UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

黄水仙よりも白い水仙のほうが・・・それはまったくそれだけのことだけれど・・・

2019-01-08 01:16:54 | 日記
これからが一年でいちばん寒い時期です。昨日わがガーデンを視察しておりましたら、もう水仙が咲き始めていました。

今日の写真はこの咲き始めた水仙の花を撮ったものです。めずらしいものではありませんが、よろしかったらクリックしてご覧になり、寒さにめげずに咲いている水仙の花を愛でてやってくださいませ

白い花びらの水仙、おそらくニホンスイセンでありませう。例年よりかなり早いような気がするのですが、何かの異変でありませうか。

旧八重葎庵時代は、冬になると結構咲いていたのですが、実を申しますと、まことにお恥ずかしき話ですが、最近はガーデンをほったらかしにしているせいか、水仙の花、咲き始めてもすぐに倒れてしまい、このようにシャンと屹立して咲いている水仙の花を目にするのは久しぶりのことです。

数年前にも、いまは南国パラダイス生活をしている知人がわざわざ自宅の庭に生えていた水仙を持って来て移殖してくれたのですが、やはり倒れてしまいました・・・

かようなしだいで、いつであったか花屋さんで「うちの水仙、すぐ倒れてしまうのですけれど・・・」と聞いてみましたら、花屋の元気なオネエさん、「何にも手入れしてはらへんでせう、肥料やらないとダメ、茎が弱くて、しゃんと立てないのです・・・オッチャンも、ちょっと肥料が足らんのと違いますか!」とまことに失礼なことをのたまひました

今年倒れずに咲いているは、最近わがガーデンに農耕地を開拓して野菜を植えたりしている某知人のおかげではないかと思います。この人物が「この水仙はひどいなあ、倒れっぱなしじゃないか、これは可哀そう」ということで、GGIの知らないあいだに、肥料をやるなど、水仙の面倒を見てくれたのでありませう・・・

水仙の花を眺めながら、まことに感謝であることよなあ、などと無責任なことを思っておりましたら、水仙のことを詠った、谷川俊太郎さんの詩を思い出しました。「二月のうた」と題された詩です

「二月のうた」

 鳥は空を飛んでゆく
 魚は水に泳いでいる
 私は地上でいったい
 何をしているのだろう

 そう
 私はたとえば あなたに
 花を贈ることができる
 鉢植えの黄水仙を

 うす曇りのこの午後に
 あなたを見つめて―
 それは歴史とは
 何もかかわりもない事だけれど

 それはまったく
 それだけの事だけれど

なかなかいい詩ですね。いつであったか、昭和天皇崩御のころであったか、いやもう少しあとだったかなあ、ある冬、花屋さんの前を通りかかったときにこの詩のことを思いだして、ちょっとキザたらしいことを突然思いつきました、黄水仙かあ・・・

そうだあ、何年か前に、学校時代の某知人に上等のシクラメンをもらったことがあったなあ、そのお返しにこの知人に黄水仙を贈ってみるかあ・・・歴史とは何もかかわりないけれど・・・

善は急げとばかり、ナルシストであるGGIは我ながらグッドアイディア、オレは冴えているなあと思いながら花屋さんに入って黄水仙を求めました。そうしましたら、ちょっとエラソーにしている店主、「いま品切れ、いつ入るかわかりません、ほしかったらまた来てください、でもまたおいでになってもあるかどうか、約束はできませんよ」などとまことに尊大なそっけない返事・・・

こんなヘンなオッサンに黄水仙なんかとでも思ったのでありませうか、年に数度ぐらいしか不快感を催すことのないGGI、少なからず不快感を覚えてしまし、さっさと店をあとにしたのでありました

でも、いまから思えばそれで良かったのです。あのとき黄水仙があの花屋さんにあってGGIが買い求め、某知人に贈ったりしていたら、まったくの思いつきとはいえ、我が人生、若干の狂いが生じていたかもしれませんから・・・

まことにワッハッハの軽薄な遠き想い出でありますが、庭に咲いた水仙を眺めていまして、やはり冬は、黄水仙よりは白い水仙のほうが凛とした雰囲気があっていいよなあ、あのときオレはただのアホやったんやと思い至りました

この今日の話も、歴史とは何もかかわりのない事だけど、それはまったく、それだけの話でございます。失礼いたしました。

なもあみだぶ、なもあみだぶ、なみあみだぶ・・・

グッドナイト・グッドラック!
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