ウリパパの日記

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茨城県石岡市の善光寺 2020.2.11

2020-02-17 20:53:27 | 茨城県

1週間前のネタになります。2/11(祭日)の午前、筑波山から友部へ戻るためフルーツライン(県道42号線)を北上中、道祖神峠への登り坂に差し掛かる手前に善光寺楼門と書かれた観光案内が目に留まりました。道路左手に楼門らしき建造物がポツンと視界に入ったので、衝動的にブレーキをかけて立ち寄ることにしました。近くの広場に車を停めて正面へ向かいます。

 

まずは善光寺の説明板。石岡市観光協会HPから以下に引用しておきます。

善光寺は真言宗豊山派に属しており、善光寺の来歴を綴った「善光寺縁起」によると、1501年(文亀元年)3月当時、小田城主であった小田成治の母堂が善光寺如来を深く信仰していて、万代安穏の地を選んでこの地に建立したと伝えられています。小田城は現在のつくば市に存在していました。

寺の南正面入口に、桁行3間、梁間2間、茅葺寄棟造りの古風な楼門(仁王門)があります。楼門の正確な建立時期は不明ですが、頭貫や木鼻などの見られる絵様、繰形などから判断すると、明らかに室町時代中期の特色を示しているとされます。県内最古の木造建築と言われるこの楼門は、二階の軒以上を欠く未完成のものです。しかしそのどっしりとした佇まいは、長年の風雪を乗り越えてきた歴史の重みを感じさせます。1983年(昭和58年)国の有形文化財に指定されました。
(以上引用終わり)

 

楼門の左右には仁王像が睨みをきかせています。阿形です。 

 

こちらは吽形。

再び楼門を見上げます。

楼門の正確な建築年代は不明ですが、行方市にある国指定重要文化財「西蓮寺仁王門」に類似しており、同じ室町時代のものと考えられているようです。こちらの楼門も国指定重要文化財に指定されています。一般的には2階建ての門が楼門と呼ばれていますが、善光寺のものは平屋建てです。

 

500年以上も前に造られた建造物。歴史を感じます。

 

裏側から茅葺の屋根を見上げます。

 

楼門の先には広場をはさんだ北側に階段があり、その先に善光寺の本堂が佇んでいる様子です。早速、登ってみます。階段の両脇にはたくさんの仏様が並んでいます。

 

階段を上った正面です。本堂は傷みが激しく廃寺になっているようです。

 

向かって左側からの様子。外側の装飾は見ごたえありそうです。

 

向かって右側から。屋根と外壁は崩れてしまって、倒壊は時間の問題かもしれません。屋根もボロボロです。

 

再び正面から。

 

正面の扁額には "月光山" の文字が読み取れます。善光寺の正式名称は「月光山無量寿院善光寺」です。

 

周囲には多くの墓石があります。小田家先祖代々のお墓でしょうか。

この廃寺は、仮面ライダーや三蔵法師(香取慎吾)のロケ地として知られているそうです。

 

階段を下りて再び楼門をくぐります。楼門脇では梅が咲き始めていました。

 

この辺りは日本の里100選に選ばれた石岡市八郷地区の北側エリアとなります。八郷地区から笠間市にかけてはハイキングコースが整備されていて、ハングライダーの離陸場もあるようです。

 

善光寺の南側には平地が広がり、その先には、先ほど登った筑波山が見えていました。

20分ほどの見学を終え、急いで友部へ向かいます。アパートの掃除と追加の洗濯が待っています・・・

 


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