UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

冬の夜空から聞こえてくる声・・・

2015-01-16 00:34:37 | 日記

一冬に何度か、ふいに前触れもなく夜空の彼方から、かすかに声が聞こえてきます、その声は少しずつ大きくなったかと思うと、やがて弱々しく遠のいていきます

 さむいよ・・・よしよし・・・さむいよ・・・・

 GGIの頭の片隅にずいぶん以前に読んだ小説の一節がながいあいだ棲みついていて、ときおりうずくのです、以下はその一節です

次に、彼は湿布がずれないように繃帯を巻きはじめた。二巻き目にかかったとき、ヨッサリアンはスノードンの腿の内側に小さな穴があり、そこから高射砲弾の破片が入りこんでいるのを見つけた。二十五セント銀貨くらいの円い、襞のできた傷で、縁が青く、まんなかの血が凝固したところは黒く見えた。ヨッサリアンは、それにもスルファニラミドの粉を振りかけ、湿布がしっかり固定するまでガーゼの繃帯を巻きつづけた。そのあと、彼はハサミで余った繃帯を切り放し、巻きつけてあるほうの端をまんなかからふたつに切った。彼は全体がゆるまないよう、それをきっちりとこま結びにした。われながら立派な繃帯処置であった。彼は額の汗を拭いながら誇らしげにかかとに尻をのせてしゃがみ、自然に湧きあがる親しみをもってスノードンにほお笑みかけた。

「さむいよ」とスノードンは呻き声をあげた。「さむいよ」
「もう大丈夫だよ、坊や」と、ヨッサリアンは慰めるようにスノードンの腕を軽く叩きながら自信をもって言った。「すべて処置は終っているんだ」

スノードンは力なく首を横に振った。「さむいよ」と彼はくりかえした。目は石のように鈍く、視力を失っていた。「さむいよ」

「よしよし」と、ヨッサリアンは疑惑と不安をつのらせながら言った。「よしよし、もうじきおれたちは地上に降りる。そうしたらダニーカ軍医がおまえを介抱してくれるぞ」

スノードンは相変らず首を振りつづけていたが、ようやく、顎をかすかに動かして、腋の下のほうを示した。ヨッサリアンが身を乗り出してのぞきこんでみると、スノードンの防弾チョッキの袖ぐりのすぐ上のところに、異様な色のしみが航空服の表面まで浮きあがっていた。ヨッサリアンは自分の心臓が止まるのを、つづいてそれが急に激しく弾むのを感じ、息苦しくなった。スノードンは防弾チョッキの下に傷を負っているのだ。ヨッサリアンはスノードンの防弾チョッキのスナップを引きちぎるようにはずし、思わずけだもののような悲鳴をあげてしまった。スノードンの体は床まで切り裂かれてずぶ濡れの山となっており、あとからあとから血が流れていた。七センチ以上もある高射砲弾の破片が反対側の腋のすぐ下から手前の腋の下まで貫通し、ものすごい勢いで肋骨に巨大な穴をあける瞬間、スノードンの何リットルというまだら色の血液、体液等々をすべて引きさらっていったのである。ヨッサリアンはまたもや悲鳴をあげて両手を強く目の上に押しつけた。恐怖のために歯がカタカタ鳴っていた。彼は無理やりに手を放してもういちど見た。彼はそれを見つめながら、たしかにここには神の豊饒がある、と痛切に思った――肝臓、肺臓、腎臓、肋骨、そしてスノードンがその日の昼に食べたトマト・シチューの残りかす。ヨッサリアンはトマト・シチューがきらいであり、目まいを感じながら顔をそむけ、焼けつくような咽喉をつかみながら吐き出しはじめていた。ヨッサリアンが吐いている最中に尾部砲手が目を開き、彼を見て、また失神した。ヨッサリアンはすべてを吐き出してしまったあと、疲労と苦痛と絶望のために気力を失っていた。彼はまた弱々しくスノードンのほうに向きなおった。スノードンの呼吸はさっきよりもかすかになり、しだいに速まっており、その顔はいっそう蒼ざめていた。ヨッサリアンはいったいどこからどうスノードンを助けてやったらいいのか迷った。

「さむいよ」とスノードンが哀れっぽい泣き声で言った。「さむいよ」
「よしよし」と、ヨッサリアンは聞きとれないくらい低い声で機械的につぶやいた。「よしよし」

ヨッサリアンも寒く、どうしても震えが止まらなかった。彼はスノードンが醜くよごれきった床の上一面にまき散らしたすさまじい秘密を絶望的な気持ちで見つめながら、全身に鳥肌が立つのを覚えた。彼の内臓のメッセージを読みとるのはたやすいことだった。人間は物質だ――それがスノードンの秘密だった。窓から放り出してみろ、人間は落ちる。火をつけてみろ、人間は焼ける。土に埋めてみろ、人間は腐る――他のあらゆる台所屑と同じように。精神が消えてなくなってしまえば、人間は台所屑だ。それがスノードンの秘密であった。精神の充実のみがすべてであった。

「さむいよ」とスノードンが言った。「さむいよ」
「よしよし」とヨッサリアンは言った。「よしよし」彼はスノードンのパラシュートの開き綱を引っぱり、彼のからだに白いナイロンのシーツをかけてやった。

「さむいよ」
「よしよし」

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これはジョセフ(ジョーゼフ)・ヘラーという米国人の作家が1961年に発表した『キャッチ=22』という小説の一節です(上記の訳は飛田茂氏によるもの:早川書房刊)。第二次世界大戦、ヨーロッパ戦線における米軍爆撃機などを舞台にした長編小説です、彼は二次大戦中、イタリア戦線で爆撃手として爆撃機に乗っていたことがありますので、この小説は実体験に基づいたものであると思われます

 最初の一章だけが、確か「テキサスから来たカウボーイ」という題ではなかったかと思うのですが、『エラリークイーンズ・ミステリ・マガジン』に掲載されていたのを覚えています、その後、「キャッチ22」という大作になったのを知らずにおりました。ある日、大きな本屋さんでヘンな題名だなあとおもいながら何となく手にした本が「キャッチ22」でありました、ぱらぱらとめくっていて「あれっ!この最初の章、読んだことがあるぞ」と思いだしました、むかしむかし、GGIが紅顔ならぬ血色の悪い美青年であったころの想い出であります、この小説とはそれ以来のおつき合いです

 この本は米国でベストセラーになり、その後、ある種の進退窮まる状況を意味する言葉として、「キャッチ22」が辞書にも掲載されるようになりました、今では英和辞典にも掲載されています、興味のある方は辞書をひいてみてください

 今夜の写真は、あの弱々しい声が空の彼方から聞こえてくる深夜の八重葎庵です、よろしければクリックして、遠くか ら聞こえてくる声に耳を傾けてやってくださいませ

 グッドナイト・グッドラック!