史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

「幕末雄藩列伝」 伊東潤著 角川新書

2017-12-29 00:05:58 | 書評
本書のタイトルは「雄藩列伝」であるが、紹介されている十四藩は必ずしも一般的な意味での「雄藩」ではない。請西藩や松前藩などはむしろ弱小藩に分類されるだろう。一口に三百藩というが、その動向は様々であり、それぞれにドラマがある。これが歴史の面白さであり、醍醐味だと思うのである。
話は変わるが、私は大学では経済学を専攻した。経済学では、世の中をモデル化するのが常道である。それを究極まで追求したのが合理的期待仮説という理論である。簡単にいってしまえば、人々が入手可能な情報を活用して判断して合理的に行動すれば、誤った結果には陥らないというのである。理論としてはそうなのだろうが、人間の社会というのはそう簡単に理屈とおり割り切れるものではなかろう。まずもって、全ての人が正確で完全な情報に接触できるとは限らないし、同じ情報を得たとしても、取る行動は千差万別。まさに人それぞれである。経済学の理論と現実のギャップに違和感を覚えた私は最後まで経済学に馴染めず、落ちこぼれてしまった(言い訳じみてしまったが…)。
理論とおり行けば、金利が低ければ利回りの高い株式市場に資金が流入する。しかし、私個人を例にとっても、限りなく金利がゼロに近くなっても株をやろうとは思わない。そういうへそ曲がりとか、金儲けに興味がない奴とか、色んな人間がいるのが社会であって、一つの情報を前提として、人間が一律に同じ行動を取るとは思えないのである。
経済学の対局にあるのが現実の歴史である。情報化が進展した現代社会であろうとも、人間の行動は理屈とおりとはいかないものである。ましてや情報化が発達していない時代においては、情報は錯綜し、人々は右往左往し、社会は混乱する。
幕末も煮詰まって来ると、誰の目にも幕府の衰退は明らかであった。それでも、人間は「理」だけでは動かない。幕府を武力で倒そうという藩もあれば、新しい体制においても徳川家の影響力を残そうという勢力もあった。「義」のために立ちあがった藩もあれば、藩主が脱藩して官軍に抵抗するという突拍子もない行動に出た藩もあった。これが人間社会の現実である。みんながみんな正しく判断をして、整然と権力が移行したとすれば、何とも味気ない。
本書は幕末とりわけダイナミックでドラマティックな歴史を刻んだ十四藩を紹介するものである。本書を通じて人間の作る歴史の面白さを再確認してもらいたい。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 「西郷隆盛53の謎」 原口... | トップ | 「お殿様、外交官になる ---... »

コメントを投稿

書評」カテゴリの最新記事