ZAMACのフォト日誌

見て聞いた 四季の詩  
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松島 日の出のころ

2015-12-09 18:12:30 | 風景写真
* 目が醒めてカーテンを開けると、天気予報どおり深夜の空は晴れわたり漆黒の「空」。星たちはウィンクすらしないで、その空にぴたりと張り付いている。東の低いところにまゆのような有明の月が昇りはじめた。

4時20分にエンジンをかけて家を出る。車庫のひさしの下から出発したのにフロントガラスには氷の粒が。ワイパーを動かしてもカリカリと音がするだけだ。道路の温度表示は-2℃。この冬、初の放射冷却体験だ。

* 目的はキリッと締まった松島の朝の「日の出撮影」なのだが、日の出は6時42分の見込み。かなりの余裕で出発のツモリで。
もう数えられないほど来ている「西行戻しの松公園」の高台は大震災以降、進められていた公園造成工事が終わっていた。ヘッドライトで照らす先は舗装されたり、車止めや歩道ができていて勝手が全く違う。

* 撮影ポイントの白衣観音展望台に登ってみた。日の出の方角は南に偏りここではダメだと判断。西行戻しの松の前に行ってみる。真っ暗の中に人の気配だ! 一番乗りかと思っていたのに、すでに2名のカメラマンがスタンバイ。「おはよう」と声をかける。後は撮影終了まで互いに無言だった。珍しいことではなく、いつもこんな具合なのだから。

今日は12月9日(水)。手がかじかみホッ灰炉をもって来るべきだったと反省する。島々を眼下にし水平線が赤らむ箇所からの日の出の方角を推定する。体制はできたがまだまだ時間がある。



日の出にはまだ早い。月はリング状に見えて中央部が暗く(地球照)指輪のよう。月の右上には金星が朝陽に負けじと輝いていた。



スピーカから「恋はみずいろ」のメロディーが流れてこだましている。6時を告げる松島町のチャイムだ。水平線がだいぶ赤らみを増したが、島々は眠るが如くシルエットにしか見えない。しかし足元では東北線の列車の音が「ガタン・ゴトン・ゴトンゴトン… ピーッ」と続く。町も目覚めて動き出した感じだ。


島々を遠望しながらほぼ東の方角をみる。遠くに金華山がシルエットになって見える。日の出はまだだ。



黙々とシャッターを切るが、指先は全く感触なし。400mmのズーム操作も、カメラのボタンも板を介して操作している感じだ。そしてクライマックスを迎えた。しかし太陽の超アップはフレアーが生じて失敗してしまった。


雲の切れ目から太陽が顔を出した。冬至前の太陽は島の重なりの少ないこの方角から昇る。構図に苦労する。



4・5人のカメラマンは熱心に撮り続けていたがZAMACは早々に撤収して、陽の当たるのが遅いヨットハーバーに向かった。
ことし閉館したばかりの松島水族館は取り壊し中。そこに車を止めてだれもいないヨットハーバーに立ってみる。まだ船も港も眠っているような静けさだった。


ここは芭蕉が立ち寄ったという「雄島」の陰で、ほどよい日の出の雰囲気がまだ残っていた。


時間と共に観光桟橋のほうに朝日が指しはじめた。




今日の撮影のヤマ場は終えたが、時間が早いので富山(とみやま)観音を訪ねてみる。7・8年ぶりかと思うが山を登る道は整備され、標高100m余の頂上の駐車場も拡張されていた。


その展望台からの眺め。西に真っ白に雪をかぶった蔵王の山々が見えた。




この「富山観音堂」は松島「四大観」の一つだ。伊達政宗の長女五郎八姫(いろはひめ)が庇護したといい、伊達の紋所が見える。



いったん国道45号に出たが、渋滞の松島海岸通りを避けて裏道に入ると、田畑は一面真っ白に霜が降りていた。陽の当たる場所は白い湯気が立ち始めている。今日の朝の締めくくりに何かホッとする明るい光が差し込みはじめたのだ。


よく見ると霜はもう水滴に変わりつつあった。いま撮影したばかりの霜はすぐに消えてしまい、ただの「枯草」になっていた。



三陸道と平行に走る県道を利府町に向かうと、さすがに平日の朝だ。仙台の市街地に向かって矢のように流れる車列にはまり込み家路に就いた。
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