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日本政府のイラク戦争取材拒否事件

2006-09-19 17:50:08 | 国内社会
 「読売新聞飯塚恵子記者が英軍に同行してサマワ自衛隊を取材しようとして拒否されて、1年後,彼女は二度目のチャレンジをしていた。しかし,このチャレンジは,「官邸の高官」からの衛星電話で拒否された…。なぜ,このことを騒ぎ立てないのか?」(詳細はヤメ記者弁護士のブログ、06・8・30)

 結局、国家権力に対しては、個人と1企業での努力のみならず、英国外務省担当者の言うように、「日本の要請は疑問だ。取材妨害ではないか。報道各社で連携し、日本政府に抗議した方が良いのでは」ということです。

 要するに、報道機関の社会的責任は国家権力に対する住民・国民の知る権利・アクセス権を実現する所にあり、取材活動の自由と報道の自由もその限りで完全に保障されねばならない。

 報道機関のメディア・スクラムが問題となっているが、それは報道機関が住民・国民間の覗き見主義に悪乗りし、報道倫理の原点である国家権力に対する監視を太く本道に位置づけていないからだろう。スポーツ・芸能ニュースと国家権力監視報道は同列ではないのである。

 報道関係者が住民・国民の「知る権利」「アクセス権」の対象をスポーツ・芸能等様々な分野に拡大することはすばらしいことだが、民主主義国家における報道機関の第一義的意義は、国家権力に対する監視・報道だと言う報道を徹底しなければ、それこそ「大本営発表」の独裁国家が再現するだけだ。

 国家権力に対する住民・国民の「知る権利」「アクセス権」を完全に実現する報道を実行することが報道機関・報道関係者の社会的責任であり、プロフェッショナルとしての社会的存在意義だ。

 NHK改革そうだが、報道関係者が住民・国民の国家権力に対する「知る権利」「アクセス権」を完全に実現するには、国家権力から独立した体制が必要で、国家権力から独立するには、報道機関・報道関係者が横並びで団結する産業別労働組合が不可欠であり、住民・国民の理解と協力が得られるような産別労働運動の在り方を実現することが必要不可欠である。

 国民・住民を見放し、あきらめると言うような、いわば「どっちつかず」精神では、国家権力に対する国民・住民の権利は守り切れないのである。

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