フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 次の書籍の書評を執筆して、最近掲載誌が刊行されました。

  松村友視著『近代文学の認識風景』 (インスクリプト)
  『国語と国文学』2018年12月号

 この書籍は2017年1月に刊行され、私の書評もかなり以前に依頼をされていましたが、掲載誌の都合でこの時期の掲載となりました。
 著者の松村友視氏は、作家の村松友視氏とはもちろん別人で、慶応大学名誉教授。泉鏡花を中心とした明治文学の研究者で、この本ではその鏡花の他に、森鴎外、嵯峨の屋御室、宮沢賢治などの文学者を論じています。詳しくはこの書籍、または私の書評を見ていただきたいので繰り返しませんが、実に立派な研究書です。『国語と国文学』誌から私がこの本の書評者を指名されたことは、責任が重いと同時に名誉なことと思いました。
 今書いているこの場所は、ブログであって研究誌ではないので、少し個人的な思い出を書きますが、私が大学院の学生だった頃、松村氏の研究論文をよく読んでいました。私は、今は村上春樹作品やテレビドラマ論などの現代文化論を専門分野としていますが、もともとは日本の明治期小説の表現研究から出発しました。松村氏とは研究視点が異なるものの、嵯峨の屋御室研究や泉鏡花研究の論文からは大きな影響や示唆を受けました。それから30年以上が経って、松村氏の書評者になるのは感慨深いものがありました。
 私も松村氏の著作を真摯に読ませていただき、久方ぶりに明治文学研究者に戻った気持ちになりました。

 ※このブログはできるだけ週1回(なるべく土日)の更新を心がけています。




コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
読みました (tom)
2018-11-17 20:20:54
先生の書評、たいへん興味深くというか、気を重くしながら読みました。たしかに、松村先生の著書には、文学とは、そこにつながり語る文学研究とは、といった重い課題を含んでいるように思います。〈真・善・美〉について考えをめぐらせるより、〈早い・うまい・安い〉、〈売れる・使える・役に立つ〉のような研究を自分もしてきたのではとも思い返す良い機会になりました。分かりやすく問題を狭小化・分節化すること、それは必要な作業かとも思いますが、それをもって分かったと錯覚してしまう傾向も自分にはあるかなと、そんなことも今回の書評を読んで考えさせられました。
 
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