ZAMACのフォト日誌

見て聞いた 四季の詩  
  Copyright (C) ZAMAC. All Rights Reserved.

予想外の写真が撮れた!

2017-04-16 11:38:25 | 社会
● この春は寒暖の差が激しく"桜"自身、開花時期に迷っていたのではないか?  いざ咲き始めると一斉に桜情報が飛び交いZAMACはジッとしていられない。当仙台地区はどの公園も満開‼だ。 今日4月16日(土)は快晴。スケジュールの関係で今日も家に閉じこもったまま。
そうは言ってもこのところ、昼夜逆転の生活をしては夜景撮影に出かけている。本命は『星のある風景写真』なのだが… 。


● 《 珍現象 》
肝心の成果はまだ。それとは別に『フム、フム』 『ヤッパリ、そうだったのか』という面白い写真が撮れたのだ。否、撮ったというより偶然そのように「写ってしまった」というのが正しい。作品とは言えないがつぎの松島で撮影した写真(4月10日 3時42分から約30分の露光)がそうだ。




 ・説明がないと火事場の写真だね!  街路灯と月齢14くらいの「月の入り」の軌跡だ。
 ・左下のユラユラ揺れる明かりは拡大してみると、遥か遠くからやってくるZAMACのヘッドライトだ。
 ・三脚を使ってしっかり露光したのに、左下の部分だけ斜めにブレている。「なんで?」。月が動いた分、月の木洩日?がずれていたのだ。
 ・右の石碑は歌枕の「西行戻しの松」だが、碑を頭のヘッドライトで照らした結果、苦労の甲斐があって程よく見えている。

 当初イメージしていたのは松尾芭蕉が敬ってやまない西行法師を偲びつつ「松嶋の月、心にかかりて… 」の筈だった。全然違ってしまった。撮り直しだ。このカットは撮影前後に苦労と失敗が山ほどあり、勉強になった一枚だ。


● 《 現実と違って見えた桜並木 》
 ここは4月15日の宮城県大河原町。夜の一目千本桜の「桜まつり」会場近くで白石川に架かる橋。間もなく午後10時だというのに実はそぞろ歩きの観桜客がいっぱいで、車はノロノロ運転。そこにカメラマンの欲がぶつかるから、なかなかシャッターを切ることができない。
なぜかというと静かな夜桜をイメージして ①画面に人がいないこと ②最低限必要な光量があること、だ。狭い堤防に溢れる人のために、三脚を立てるわけにもゆかない。今晩はすべて手持ち撮影なのだ。



  
 ・この一枚のために10分前後は掛かったように思う。不自然光を排するためにフラッシュを使わず。
 ・車が途絶えて、かつ遠くの車のヘッドライトが桜に当たるとファインダーを覗くという、わずかな瞬間を狙った。

 その結果、しょせん人工光線は覚悟したが複数の光に照らされて、これはこれで想定外の色味違いでよいのではないかと思う。



● 最後は《 情報写真 》
 大河原町の桜まつり会場から隣の柴田町の「一目千本桜まつり」をやっている船岡城址に移動した。ちょうど日付が変わるころだ。
向かったのは山本周五郎の『樅の木は残った』を記念した展望所まで、ヘッドライトを頼りにつづら折りの長い遊歩道を登り詰めた。その樅木の根元に着いたら、若い男女がキャッ、キャッ!と騒いでいる。提灯や街路灯もすべて光を落とした暗闇の中でだ。ヘッドライトで近づいても何の反応はない。
間もなく別な観桜客がやってきた。さらに別のグループは懐中電灯で照らして来るし、とにかく夜中だというのに異次元の空気が漂う。それは相手も同じことを感じている?

先ずは目的の星の日周運動と夜景(夜桜)撮影のために、遠望観察をした。
どうも星はなく、蔵王の残雪も見えない。諦めかけていたら頭上だけは濃紺の色が見えて空が開いてきた。そして天頂の少し南方を撮ったのが次の写真だ。
大きな樹はその樅の木だ。




そして城址の山に隠れて見えなかった月齢19(?)の月が顔を出した。




そのころ北天も西天も薄い雲(春霞か)がかかり、日周運動撮影はまた来年(桜を取り込むことになると)ということに。
夜の情報は日中の何分の一と、非常に少なくなる。昼のロケハンの大切さを感じながら、想定外の写真づくりの楽しみがあるのを実感した。






ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
« 雪の功罪 | トップ | 「松島の月」 大いなる誤算 »

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
抜けられなくなるよ(笑) (永井)
2017-04-17 10:22:18
夜間撮影頑張っていたんですね。
やる気と根気との戦いになりそうですが、いったんはまると抜けられなくなりそうで心配です(笑)
星景写真の傑作を待っています・歳を考えたうえで、頑張って下さい!

コメントを投稿