フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 今期のテレビドラマについてはだいたい感想を書きましたが、NHK・BSで放送された『グレースの履歴』については、これまでのブログにまだ感想を書いていませんでした。
 『グレースの履歴』は、ベテラン演出家・脚本家である源孝志の小説作品が原作になっています。今回放送されたのは、その小説を源自身が脚本・演出を担当し、テレビドラマとして制作がなされました。内容は次の通りです。
 40歳を間近にした蓮見美奈子(尾野真千子)は、海外旅行中に突然の事故で亡くなります。後に残された夫・蓮見希久夫(滝藤賢一)は美奈子の遺言として、グレースと呼んでいる美奈子の愛車を譲られます。ところが、その車のカーナビの履歴には、美奈子が希久夫に知らせていなかった行先が多く残されていました。美奈子は海外旅行と偽って実際には国内を回っていたことが、その死後に希久夫にわかってしまいます。そのため、希久夫はその履歴を頼りに美奈子の行った先々を訪ね、美奈子の秘密やその思いを知っていくことになる…という話です。
 一言でいえばいい作品でした。通常のドラマは、「ミステリー」「アクション」「ラブストーリー」などのジャンル設定が明確ですが、この作品はジャンル分けの難しい作品です。しいていえば「ヒューマンドラマ」になるかもしれませんが、その枠組みにおさまるわけではありません。通常のテレビドラマは、毎回のパターンが似通ったものになりがちですが、この作品は全8回がそれぞれ異なる方向に進んでいきます。死者の生前の思いが次第に明らかになり、それを受け止める夫の切なさが高まっていく、そういうみごとな展開のドラマに仕上がっていました。
 もう一つ私が評価したいのは、この作品がNHKならではの作品だということです。私は以前から、「NHKは公共放送として民放とは異なる立場にあるので、民放と同じようなドラマなら制作する必要はない」ということを言ってきました。この『グレースの履歴』はいい作品ですが、派手なアクションも華やかな恋愛もありません。いわゆる地味な作品ですから、これは民放が制作する作品とはとうていいえません。そういう作品こそ、NHKが制作する意義を持っていると思います。
 今年1~3月にNHKで放送されていた『大奥』は、たしかに面白かった。ドラマとしての水準も素晴らしかったと思います。しかし、『大奥』はNHKでなくても制作されます(実際に民放で制作されたことがありました)。NHKが制作すべきなのは、『大奥』のような華やかな作品ではなく、『グレースの履歴』のような地味でもすぐれた作品だ、ということをあらためて強く感じました。


※このブログはできるだけ週1回(なるべく日曜日)の更新を心がけています。




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