湘南徒然草

湘南に生まれ、育ち、この土地を愛し、家庭を持ち、子育てに追われ、重税に耐える一人の男の呟き。

潰された研究と研究者・・・STAP細胞は存在する

2020-10-25 18:30:23 | Weblog
小保方晴子さんの書いた

「あの日」

を読了しました

私はSTAP細胞の実在を確信しました
そして、おぼろげながら事件の全容も分かりました

小保方さんは、早稲田大学の大学院を出て博士号をとり
東京女子医大病院を経て、ハーバード大学のバカンティ教授の下で学びました
バカンティ教授の指導の下、STAP細胞研究の基になる研究を始め
帰国後、理研の若山照彦の研究室で無給の研究員となりました
若山はES細胞を使ったキメラマウス作成のエキスパートです

小保方さんがSTAP細胞を発見すると
若山は、これを自分が主体となった研究として発表しようとしました
ところが、一つ上手くいかないことがありました
STAP細胞を使ったキメラマウスが作れなかったのです
そこで、ES細胞を使ってキメラマウスを作り、論文を偽造したのです

細胞の多機能性を証明するにはキメラマウスの作成が条件でした
科学的な真実というより、業界の取り決めであり、技術的な問題でした
しかたがって、キメラマウスが作れなくとも
細胞の多機能性を否定するわけではなく、学会に正式に認められないだけです
後から技術的問題が解決されれば、その時は認めらるわけです

若山は焦っていました
若山の理研での研究期間は10年間であり、その期限が迫っていました
なんとか、自分が理研にいるうちに、論文を発表したかったのです
そこで、偽造までしたのですが、ついに論文は通らず
若山は、山梨大学へ転職することになりました
若山の山梨への引っ越しを、小保方さんは手伝っています

理研では、この論文をなんとか通すべく
エースとも言うべき笹井芳樹氏に、小保方さんへの論文指導を命じました
笹井氏は、国際的権威ある科学雑誌から論文を拒否されたことがないという
小保方さんからみても、他の研究者からみても、雲の上の存在でした
彼は、雑誌の表紙になれなかったことを悔しがるレベルの人だったのです
表紙になるということは、その雑誌の最重要論文であるということを意味します

笹井氏の指導の下、小保方さんの論文は通り、ネイチャー誌に掲載されました
そこで慌てたのが若山でした
その論文の若山が記述した部分は捏造したデータであったからです
若山は、自分も共著者であるその論文を批判しはじめ
なんと!取り下げを主張するようになったのです

若山は計画的でした
理研内部に遠藤高帆という協力者を作り
毎日新聞の須田桃子という記者を抱き込み
大々的に、小保方さんと笹井氏を攻撃し始めたのです
笹井氏も小保方さんも、何が起きているのか、さっぱりわかりませんでした
まさか、つい先日まで仲間であった若山が不正をしていたなど
彼らには考えることも出来なかったからです



コメント
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