無意識日記
宇多田光 word:i_
 



Yujiさんが「今年のサマソニのヘッドライナーにヒカルが来たら嬉しいな」とばかりに何度も関連話題を呟いているが、自分もフェス出演には賛成だ。理由はシンプル。チケットが取りやすいからだ。余程の事がない限り瞬間風速で売り切れたりはしない。発表のあったその日のうちに買ってしまえばいい。しかしサマソニだとしたら…千葉の真夏は暑いぞ…。フジロックだとどうなんだろうねぇ。行った事ないからわかんないや。


さて前回からの話の続き。『Face My Fears』の日本語版と英語版のタイトルが同じなのは特筆すべき点だとは思うのだが今のヒカルの書く曲はフルコーラス聴かないと歌詞の解釈がうまくいかないのでこちらの話は解禁を待ってから、だな。

となると必然、『Don't Think Twice』の話になるが興味はあんまり持たれないだろう。日本のファンの英語曲に対する温度は平成も終わらんとしているのに一向に上がらない。宇野さんがなんかの記事で「今の若い世代は洋楽邦楽問わずフラットに聴いている」と仰ってたが、もしそうならヒカルの英語曲が今後もっと受け入れられていくだろう。そこは今後の反応に期待したいところ。という訳で好き勝手書くぞ。……いつも通りですよねそれ。

『Don't Think Twice』は『誓い』よりも先に書いた曲だ、とは何となく思っていた私。でこうやって実際にフルコーラスで聴いてみるとやっぱりその感触は間違っていなかったかなとは思うものの、事前に想定していなかった論点が次々と浮かび上がってきた。

そもそも最初は「一旦英語曲として書いた歌に日本語を乗せ直すのは大変だっただろうな」とか考えながら『誓い』を聴いていたのだ。即ち『Don't Think Twice』はより自然に言葉が乗っている歌なのだろう、と。

一部は確かにそうではあったが、全部ではなかった、というのが実際に聴いたときに出てきた感想だ。ここに至って漸く気がついたのだ。「この曲のメロディは日本語だろうと英語だろうと、そもそも言葉を乗せる事自体が難儀なのでは?」と。恐らく、『誓い』&『Don't Think Twice』は曲先の歌なのだ。まずメロディがあって、そこに乗せる英語で苦労し、更にそこに乗せる日本語でも苦労した、というのが実際の過程だったのではないか。日本語に変える苦労にばかり頭が行ってて、最初の最初にメロディに英語を乗せる苦労まで頭が回っていなかったわ私。

更にもうひとつ論点がある。日本語版は、英語版に較べて作曲者の楽曲へのより深い理解度が反映された出来になっているのではなかろうか。英語版の方は出てきたアイデアをそのままカタチにしたような、瑞々しさと青臭さが同居している印象だが、日本語版の方はより展開と構成が練られていて、嗚呼ヒカルは何夜この歌と枕を共にしたのだろうという卑猥な(?)妄想が止まらなくなる。その洗練と熟知が『誓い』の方の特徴ともいえる。

故に『Don't Think Twice』について語る時には、その洗練と熟知を一旦後回しにしてこの曲の原石的魅力の方にまず目を向ける事が必要となるだろう。ここからやや長くなりそうなので続きはまた来週からのお楽しみということで。といってもやっぱり英語曲を取り上げてる時は反応が少ないけどなっ!(笑) まー気にするタイプではないので(?)いつも通りマイペースで行きますってば。

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