フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 




 先日、東京・青山劇場で『ウーマン・イン・ホワイト』というミュージカルを見てきました。このミュージカルは、昨年1月にロンドンでオリジナルの舞台を見ているので、それに続いて2度目の鑑賞です。ロンドン版の感想はこちらを御覧ください(→ 「『ウーマン・イン・ホワイト』in London」 )。ロンドンのオリジナル版との違いはなかなか興味深いものでした。
 その違いの前に、再度このミュージカルを見て、脚本がよくできているとあらためて感じました。原作は、ウィルキー・コリンズが書いた19世紀英国の長編小説で、岩波文庫から3冊本で出ています(昨年は品切れで在庫も全然なかったのですが、最近増刷したのは舞台があるからでしょうか)。
 この原作は長編である上にストーリーも複雑。さらには語り手が章によって変わるという特徴のある構成をとっています(英国ゴシック小説から探偵小説への流れの上に位置する)。これをミステリー仕立ての統一感のある舞台にしたシャーロット・ジョーンズの脚本の見事さをまず最初に再認識しました。
          
 話をロンドン版と日本版の違いに戻すと、その
違いは大きく分けて2つ。演出と配役です。
 まず演出面では、ロンドン版で用いられた映画的手法が日本版ではいっさい省かれてしまっていました。舞台の背後に白い布を置いてスクリーンにし、そこに背景(たとえば英国の地方の風景など)を映写するというロンドン版の試みが日本の舞台ではありません。ネタバレになるので詳しくは言いませんが、ロンドン版では、この映写技法が単なる背景のためではなく、クライマックスのところで「あっと驚かせる」演出につながっていたのでした。
 それが日本版で省かれているのを見ると、やはり残念に思いました。ただ、あらためて考えてみて、「ではあの演出は不可欠か」と問えば、必ずしもそうではないように思えてきます。たしかにロンドン版の演出には驚かされましたが、この作品のミステリー性と人間ドラマとしての性格を考えれば、そんな驚かしをしなくても十分見応えのある舞台になっていると言えるでしょう。
          
 もう一つの違いは配役。今回の主役マリアンには笹本玲奈、妹ローラに沙也加、相手役ハートライトに別所哲也、という配役でした。これは日本人が演じるのですから当然の違いです。
 ロンドンなどのミュージカルに出ているのは、ほとんどがミュージカル専門に訓練した舞台俳優さんたちですが、日本の場合はテレビなどに出て知名度の高い人が優先されます(四季系は違いますがこちらは演出家が絶対の中心で、やはりロンドンなどの舞台のありかたとは少し違っています)。今回はホリプロの制作ですから所属のタレント中心の配役になりますし、主役の笹本玲奈は別として、別所哲也や沙也加は「テレビの人」という印象の方が強いことでしょう。
 それでも別所哲也はミュージカルもかなり多く演じています。それに対して沙也加(松田聖子の娘)を起用するのはちょっとどうかな?と疑問に思って行ったのですが、そんなに悪くはありませんでした。高音が出ないところがあったり、やはりミュージカル専門に訓練した女優さんではないというのが明らかでしたが、よくある「人気・知名度だけの起用」というほどの違和感はありませんでした。
 一方、主役の笹本玲奈は13歳から何年も「ピーターパン」で主演をしていた経験があり、実力は申し分ありません。その後も「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」などで重要な役を演じており、私もそれらの舞台で彼女の演技を見ています。経験・実力いずれをとっても、今回の作品で主役を演じるのが彼女だというのはうなずけるところでした。
 ひとつだけ難点を言えば、笹本玲奈はまだ22歳。『ウーマン・イン・ホワイト』のマリアンを演じるには若すぎるくらいです(19世紀に戻せば22歳でもいいのかもしれませんが今の感覚から言うと若すぎるという意味です)。もしマリアンを演じられる女優さんが他にいるなら、笹本玲奈がマリアンの妹ローラを演じてもいいし、若さだけでなく容姿やイメージもローラに十分適していると思いました。しかし、笹本玲奈を上回るミュージカル女優さんでしかも適当な年齢の人となると簡単ではないでしょうから、その意味では、笹本玲奈の主役は当然と言えば当然の配役なのかもしれません。

 ロンドンでこの作品を見たときには、あらかじめ原作を読んで頭に入れてから見ました。しかし、私の英語力では聞き取れなかったところなどもあったので、その点でも再度この舞台を日本版で見ることができたのは幸いでした。また、ロンドン版と日本版で変わっているところ、そして変わらないところを考えながら見ることを楽しむことができました。今回の公演はちょうど今日で終了ですが、日本版だけ見ても十分楽しめるオススメのミュージカルでした。
          



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