考えるための道具箱

Thinking tool box

村上春樹を愉しもう。

2005-03-13 01:05:00 | ◎読
つまり、そこに含意を見つけようとする解読、有用な説法を求めるような読み方は、もうしなくてもいいのではないか、という仮説である。『新潮』4月号の『東京奇譚集2 ハナレイ・ベイ』と『文学界』4月号の『村上春樹ロングインタビュー アフターダークをめぐって』を併読すればこの仮説の蓋然性をなんとなくは理解いただけるかもしれない。

『ハナレイ・ベイ』は、前回の『偶然の旅人』のようなポール・オースター的シンクロニシティを引き受けるわけではないオリジナリティを感じさせる物語である。鮫により足を食いちぎられ絶命してしまったサーファーの息子の軌跡をたどり、その命日には必ずホノルルのハナレイの町で過ごす母親の話である。しかし、自分だけが、片足のサーファーの亡霊に遭遇することができず、そのことに悔恨を感じるというくだりにより「奇譚」としてカテゴライズを与えられてる。

なんの前触れもなしにネタをばらしてしまい申し訳ないが、じつは種明かしはこの掌編にとってはどうでもよく、それを知ったうえでもかつ充分に読む価値の高い物語である。なぜか?それは純粋に面白いからである。ディティールとプロセスが面白いからである。
主人公であるサチさんは『アフター・ダーク』にて造形された、ラブホテルのオーナーカオルさんのキャラクターであるビッグ・マムぶりを受け継いでおりその言動のすべてが抜け目なくクレバーで気持ちい。また、会話は、それが実際の会話では使われることのない言葉であったとしても、私たちの心を知的に安定させてくれる。スノッブなひねりも顕在だ。

もちろん、『東京奇譚集』に通底するテーマは「突然襲いかかる暴力的な悲劇に、私たちはどのように対峙し、穏やかさへのきっかけをつかめばいいのか」ということが自明である。しかし、もはやこのことを解読する必要はない。わたしたちは、例示される生き方のさまざまなオプションを愉しめばいいのだ。『偶然の旅人』の読後に、これは「議論にすべき物語かどうかはなんともいえない」といったような感想を書いたが、その答えは、こういうことだ。

「ああ、面白かった。なんかいい話だったなあ、もう1回読んでみようか。うん?そういことか。そういこともあるよね---」。これが村上春樹の短編と中篇の正しい読み方であり、このことについて確信を与えてくれるのが『ロングインタビュー』である。

同インタビューは『アフターダーク』の執筆にあたっての村上春樹の立ち位置を明確にしたうえ、そこで紡がれた物語のエピソードと登場人物について、そこにあるように見えた謎についてなんらかの解題を与えることを主眼としたものである。わたしも以前のエントリーで少し触れたが、「視点」の問題を含む『アフターダーク』の「謎のなさ」についてはインタビューを一読いただくとして、ここで饒舌に語られる創作姿勢をみれば(※1)、彼の掌編はできるだけストレートに読む読み方が正しいということがよくわかる。

もちろん彼としては『できるだけシンプルな文章で、できるだけ複雑な物語をつくりたい』わけだから、たんに「ああ面白かった」で終わるわけにはいかず、「なにが面白かった」のを考えてみる必要はあるのだが、それはけっして謎解きに満足する読み方ではなく、面白さの原因を探る再読において、ときほぐされた複雑さから、また新しい面白さを発見するという純粋な読書(物語)の愉しみという読み方に相違ない。「どこが面白かったのか」を自分の言葉で語れる読み方ということかもしれない。

そう考えたとき、おそらく彼は中産階級のカーヴァーや、チェーホフを意識しているのだろうということが自明になってくるし、そうである以上、わたしたちは、彼の物語をシンプルに愉しむほかないわけだ。このスタンスで数々の短編はもとより、『アフターダーク』をはじめ『国境の南、太陽の西』『スプートニクの恋人』といった中篇を再読してみるというのはどうだろう(※2)。

しかし、ここまで「愉しむ論」を展開してきてなんだが、タメが炸裂する(※3)長編においては、こうはいかないことは、ご理解いただけると思う。


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(※1)じつは、このインタビューでは、語られることのなかった彼の秘匿も、ポロポロでてくる。たとえば、けっこう批評を気にしてたんだなあ、とか。
(※2)だからといって、新しい作家の新しい小説が次々に出版される状況下において、村上の作品を再読できる機会はそうは多くない。そんなとき『象の消失』のような過去の作品のアンソロジーが出版されることが再読の機会を有効に作り出すということになる、ということか。
(※3)これまでのインタビューでも語られたが、着想をすぐに書き出すのではなく、机の中でためおき時期がくるのをまつ、この「タメ」については、今回のインタビューでもくどいくらいに言及されている。どの「タメ」が、どの作品で炸裂したのかがわからないところは、素人読者にとっては困りものなのだが。


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1 コメント

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ブログつくりなおしました。 (ケンスケ)
2005-03-13 21:25:43
わけあって最近はほとんど文芸誌はよんでません!



柿さんが消息不明なので、ウラタさんをこれからは頼っていきます! 



よかったら遊びにきてください。レベルは以前より低下しましたが(笑)。

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