塔門があります
第6塔門を過ぎると狭い中庭を経て大神殿の中心である至聖所に至ります


神殿の周囲には穀物庫などの煉瓦遺跡がある。農民から徴収した穀物を備蓄して、労働者に報酬として分け与えていた
その備蓄量は2万人分という
