シュールリアリズム絵画の大家、マグリットの作品に光と闇の対比を描いた一連の作品があります、その一つに「光の帝国」と題された作品があります、明るい空のもと、闇に包まれている建物が描かれております。以下のサイトでこの絵を見ることができます
昨日の夕方、まだ空は明るいのに、わが庵は闇に包まれようとしておりました。それで軽薄なるGGI、マグリットを気取って、庵の写真を撮ってみました
かようなしだいで今日の写真はわが《光の帝国》を撮ったつもりでありました。しかしながら、すでに空は光を失いつつありましたので残念ながらマグリットふうとまでは参りませんでした、それでもおつき合いいだける方はクリックしてご覧になってくださいませ
今日の写真を眺めていて、少し以前に「谷間のともしび」と題して似たような写真をこの日記に掲載したことがあるのをGGIは思い出しました、ピンボケの写真でありました
みなさんのご存知のアメリカ民謡「たにまのともしび」の日本語の歌詞は以下のようなものです
黄昏に我が家の灯 窓にうつりしとき
わが子帰る日祈る 老いし母の姿
谷間灯ともしごろ いつも夢にみるは
あの日あの窓こいし ふるさとの我が家
谷間灯ともしごろ いつも夢にみるは
なつかしき母のまつ ふるさとの我が家
(繰り返す)
(アメリカ民謡『谷間のともしび』
日本語詞:西原武三)
この歌詞について二木紘三さんという方がネットに以下のようなことを書いておられるのを目にしてGGIは驚いてしまいました、まことに意外でありました
《日本では昭和9年(1934)、東海林太郎の歌でヒットしました。ダンスホールもよく演奏されたそうです。
日本語詞は、単にふるさとを懐かしむ内容になっていますが、原詞では、2番のコーラス部分と3番にあるように、犯罪を犯して逃亡中の男が主人公になっています。
「もうお母さんにはあの世でしか会うすべがない。お母さんはそんなことを知らずに、おれの帰りを待ち続けているだろう」といった悲しい歌です。
(二木紘三)》http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/04/post_8379.html
そういえば、「静かな静かな里の秋」ではじまる童謡「里の秋」は戦地からお父さんが無事に帰ってくることを一日千秋の思いで待っている、家族が懸命に祈っている悲しい歌で歌でありました。
世の中、浜の真砂はつきるとも悲しみのたねは尽きないのですね
グッドナイト・グッドラック!