ZAMACのフォト日誌

見て聞いた 四季の詩  
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年の瀬に思う 「病気と心」

2017-12-29 20:39:36 | 日記・エッセイ・コラム
● きょうは2017年12月29日(金)、あと3日でことしは終る。
あっという間の一年だったと思う反面、社会の出来ごと、気候・天気のこと、自分自身のこと… を年初から振り返ってみるとそうでもない。いろいろなことがあって長かったようにも思える。
 こんな感じはいま始まったことではないが、齢を重ねてきたらそのスピードが上がって感じるのは確かだ。これはZAMACだけだろうか? 
 だとすると向かう新年は、いや近い将来は何もしないまま、あるいは果実を獲らないまま時間だけがリニアモーターの新幹線のように走り過ぎるのだろうか?


 
年の瀬のイルミネーションの中を行く車の列。(以下の写真はイメージ)



● わたしのことしは大きな病気をして、一ヶ月近い入院をしてしまった。もちろん想定外で、ある計画(目的) に向かってテンションが高かった時期だけに、このショックは大きかった。6月末から7月末にかけての、例年にないほど早い猛暑到来の時期だった。
 肉体的には痛い・苦しいなどはまったくない病院生活で、空調完備だから快適そのものだった。しかし入院半ばで「症状なし。退院」を言い渡されて、病院前に出たら暑さで「クラクラ!」とさえ感じたのだ。

● 再入院した病院の朝食後、5階の病室から道路を見下すと、日傘を差した女性、自転車の学生、出勤途中と思われるサラリーマンがスクランブル交差点のゼブラ模様の上を、交差しながら忙しく行き交っていた。



病院の窓から見下ろす風景には、「これから」をガンバル人々が見えた。



 それを見ていたら回診の医師がやってきて、背後から院内をたくさん歩け! という。退院の時、これからやることが楽しみで「さあー 挽回だ!!」と思っていたら、やはり1万歩程度を歩けと同じ指示が出た。約一ヶ月も入院していたのだから、体力低下は覚悟をしていたが、なかなか調子が出ない。今はかなりレベルが上がってきたもののまだ80%か? 交差点を行く人々とはハンディができてしまった。
 齢を重ねると入院による体力低下は避けらず、回復に時間がかかるのだそうだ。半年・年単位で!

 
12月23日。温かなローソクの光と共に、一年を振り返り穏やかな時間を過ごした。




● もう一つ。病気をしてみると"健康"は"やる気"も低下させてしまうことを、はっきり自覚することになった。当たり前のことを、頭で承知しているだけと、体験して身に染みて感じることとは、全然違うことにも気づいた。
 年初からやりたいことが一杯でポジティブだったのに、夏からこの年末まではまず体調ありきの行動ばかり。定期チェックなどで病院行も増えたし、思うに任せないのが「これから」のことだ。病気はまさに気持ちの持ち方まで変えてしまう。


人生の先はよく見えないものだ。きっと晴れもあれば曇りもあるだろう。いや!もしかして …… もありえる。 



 未来のコントロールはまったくできないが、新年が良い年であるようにと願うことくらいはできる。全部でなくともよい。『念ずれば通ず!!』





 
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2 コメント

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ありがとうございました。 (クニツカサ)
2017-12-31 17:24:42
「年齢」と「時の流れ」は反比例しているかもしれませんね。幼少時はその一日の長かったことを覚えています。
つまり、「その時の年齢+その時の時の流れの速さ感=規則正しい階段のように一定」なのかもしれません。但し、時の階段は螺旋階段。
来年も楽しみにしています。健康で良い年を迎えられますよう祈っています。今年もありがとうございました。





その通りかもしれませんね (ZAMACより)
2017-12-31 23:15:49
「齢」のこと。なるほどそんな説も分かるような気がします。
あと数十分で新年を迎えます。いろいろやりたいことだらけ!  齢と健康を背景に負っていても「よかったなー」といえる一年にしたいものです。
今年のお礼を兼ねてまたよろしくお願いします。

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