ZAMACのフォト日誌

見て聞いた 四季の詩  
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これって『終活 ‼』

2017-10-09 16:05:16 | 社会
● きょう10月9日、金づちなどを使って木製「座いす」を壊した。コワシタというより「分解」したといった方が響きがいいようだ。
長いこと和室のテーブルとセットで2卓を使ってきたが、現在はすっかり洋テーブルといす式の生活に替わってしまい、使用頻度は確かに少なくなっていた。
「座いす」は購入当時すでにDIYでも扱っていたが家具店では家具調の、つまり木製の「座いす」が結構売られていた。あれは昭和50年代前半の購入だったような気がする。なんと40年近く使ってきたことになる。

● 宴会場で使われるような曲木細工製よりは座面も高く、わずかではあっても高級感があると思っていた。自宅用でありよそと比較されるものでもないので満足だったということになる。
ところが子供たちは巣立ち、サラリーマン生活の仕上げ時期のころから故障が出はじめた。座面の布が傷みほつれはじめた。続いて寄りかかると背当てを支持するダボが抜けて、アワヤ後ろに転倒しかねない状態になってしまった。

● 当時のZAMACは「DIY大好きおじさん」でDIY店にはよく足を運んだものだ。したがってこんな「座いす」くらいは直して当り前だと思っていたし、実際今まで何度も修繕を果たしてきたのだ。それが重なる補修で木製のダボは、差し込まれたホゾ穴の接着剤が強すぎて折れてしまった。さらに金具の受けの部分は数回のねじ交換でネジ溝はつぶれて再生不能になってしまった。
ここで妻が曰く。「お金を掛けるよりも、ずいぶん使ったことだし、もう捨てたら!?」という。実際もう使わないし邪魔物だという意味も含んでいるようだ。ZAMACの本音は金具を交換してでも修理で再生をさせたかった。
だが縁外に出したままで2、3月が経つ。妻がまた曰く。「家庭ごみの収集日に出せるように、壊して縛っておいて‼!」と。これが決定打になったのだ。

● きょうは体育の日でしかも秋晴れ。庭に出てついに木部に金づちを振り下ろした。このまま潰してしまおうと思ったが、それは忍びなく分解をすることにして「ドライバー!」、「ラジペン!」… を「持ってきてくれ~・・・」と妻に叫んだ(いや、呼び掛けた)。




愛用の「座いす」をついに分解してしまった。布地は妻の衣装地、ほつれ止めのテープは子供のおもちゃから流用。あのころが脳裏を駆け巡った。





数十年も「愛用の工具」の一部と、ストックしておいた「ネジ、座金、フック」などの収納ケース。最近は使用頻度が激減した。





● ネジを外し、座面を引っ張りながら、あるいはバラしてパーツになってしまった部材を束ねながら思った。

  ・購入したころは「座いす」一つにも夢があった
  ・若かったころは修繕しても使おうとする、エネルギーがあった
  ・物にはライフサイクルがある
   人も生産性高い青年期と消費のみの老年期がある。
  ・壊すことは滅すること
  ・それして女性は、いや妻は冷静かつ客観的な判断を下すものだな~。

              ー--ー-------- と。


  きょうの作業は『終活 ‼』の一つですかね。





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2 コメント

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まさに終活! (永井)
2017-10-19 08:57:56
最後の部分、身につまされます(笑) 我が家も、以前活躍して今使わず(ゴミ同然)のもの多数。
連れ合いの方が、これらに対し敏感で、口うるさくいわれます。 しかしながら処分までには至っていないのが実態だったり・・・ 気持ちは同じ?なんですが(笑)

せめて自分がゴミ扱いされぬよう・と思うこの頃です。 分解している最中の気持ち・よ~~~く判りました!

そのとおりでしょう ! (ZAMAC)
2017-10-19 17:49:52
記事を書いたのは病気をして、体も心も不活発な時期でした。
物をコワスという行為は、どこか終活をイメージしたんですよ。そうですょねー。ご賛同"深謝"です。
でも「自分がゴミに」までは思わなかったなー。

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