角田光代 / 空中庭園

で、最近読み終わったのがこの「空中庭園」。

複数の登場人物からの視点で描かれた短編(?)を読んでいくうちに全体像が浮き上がってくるという凝った構成の小説。

最初に思ったのは「ずいぶんと冷たい視点で描くなぁ」ってことかな。
人がある集団に属しているならば、その集団の中で波風を立てず他のみんなに迷惑をかけないために、ある程度「仮面」をかぶるのは当たり前のことなんじゃないかなと。それを、ことさら「ひどいこと」として描く必要があるのだろうか、という気持ちになったというのが最初の感想。
例えば中学生の男子が本人としてはかなり色々とツライ状況を抱えていたとしても、心配をかけちゃうし、そもそも家族にはどうせ解決できない問題だしってことで家族の前では「別に何も問題ありませんよ」って顔で通すのは、「裏切り」や「欺き」なのか。
「裏切り」や「欺き」という捉え方で物語を語ることもできるけど、家族に対する「思いやり」「気づかい」と捉えることだってできるじゃないか、と思ったのだ。

角田さん、この小説ではずいぶんと冷たい意地悪な視点で描いてるなぁって、そう思いましたね。

あいかわらず、各登場人物の描き方がリアルで素晴らしいんだけど、その分ほんとうに救いがないっていうか、「でもまぁ小説の中のことだし」って気分にさせてくれない。
おばあちゃんの章なんて、ほんとすごい。凄みがあってこわいぐらいだもんなぁ。
で、めちゃくちゃリアル。実在感がハンパないレベルで。
どこかの郊外のニュータウンに実在しそうな気にさせられてしまうからもう、本当に救いがないんだよなぁ。

家族ってものが、たまたまほんの20年ばかし同じ空間で過ごすメンバーって考えるのも、それもわからなくはない。
最後のバスも、たまたま同じバスに乗り合わせた人たちでしかないよっていうことなのかなぁ。

互いへの愛(というか気づかい?思いやり?)があるからこそ本当の本音は見せずにお互い接してるわけでしょう。
それはどこの家族でも、どこの集団でも、どこの組織でも、そういうもんだと思うんだけどなぁ。
その部分をことさら「嘘」「裏切り」「偽り」「欺き」と捉えて物語を紡ぐのは、うーん、とっても残酷だなぁ、冷たいなぁ、角田さん、と思いましたよ。

すごい作品だと思うけど、もうちょっと暖かい視点で描いても良かったんじゃないかなぁって気になりましたね。

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