1967年アメリカ貧乏留学物語

1967年・所持金$200・スーツケース1個・英語能力ゼロ・単身アメリカへ

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(35)ベトナム戦争志願

2009-10-15 | アメリカ留学
学校から帰って、コーヒーを飲みながらバイトの用意をしていると、電話が鳴った。
日本人の友人の(最近では英語もかなり理解でき話しもできるようになったので日本人とも付き合っている)大友隆平(リュウ)からだった。
リュウは南カリフォルニア大学1年生だ。



『おー元気か?何?』最近しばらく会っていない。
『実は俺、アメリカ兵に志願してベトナム戦争に行こうと思うんだ。』
『えー!どうして?』
『お前もだけど、学校、生活の両方を両立することは無理と思うようになってきたんだ。』
『俺も大変だけど。同じだ。リュウ、俺、今日のバイトは取りやめるから、俺んちに来ないか?酒でも飲みながら話そう。』
『わかった。7時頃行くよ。バーボンとビール買って行くよ。』
『わかった。俺は何かつまみと料理するよ。じゃー後で』


大樹は冷蔵庫のフリーザーの中にある、ステーキ用の肉(アメリカはなんでもデカイ!一人分が500gmくらい)を解凍のため出した。
今夜のメニューはステーキと茹でたジャガイモ、茹でた人参(ついでに人参ステッキ)、
キャベツの甘酢和え、そしてカリフォルニア米のライス(非常に安い、しかもウマい!)。
ビール、バーボン飲みながら食べることにした。


リュウが来たので、早速料理にかかった。
彼も手伝うと言うが、かえって邪魔なので断った。
彼はテレビを見ている。テレビニュースで丁度ベトナム戦争の状況を伝えている。
アメリカの情勢はなんだか良くないようだ。
第二次世界大戦の日本のように、負けてきているにもかかわらず勝っていると言う報道はアメリカではしない。



料理ができたので、ダイニングテーブルにつかにで、カーペットの床に料理を置いて、床にあぐらを組んで二人で話しながら呑み食べた。
リュウが『ベトナム戦争に行けば、大学の授業料もタダ、アメリカ国籍も取得でき、生活には困らないからね。』と言った。
確かに魅力はある。しかし、それは生きて帰ればのことだ。


『お前、それは同感だけど、生きて帰ることができれば最高だよ。』
『大樹、ここアメリカでは普通に生活していても、危険と隣り合わせだからね。』
『俺もピストル持ってるけど、はたして人間を撃つことができるかどうかだよね。』
『戦場に行けば、何も考えないで敵を撃つようになると思うよ。撃たなければ自分が撃たれるから。』
『リュウ、それじゃーもう決心したのか?俺は止めることもしないし助言もできないけどね。命がかかってるんだぜ!』
『アメリカ国籍は魅力だからね。色々な恩典が受けられるからね。』
アメリカはその点、偉大だと思う。国のために働いた者には最高の恩典が与えられる。
絶対国民を見捨てない国だ。

日本はどうだろうか?
【北朝鮮に拉致、すなわち誘拐されている日本人を救出するために、国は命を張ってくれるのだろうか?現在の政治家・官僚役人では無理だろう。それだけ骨のある人間はいないと思う。これは現在の日本の感想です。】

リュウは大樹に話し気持ちが軽くなった様で、来た時より明るくなった。

それから1か月後、リュウは志願しルイジアナ州の方へ行った。
無事に帰ればいいが・・・・。
GOOD LUCK TO RYU!!!


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