笑顔の伝道師 ゆうちゃんのイカす『やんちゃジジイ』

音楽、サッカー、演劇・・・・
還暦を過ぎた『やんちゃ』な爺さんの目標は、
笑顔を振りまいて、毎日を楽しく生きる事。

「ヒゲ禁止」は違憲!?

2019年01月16日 | Weblog

「ヒゲ禁止」は違憲!? 大阪市営地下鉄の運転士「身だしなみ」ルールをどう見るか」
が弁護士ドットコムに掲載されてました。

この記事を見て、今の会社で『ヒゲ』で通っている僕が
コメントしないといけないかな?って思いました。
加えてこの裁判がいかにアホらしいか?
髭を生やしている立場として意見を言うつもりです。

まず、この訴訟を起こした人間が『公務員』であること。
民間の会社だったら、こういった訴訟を起こせたんでしょうかね?
そう考えると、『人権』問題にまで発展した裁判の判断は勝訴だったとしても、
一般社会に全て適用される事象だとは全く思いません。
ハッキリ言って、公務員という立場を利用した主張で、共感できませんね。

髭、髪型等は『人格の一部』等と言っていますが、それは欧米の文化です。
そもそも日本のような『皆と同じ』である事に安心感を覚え、『強い個性』を嫌う国民性の国において、
そう言った物差しだけ欧米の文化を持ってくるのはどうなんでしょうね?
そういう『異質なもの』と対峙した時に、『虐め』も起きる気がします。

たとえば警察官がアフロヘアーだったり、金髪に染めていたらどうなんでしょう?
ピアスなども、日本の場合はまだまだ市民権が無い。
僕のようなアロハ着て、常にサングラスをかけているような風貌で
初めて会う顧客の所へ行く事が出来るのか?
社会人である以上は、そう言った『他人がどう見るか?』を意識することは必要だと思います。

この僕でさえ、客先に行く時はアロハでは無く、スーツを着て行きました。
仕事をする際には、作業着に着替えて作業もしていました。
例外だったのは北大、東北大、東大、九大といった国立大学の研究室や
オックスフォードの研究室へ出張した時に普段着だったくらいでしょうか?
2008年4月東北大
そう云う出張は、基本的に週単位、月単位の出張だったうえに、
普段、学生と接している先生たちにそう云う部分の免疫が出来ていたからですね。
それでも、それなりにおとなしい格好で出向いたものです。

逆に本社から子会社に出向する時に金髪メッシュを止めました。
それは子会社の社風にそぐわないと思っただけじゃない、
そう云った事で、余計な軋轢を生じたりする気がしたからです。
僕を向かい入れる社長は、そんな事どうでもいいと言って居たのですがね・・・・

このブログをご覧になっている方はご存知かと思いますが、
実は、今の会社は『ヒゲ禁止』です。
会長との面談の時に、髭を生やした僕を見て人事担当の専務が青ざめたのも事実。
僕は髭を生やしているのがダメなら『ご縁が無かったようで・・・・』と言って帰るつもりだった。
会長と会った時も『なんで髭が嫌いなんだ?』とこちらから質問したくらいです。
そして『髭を剃らなければ雇わない』と言うなら、結構です・・・・とも伝えた。
要は、嫌ならば辞めれば良いだけです。

主義主張があって、それが人権だとか言うのならば
『ダメなら辞める』くらいの覚悟を持って欲しいですね。
それが出来ないから、訴訟・・・・・

多分、この方がやっている訴訟は『憲法』の下では全て正しいのかも知れません。
だから裁判も勝訴した。
ただ、僕はあくまで『自分の主義主張』ですから、『好き嫌い』であり、『趣味』である。
『人権』を振りかざして得る『権利』などとは思っていません。
そう云う意味でも僕はこの方とは一線を画します。
正直言って、『髭を生やした男』で一緒にして欲しく無いですね。 

えっ?・・・・
そういう事、お前が偉そうに言うな?・・・・たしかに!

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僕がやりたい事って?

2019年01月15日 | 定年退職後の人生

今週末はサッカーなので、少し体を動かそうと思って起きたけど、
何となく頭痛がして、ウダウダしている間に、小雨が降り出した。
結局、サッカーに出かけるには遅くなってしまい断念。

サッカーに始まって、なかなか思うように行かないことが多くなった。
『やれないのは、やりたいと言う意志が弱いから』とか
『言い訳するのは、本当に好きじゃないから』
と言った事を何度も発信しておきながら、
最近の自分の姿は、まさにその典型だなって思います。

今、僕がやりたい事ってなんだろう?
そんな事を考えて、書き出してみました。
①芝居
②サッカー
③音楽
④物書き
⑤身の丈に合った仕事

①の芝居は、今も最優先でやっているから問題なし。
何が有っても、基本的にこれが最優先と言う姿勢は変えていない。

②のサッカーは、去年の夏に肋骨を骨折して4か月の固定をしてから休止中。
12月になってやっとコルセットが外れて復帰してはいるんだけれど、
以前のように、頻繁にやるには仕事がネックになっている。
車で通勤しないと、時間のロスがあまりにも大きいのです。
かと言って、体が衰えないようにサッカーをするはずなのに、
車の運転をすると往復時間の徒歩がなくなるので、総運動量は減ってしまう。
それが悩みの種と言った所でしょうか?

③の音楽は、自分で思っているような活動が出来ていない。
最近思うのは、誰かと一緒にやろうと思うから駄目なのかな?って・・・・
それでも、一日に一回はギターを手にしているから、まだ脈は有る。

④は正直なところ、以前に小説を書いていたことがあった。
こればかりは時間がないと出来ないので、頓挫しているんだけど、
今は芝居の脚本の勉強がしたい。
これから劇団を続けるには、覚えておいた方が良いと思うし、
たとえ自分が書いた脚本でなくても、脚本の事を知っていると
何かと役に立つから、勉強したいなと思っているのです。

そして⑤は身の丈に合った仕事。
これは『ボケるから何かやっていた方が良い』程度のモチベーション。
技術者として生きて、やり切った感がある僕にとって、
今の仕事は、単なる修理作業の連続で以前のような達成感を得られない。
そろそろ潮時と思っていますからね。

定年退職して、あっという間に3年が過ぎてしまった。
老齢基礎年金が支給される65歳までが一区切りつけるチャンス。
身の丈に合った仕事なんて、調子よく見つかる訳がないですね。

このイライラした時を解消するには、まずサッカーが出来る環境を考えること。
そんな事を考えている、爺さんです。

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初稽古

2019年01月14日 | 定年退職後の人生

今日から今年の公演に向けて、稽古が再開されました。
と言っても、まだ台本の読み合わせ段階。
正月休み中に、どれだけ台本を読み込んできたか?
そんな事が判ってしまうのも、休み明けの稽古の怖いところです。

今回は12月に見学に来ていた女性が、正式に加入する事になったので
脚本の差し替えがあって、2幕が大きく変わった。
僕は休み中に、これまでの本読みで台本に書きこんだメモを写しながら、
台本の変わった部分を確認した。

昨日、座長と会ったけれど、芝居の内容については話をしていない。
ただ昨日も書いたように、座長の思いが色々な場面で感じ取れる。
そのあたりも頭に入れて、今度の芝居を作ろうと思っています。

セリフだけの芝居っていうのは、本当に難しいですね。
舞台上でどんな位置関係になって居るのか?を想像して、
人との距離感も意識して、セリフを言わないと感じが出ない。

以前も書いた事が有りますが、たとえば『どうしたんだ?』というセリフも
隣に居る人に云う場合、離れたところに居る人に云う場合とでは単純に声の大きさが違う。
好意的な相手に云う場合と、嫌いな人に云う場合はさらに語気が違うでしょう。
子供に云う場合、若い人に云う場合、自分の部下に云う場合、男女の違い・・・・
これは、芝居だからというわけではありません。
日常生活で、普通にやって居る事をセリフに生かせば良いだけの話。

だから、こう云ったセリフのやり取りだけの稽古と、立ち稽古では全く変わる。
かと言って、台本読みとは言え棒読みの人は、立ち稽古になっても棒読みのままなんですよね(笑)

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これから先の事

2019年01月13日 | 定年退職後の人生

今日は劇団の座長と会って話をした。
劇団も今年で創立29年、28回目の公演を迎えます。

去年の12月に台本の読み合わせが有って、その時に同年代の室さんと僕の二人が呼ばれて
音響、照明、大道具などの裏方をやって頂いている方々の名簿を手渡された。
そして、本読みの稽古が終わって帰りがけに、座長が僕ら二人に
『一杯やりに行こうか?』
と声をかけてくれた。

その日は室さんが用事が有ったらしく、結局そのまま解散して別れたのだけれど、
正月休みに今度の公演の台本を読んでいて、その中に
『若い頃に劇団で一緒だった仲間』の話が出てきたり、会社の後継者の話が出てきたりと
何だか、今の劇団の状況が暗に書かれているような部分が有って、
年末に座長が、我々に話したかった事は何だったのか?が気になりだした。

それで一昨日、座長に電話して、昼飯を食べながら話をする事になった。
ここ数年、座長は事あるごとに
『俺が居なくなった後は・・・・』と言う言葉を言うようになってきた。
もう80代の後半ですからね。
真面目な話、そんなに遠い将来の話では無い。
そうなったから『さて、どうしようか?』などと考えるのでは遅い、
僕自身も、座長の考えを聞いておきたい部分が有りましたからね。

そんな訳で、僕の訊きたかった事は『今後の劇団運営について』。

『今日はどうした?』
と座長に訊かれて、僕は『今回の芝居の事じゃないんです』と前置きして、
『座長が良ければ、僕と室さんの二人が中心になって劇団を継続させたい』
と言う事を話した。
僕にとっては、誰が座長の後釜になるとか云う事はどうでも良くて、
とにかく今やって居る、劇団の『崇高な遊び』を如何に継続するか?
が、一番考えている事なのです。
  
そんな話をしたら、座長は嬉しそうな顔をして
『いやぁ、そちらから言いだしてくれたのが嬉しいですねぇ』
と言ってくれた。
年末に、座長が話をしたかった事も、この話だったらしい。
その一言で、この日の話の目的は終わってしまった。

その後は、細かい運営についての話などは殆どしないで、劇団の歴史や
座長が築き上げて来た人脈との出会いなどの話を聞かせてもらった。

今後も継続して行くための役割分担をどうするか?
などの話もしたのだけれど、それは僕の一存では決められませんからね。

でも大きな事は、『僕らが引き継いで行く』と言う事を宣言した事。

人の問題だけじゃなく、金銭面の問題も絡んで考えないといけない。
座長が今の劇団を始めたのは丁度僕らの年頃だったというから、
僕らに出来ない事じゃ無いとも思っている。

座長は『あとは、君らのやり方でやれば良い』と言ってくれました。

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初雪

2019年01月12日 | ジジイの呟き

今日は東京に初雪が降りました。
幸いなことに積もるほどではありませんでしたけどね。
平年より9日遅く、昨シーズンより12日遅い初雪だそうです。

寒さの厳しい朝一番に、ゴミ出しをした後に医者に行きました。
なんと初めての1番乗り。寒いからお年寄りも少なかったですね。
診察を受けて帰って来たのが9時で、何だか凄く得した気分。

帰宅してから、朝食を摂りながら洗濯。
この3連休で予定が無い日は、今日しか無いのと家族が揃っているので
夕方からしゃぶしゃぶを食べに行く約束をしていた。

洗濯が終わった後は、部屋の掃除と確定申告の準備。
確定申告も、電子申告をするようになって楽になったけど、
それなりに書類を作らないとならないから面倒ですね。

去年は時間を見て、帳簿の記載をしていたから、
例年に比べると、比較的楽に終わりそうな気がします。

夕方まで高校選手権の準決勝を2試合見ていた。
第一試合は青森山田高校と、福島の尚志高校。
尚志のFW染野がハットトリックをしたところで勝負あった気がしたけど
青森山田の勝利への執念で、同点に追いついた。
結局、試合はPK戦で青森山田高校が勝利したが、試合は見ていて楽しかった。

第2試合は去年の準優勝校、流通経済大学付属柏高校と広島の瀬戸内高校。
試合は流経大柏が5-0の圧勝。
こちらの試合は、パスサッカーを貫いた瀬戸内だったが、
見ていて、圧倒的なチーム力の差を感じた試合だった。

試合を観た後に三鷹へ出かけて、しゃぶしゃぶ。
今日は子供連れが多かったかな?
店内には子供の声が溢れていました。

正月休み明けの連休初日と言うことも有って、待ち時間なし。
先週の焼肉もそうだったけれど、行った時間が早かったので、
待ち時間が無くて、時間のロスが無い事はやっぱり嬉しいですね。

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三連休

2019年01月11日 | 定年退職後の人生

今年最初の連休。
土曜日が休みの人は最初の3連休と言う事になるのでしょうね?
来週から劇団の稽古が始まるので、今週末は家族と一緒に
晩御飯を食べに行く予定です。

台本が差し替えになって、また最初から読み直しです。
台本を読むと、脚本を書いている座長の思いが随所に入っていて
色々と考えさせられます。

僕が今、一番考えているのが劇団の今後について。
今回の台本には、そういった事を考えさせられるシーンや
台詞が色々な場面で散りばめられているように思います。

芝居をやるようになって、人の心を考えたり、人生の事を考えたり、
脚本の中から得るものが凄く多くて、どんどんのめり込んで行った。
練習や稽古で努力した事は、は絶対に裏切らないと言う事も知った。

芝居で唄を唄う度に、人に伝える難しさに直面し、音楽に対する考え方も変わって、
練習しないでも出来るレベルの事なら、やる意味が無いと思うようになった。

あれやこれや早いもので15年目、今年は自身14回目の公演です。
3連休の最終日の14日から、芝居の稽古が再開します。

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いったい、いつまで働くのか?

2019年01月10日 | 定年退職後の人生

定年退職して、早くも3年。
今月で63歳の誕生日を迎えます。

65歳になれば今貰っている、厚生年金の基礎年金に加えて、
老齢基礎年金が支給されるようになり、加えて個人的に積み立てた
個人年金も支給されるから、総額で月額20万くらいにはなる。

僕の場合、アパート経営で住宅ローンや光熱費を支払っているから
僕の年金から支払うのは、マンションの管理費と修繕積立金の3万5千円に
癌保険と共済などの支払いで月額3万円など、その他はカードの支払いなど、
月額15万円くらいですかね?つまり、月に5万円くらいがお小遣いになる。

嫁さんと娘たちには、自分の食い扶持だけは稼げと言ってあるし、
自宅に居る限りは家賃などを払う必要もないから、生活できるでしょう。
そんな訳で僕はもう、貯金をする気も現金を残す気もない。
そうなると2年後は、特に働かなくても生活できると言う計画です。
そう云う状況だから、そろそろ仕事を退く時期を探っている。


今、抱えている僕の修理作業は、請け負って自宅で小遣い稼ぎ程度の
仕事としてやろうかと思っているし、仕事が無ければそれでいい。
そうなれば往復の3時間は、自分の時間として使えるので、
サッカーをやるために毎日通えるようになるでしょう。

今の仕事で3年間経過して、聞いていた話とは全然違う方向に進んでいるし、
自分のやりたい事が一つも出来なくて、時間の無駄使いをしている感じ。
『いったい、いつまで働くのか?』
なんて考えながら過ごして来たけれど、何をやるにしてもあと2年くらいで
完全に引退しようかと思っているのです。

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蹴り初め

2019年01月09日 | 定年退職後の人生

月曜日は仕事を休み、昨日はサッカーに行こうと思って居て
出そびれてしまったので、今日は何としても今年の最初のサッカー、
いわゆる『蹴り初め』をしようと思って、家を出た。

前の会社までいつも車で行くのだけれど、片道1時間半見ておかないと
間に合わないので、今日は電車で行く事にした。
電車だと35分の距離なので自宅を11時に出れば、12時には到着する。
いかに道路事情が悪いかが判るでしょう?

サッカーはいつも通り30分ほどのミニゲームに興じる。
今日は少しだけボールを触る機会が多かったけれど、相変わらず下手糞。
まだ運動をする体に戻って居ないので、動きも鈍く汗もかかない。
みんなこうやって、歳をとって、動けなくなって止めて行くのでしょうね。

取りあえずサッカーを終えて、1時前に仕事へ向かった。
電車に乗ったのが13時15分。立川で多摩都市モノレールに乗り換えて
京王多摩センターまで行き、そこから1駅の京王堀之内に到着したのが1時20分。
車だと同じ時間に出て1時半には到着するから、こちらは1時間のロス。

車で行かない理由は、せっかくサッカーをやっても、トータルでの運動量が
徒歩通勤の時に比べると少なくなるからです。
徒歩だと普通の通勤で往復1時間は歩く。
車だとサッカーを30分やるだけになって、運動量はたいして変わらない。
オマケに運転中に煙草を吸ったりで、徒歩通勤の時に比べると
一日の喫煙量が倍以上になってしまうのです。

サッカーは走っているだけでは駄目で、ボールに触れていないと、
思ったようにボールの受け渡しも出来ない。
結論として、やっぱりサッカーをやる方が良いのかな?

今の僕の仕事は午後から4時間働くのが、一番無駄が無く効率がいい。
これが1時間減ると、結局後ろに仕事がずれてしまったり・・・・
なかなか難しいですねぇ。

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使い分け

2019年01月08日 | ジジイの呟き

僕はメールというものをあまり使わない。
第一の理由は『メール』だから、緊急性は無いと言う考え。
30年ほど前は携帯電話も無かった。
嫁さんを寒空の下、3時間も待たせてしまった事もあった。
今考えてみれば、本当に今では考えられない事です。

そもそも昔から、人の便りは『手紙』しかなかった。
今は年賀状ですら出さなくなって、出したとしても宛名から全て印刷。
字が汚いから・・・・なんて言う言い訳を良く耳にするけれど、
印刷されたものほど、味気ないものは無い。
コメントの一言でも書いてあれば、その人の気持ちが伝わるのに、
印刷だけの年賀状は、お義理で出しているだけだと感じてしまう。

手紙より緊急性がある時に使ったのが『電報』でした。
まだ、電話がそんなに普及していない時代の話です。
電話の普及で『電報』は、結婚式のお祝いや、
葬式のお悔みくらいに使われるだけになった。
それでも『メール』よりは心が伝わるものだった。

この間、家族と従兄弟の家に出かける日の事。
三鷹の家を出る時に連絡してくれと、前日に『メール』で伝えておいた。
ところが家を出た時に連絡手段として使ったのが『LINE』。
僕は全く気が付かず、家族が待ち合わせ場所の吉祥寺に到着して
初めてメールに気が付いた。
『ラインで連絡したよ』と言うのが家族の言い分。

僕はメールやラインは、返事はいつでもいいと思っている。
緊急を要する時や、すぐに返事が欲しい時は必ず電話にする。
電話で『細かい事はメールで送る』と言う使い方はしますけどね。

メールやラインは、常に携帯を所持している人は当たり前みたいに言うけれど
僕はそういう意味で『電話』と『メール』を使い分けている。

一日中、携帯を眺めている人や、携帯が無いと心が落ち着かない人は、
結局は自分の時間を大事にしていない人だと思っています。
自分で自分の首を絞めているのですよ。

それに何よりも、紙の情報は無くならないし、探す時間も短くて済む。
僕は『使い分け』は大事だと思っています。

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自慢の部屋『上荻ロフト』

2019年01月07日 | 定年退職後の人生

世間一般では今日から仕事始めと言う方が多かったでしょう。
僕もそのつもりでいましたが、いつも通りに家を出て、駅に向かったのだけれど
駅に到着する寸前で、何故か急に職場へ出かける気力が無くなって、
『今日は面倒くさいから・・・』と、仕事を休むことにした。

秘密基地に戻って、今月5日に空き部屋になったアパートの部屋を点検。
この部屋は、大学に通うために姉妹で借りて4年間住んでいた。
とてもかわいい姉妹で、お姉さんは大学の寮を出てから2年間、
妹さんは4年間、大学へ通っていた。

女の子二人なので、部屋はとても綺麗に使ってくれていたようで、
建築から6年経ったための経年劣化以外は、特に問題なし。
本当にありがたいですね。

空き部屋になって改めて部屋を見回してみた。
僕がこだわりを持って作ったアパートをちょっと紹介しましょう。
部屋は南向きの2階にある8畳のフローリング。
入り口から中が丸見えにならないように、引き戸を取り付けました。
これが意外と高かったのですよ。
それに、いまどきの人は洗濯物を外に干さないと言うので、天井から洗濯物を干せるように
巻き上げ式の洗濯物干しが付いています(写真にちょっと写ってます)
部屋の照明は天井からではなく、梁に取り付けた可動式の4基の電球。
天井の高さは4mと、解放感たっぷりの作りにしました。

このロフトの床面の高さは270㎝、ロフトから部屋を見ると、エアコンの上面が見える。珍しいでしょ?

ロフトは6畳あって、その奥に2畳の納戸スペースがある。

ロフトは規定で140cm以上の高さに出来ないのですが、寝るスペースとしては十分なはずです。


自分の経験から、収納に拘ったアパートです。
下のフロアには棚付のクローゼットがあって、コートが10着ほどかけられる。
玄関には12足収納できるシューズボックスに、6足分の靴箱が収納できる棚もある。
友達が来ても、トイレなどで困らないように風呂、トイレ、洗濯機置き場を兼ねる洗面所も
すべて仕切られていて、僕としては自慢の部屋のつもりです。

元々、杉並にある女子美大の生徒をターゲットに、下のスペースにベッドなどを置かずに
アトリエみたいに出来るように考えたんだけど、入ってきたのは社会人ばかり。

アパート経営って言うのは、思っていたほど利益はありません。
うちの場合は、共益費はインターネットとケーブルテレビの契約料や、
町内会費や共有スペースの電気代で、ほぼ全部出費となって出て行く。

それでも住民は不動産屋さんが厳選してくれているので、変な人は入ってこない。
ゴミ出しのルールもきちんと守ってくれる、良いお客さんばかりです。

さて、次はどんな人が借りてくれるのでしょうね?
今週から来週にかけてが、募集のピークだそうです。
急いでハウスクリーニングとエアコンの掃除を頼まないといけません。
えっ?自分でやれば安上がり?
とんでもない、プロの仕事にはとてもじゃないが敵いません。
それに面倒なことが嫌いですから・・・・

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正月休みの最後は『焼肉』

2019年01月06日 | 定年退職後の人生


普段、僕は肉をあまり食べない。
肉自体は嫌いじゃないのだけれど、何だか『食べよう』と言う気にならない。
劇団の長老は『肉を食わんとダメだぞ』といつも口にする。
実際に、肉を食べないから免疫力が低下するみたいで、
数年前にはインフルエンザや百日咳を患う事が多かった。

今日は冬期休暇の最後ということもあって久しぶりに皆で焼肉を食べに行こうと、
夕方に三鷹の自宅へ行って自宅から10分ほどの所にある『牛角』三鷹牟礼店へ出かけました。

冬休みのせいか?
それとも6時前に行ったので時間的に早いのか?
今日はお店に到着して、全く待たされることなく席に着いた。

いつも心置きなく食べるから、料金も福沢諭吉さんが2名ほど出て行く。
娘たちには子供の頃から
『お金の事を気にするな』
と言って育てて来たので、家族で外食する時は遠慮なく注文する。

それでも、今日はいつもに比べると娘たちの食が細い。
一番精力的に食べていたのが僕でした。

心行くまで食べて、支払ったのがいつもの2/3ほど。
これにはちょっと拍子抜けでしたね(笑)
でも、今日は肉が美味かったですねぇ。
嫁さんと『やっぱり、焼肉はいいねぇ』なんて話をしながら食べていた。
家族で『美味しいねぇ』と言って、ワイワイ話しながらの食事はいいものです。

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新年の挨拶は『タカセ』で

2019年01月05日 | 定年退職後の人生

今日は大船渡から娘さんの所へ来て正月を迎えた時江さんと会って、新年の挨拶。
場所はお気に入りのお店、池袋東口にある『タカセ』です。

今日はサンドイッチに、トースト、ケーキといった3種類のセットを頼んじゃった。
パンやケーキが美味しいから、珈琲のおかわりをするならセットで頼んだ方が安上がり。
お茶をしながら、時江さんや大船渡の皆さんの話を聞くのが楽しみなのです。

でも、大船渡にはとんでもないオバさんが居て、皆さんを困らせている。
実は僕も、その人にひどい目に遭って、結局は縁を断ったんだけど。
時江さんはその人と、同じアパートに住んでいるので、
何かと煩わしい事が多かったみたい。
最近は、そのお方も皆から相手にされなくなって来ていて、
いわゆる『村八分』の状態に近づいている。
まぁ自業自得って言う感じでしょうかね?

被災した人たちには、2種類の人が居て、その一つは『自力で立ち直る』タイプ。
こういう人たちは、心が温かくて他人の事にも気を配る。
嬉しい事は皆で分け合って、悲しい事を忘れようとしている。
こういう方々には、本当に出来るだけの手助けをしてあげたいです。

もう一つは『何でも貰う』タイプ。
訪ねて行く人は、何かを手土産に持ってくると思っている。
『○○が欲しい』なんて、平気で強請ったりするのです。
厄介なオバサンはまさにこのタイプ。

僕がアパートの皆さんへ持って行ったお土産を、まず自分が全部抱えて、
ガツガツと、少しでも自分の取り分を多くしようと必死になって居る。
そしてそれを、自分と仲がいい人に配っているのを見て、僕は唖然・・・・・
それ以降、僕は持って行ったお土産はその人に渡さない事にした。
口が悪いですが、そう云う行為を見ると僕には『乞食』に見える。
貰う事が当たり前になってしまったんでしょうかねぇ?
正直言って、僕はこういうタイプの人が苦手・・・というより嫌いです。

そんな人と毎日顔を合わせている時江さんが気の毒で・・・・
だから東京に来た時は愚痴を聞いてあげて居るのです。
最近はそう云う人と関わらないようにしているらしく、
そのせいで愚痴も殆ど言わなくなりましたね。

他のお婆ちゃん(お姉さま)たちは、全くガツガツしている感じが無くて
むしろ育ちの良さみたいなものを漂わせている人が多いのに・・・・

楽しそうに話す時江さんの笑顔を見ると、僕も気持ちが癒されます

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初引き篭もり

2019年01月04日 | 定年退職後の人生

今日は一歩も外へ出ない『引き篭もり』の日。
正月休みの元旦は初詣、2日の日は新年会、そして昨日は厄除けと
三日連続で家族と一緒に出かけたので、今日は骨休め。

元々僕は、用事が無ければ一切部屋から出ない事が好きな人間。
時間の制約も無ければ、寝たい時に寝て居られる至福の時間です。

今日は年末から3が日に録り溜めたドラマを観ながら、のんびり・・・・

中でも『下町ロケット』の続編は面白かったですね。
ただ、このドラマは良く出来ているけれど『技術者』という視点で見ると
細かい技術的な部分は全くと言って出てこない。

例えば、この物語の中に出てくるギヤの耐久性についても、
もう少し科学的な裏付けみたいな部分が有っても面白かったんじゃないかな?
まぁ、そう云う部分に興味を持つ人が居ないのかも知れないし、
作者にはそう云った部分では、全く知識が無かったのかも知れない。

だから『技術者として・・・・』っていう言葉が随所に出てくる度に、
どこか違和感が有って、笑っちゃったり・・・・

下請け虐めをする大企業の姿勢も、ある程度は実際にある話だろうけれど
何だか誇張しすぎて、不快感もある。

でも、ドラマの中で随所に出て来た、人の心を揺さぶり動かす台詞は、
聞いていて感動したし、その台詞を言う俳優にとっては役者冥利に尽きたんじゃないかな?

実際に、無人化農業機械は開発されているみたいで番組の途中に入るコマーシャルでも
畑を耕す機械のデモンストレーション映像が流されていた。
スポンサーのクボタにとっては大きな宣伝になった気がする。

それにそう云った技術革新は『技術者』にとって苦難の連続と戦って、
最後に大きな達成感が得られる事業なんじゃないか?って思いましたね。
あんな事業に参加したら、きっと楽しいでしょうね。

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厄除け

2019年01月03日 | ジジイの呟き

今日は深大寺まで行って、家内安全と健康祈願の御札を貰いに行って来ました。
 
正月三が日と云うこともあって、凄い人出で人混みが苦手な僕はちょっと疲れました。
元々、こういった事に全く興味がなく、信じたりしていなかったのですが、
結婚して暫くしてから、祖母やお袋が相次いで入院したり、僕自身も体調を崩したりで、
不運な事が続いて、気がついてみたら僕の厄年だった事もあって、
『厄除けでもするか』と深大寺まで行ったのがきっかけ。

気の持ちようだとは思いながらも、厄除けで有名な深大寺が自宅から近かった上に、
『厄除け』をしてから、そういった嫌な事が無くなったので、
いつのまにか、毎年御札を貰うようになっていた。
僕は身を持って経験したことを信じるので、当たり前なのかも知れないですね。

毎年、僕は達磨のおみくじを引くのを楽しみにしています。
今年は『黄色』、商売繁盛、千客万来だそうです。
おみくじは『末吉』、今年は運気が最高潮とのことです。
ただ、方角として北は凶なので、岩手県への旅行は控えた方が良さそう。

それでも人混みはやっぱりしんどい。
お札を貰って、早々に引き上げて、買い物をして一旦帰宅してから
今年初めての外食で、回転寿司に出かけました。

マグロの3種盛のネタが2重になっていたりで、ちょっと幸運!
正月休みはあっという間に三が日が過ぎてしまいました。

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復活新年会

2019年01月02日 | 定年退職後の人生

今日は兄弟の家族が集まって新年会。
我が一族の出世頭、従兄弟が田園調布に建てた新居のお披露目もかねて、
兄夫婦に娘夫婦と3か月の赤ちゃんを連れて、弟夫婦と長女、我が家は嫁さんと娘二人、
従兄弟一家の4人と総勢15人と一匹が集結。

従兄弟は10代に1500人もの子分を従える暴走族のヘッドだったが、
その後、共同経営で始めた会社の借金数億円を抱えさせられて、
必死に働いて今の状況に至ったという、努力の人。
子供の頃は貧乏で、食べる事すら大変な生活をして育ってきた。
従兄弟いわく『どぶ板の下から顔を出して、生きてきた』という。

実はこの新年会は7年前までお袋が住んでいた実家で毎年やっていた。
お袋に会いに行く・・・・という名目で、皆が集まる理由にもなっていた。
お袋が他界して、その実家を僕が引き継いだのだけれど、
家族は三鷹の自宅から引っ越すことに難色を示して、実家の扱いに悩んだ。
結局、新築するはずの家を、アパート建設に切り替えて、実家は無くなった。
同時に集まる場所も失って、兄弟の新年会もやらなくなった。

お袋が亡くなって、僕が引き継いだ時点で実家はお袋の家ではなくなって、
僕の持ち家になった時点で、今後集まる場所は何処でも良くなった。
そうは言っても、僕は少しばかり責任を感じていた。
『兄貴の家でも、「誰かの家に遊びに行く」事に変わりはない・・・』
そう言ってくれた弟の一言で救われていた。
兄弟の集まりへずっと参加してきて、兄弟同様に付き合ってきた従兄弟は
逆にそんな集まりをしなくなった事に寂しさを感じていたのでしょう。

従兄弟の嫁さんが、お袋の事を凄く慕ってくれていたことも大きかった。
解体した実家に有った一番古い半世紀以上も前の食器棚を譲ってほしいと言われて、
処分に悩んでいた僕は、喜んで引き取ってもらった。
その食器棚は、お袋が結婚して初めてオヤジに買ってもらった家具だった。
ぼろぼろで、汚くてもそういう歴史のある食器棚。
それを嬉しそうに貰ってくれたうえに、その食器棚に合わせて家を設計したと言う。
その食器棚を見るのも7年ぶり。
綺麗に磨き上げて、大事に使ってくれていた。嬉しかったですねぇ・・・・

昼過ぎからみんなで酒を飲みながら11時過ぎまで良く飲んだ。
日本酒、ウィスキー、ビール、ワイン・・・・
久しぶりに兄弟で『だらだら飲み』をして、何だか凄く楽しかった。
結局、帰宅したのは終電の時間。

やっぱり兄弟が集まる場所って必要なんだな・・・・
そんなことを考えながら、従兄弟夫婦の心遣いに感謝した一日でした。

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