goo

倉庫っぽくない倉庫@糸島

倉庫って聞くと、どんな建物をイメージしますか?

大柄な切妻屋根が横たわっているイメージではないでしょうか。

今回の倉庫は福岡県の糸島。バイパスのすぐそばの非常に目立つ場所。家具屋さんの倉庫で一部ショールーム機能もあるので、「倉庫っぽくない面白いデザインにして下さい」というのがご希望でした。

いろいろとスタディーした結果、出てきたのが屋根が少しずつズレていくイメージ。

古い集落も近いので、スケール感を出しつつ、特徴的な形を提案しました。ズレは不整形な敷地にも対応し、ズレた切り口から光が取り込まれ、内部の用途に合わせてボリューム感も微妙に変わっていきます。

倉庫といってもこれだけ複雑だと設計は容易ではありません。

今回はPIJの菓子野氏に一緒にやらないかと声を掛けていただいた仕事。彼は大学の建築学科の同級生なんですよね。設計チームのメンバーは、菓子野氏に加え、構造はH&A構造研究所。設備はZO設計室。皆さん優秀な方達ばかりで、こまめにいろんなことを調整し、施工会社も決まり、まもなく着工というところまでこぎ着けました。

これから福岡でもつ鍋を食べる機会も増えそうですが、現場に入ったらまたレポート致します。

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

Edge Wall House

ここ数日はいろんなことが重なり、猛然と働いていましたが、昨日、確定申告の提出を終え、ホッと一息。

業務日報を見直してみたら、ここ半年の休みは年末年始も含めてもわずか7日。 それだけみると完全なワーカホリックですが、もちろん、この仕事はやみくもにやればいいというものではなく、アイディア勝負の面も大いにありますから、心と体に疲れが溜まらないように、適当に息抜きしながらやってます。

とはいっても、趣味がランニングだったりするんですが(笑)。でも、頭の疲労と体の疲労は違うんで、それはそれで息抜きになるんですよね〜。

今回ご紹介するのは、今進めているあるお宅の模型。考えてみれば、今までブログでは現場報告ばっかりで、模型はあんまり出してなかったんですよね。

場所は西東京のお山に近いところ。シャープな外観&ワクワクするような空間がご希望ということで、プラン提案には結構プレッシャーがかかりましたが、とても気に入っていただけて一発でOK。

変形敷地を生かした個性的なフォルムと向きによって見え方が全く異なるのが特徴です。内部もボルダリングウォールとかがあったりするんですよ。

もちろん、まだまだこれからなんですが、楽しい建物になりそうです。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「視線の拡がりを感じる家」竣工の御報告

この度、伊賀上野の中里工務店さんから「視線の拡がりを感じる家」の竣工の御報告を受けました。建主さんも非常に喜んでおられるそうで、嬉しい限りです。

一昨年から年に数棟程度ですが、R+Houseの仕事を手掛けています。

工務店さんからのお仕事ですが、プランニングという最も重要な部分を請け負っています。何度も言いますが、時代の趨勢は"ワンストップ・ソリューション" 設計事務所が不利な時代になったことは間違いありません。

もちろん、設計事務所が優れているところもたくさんありますが、第一に期待されているのは“デザイン”です。“建築家”として、得意な分野にリソースを集中することによってむしろ強みが発揮されるという考えです。さらに、R+Houseで得たノウハウが通常の設計監理業務にも生かされます。そちらの方も引き続き頑張っていますよ。

建主さんは良い設計が手に入り、工務店さんは地域の中で“デザイン”というアドバンテージが得られ、建築家は自らの最も得意な部分にリソースを集中できる。全員が喜ぶWIN×WINのひとつの形ですね。

 

デザイン住宅っぽくない"家形"のさりげない外観

 

一段上がっていて、庭もある広々とした敷地

 

視線の抜けを感じるアプローチ

 

奥まで見通せる広い玄関

 

LDKは梁をあらわしにして天井を高くしています。

 

緑を切り取る正面の窓とキッチン

 

階段奥のワークスペースと水回り。北側も視線の抜けを意識

 

庭へとつながるリビングの開口

 

BBQも楽しめるテラスと庭

 

階段を上がると北側の景色を切り取る窓

 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

運動は脳にとってもいい

今日の新幹線の中の読書

運動は体にとってだけでなく、脳にとってもいいという話
疲れた時にだらだら休息するより、適度に体を動かした方がいい。
運動すると、自律神経が高まるので、仕事のストレスも軽減されるし、仕事の効率も上がる。
呼吸も改善されるので睡眠の質も上がる。
運動の効能は実感してるけど、これで、仕事サボってもマラソンした方がいいということが、理論的にも証明されました(笑)。

P.S.マラソンが体にいいとは書いてませんけどね。

 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

寝る前のコーヒー

コーヒーは、以前は一日5杯以上飲んでましたが、カフェインも取りすぎは良くないらしく、今は少し減らして3杯ぐらい。朝1杯、午後1杯、そして寝る前に1杯。

コーヒー飲むと気分が落ち着いてぐっすり眠れるんですよね。でも、最近、夜中に目が覚めるんで、寝る前のコーヒーのせいかと思い、カフェインレスも試してみましたが、全然変わりませんでした。単に歳取っただけみたい(笑)。

よく買うのは小川珈琲店の有機コーヒー。もちろん豆のまま。挽いてしまうと、どうしても香りが飛んでしまうし、味も落ちてしまうので。

事務所でも、これを入れてお出ししていますので是非遊びに来て下さい。紅茶の場合もありますが。 

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

真冬の地鎮祭<横浜SA邸>

この冬一番の寒さを記録した木曜日。

-8度というとてつもない気温予想だったので、バッチリ防寒しましたが、実際にはそこまで冷え込まず、風もなく日射しもポカポカだったので、思ったよりは寒くありませんでした。

むしろ、地鎮祭らしいピリッと引き締まるような空気が心地良かったです。 

建て主さんは今は海外勤務で帰国を前に家づくりをされるという珍しいパターン。約3週間の一時帰国の間に打ち合わせ〜見積〜工事契約〜着工までをこなさなくてはいけませんでしたが、どうにか間に合いました。

もうそろそろ暑い国に戻られる頃ですが、気温差がもの凄いので体調を崩されないようにしていただきたいと思います。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「情報飽和時代」の家づくり

前回の続きですが、これだけ、情報やモノやサービスが溢れかえっていると、人々の行動パターンもここ数年で大きく変わってきました。

あるものをチョイスすることで十分なので、自ら進んで調べたり、考えたり、行動したり、はしなくなる傾向が一気に強まったと思います。

わかりやすい情報には皆飛びつきますが、少し複雑なことになると、もう面倒くさい。自分の好きなことには興味は示しますが、掘り下げはそれほどない。そういう人が増えているのは確かでしょう。

あと、自分の都合のいいものばかり見て、見たくないものには目を背ける傾向も強まりました。福島第一原発は相変わらず放射能を出し続けていますが、もう誰もそんなことには興味はありません。

そんな世の中ですから、家づくりに関する期待感も当然変わってきました。注文住宅というのは、これから建てるものですから、未知の部分があるのはある意味当たり前でした。ところが見えない部分があること自体、もう受け入れられなくなっています。最初から全てが見えていなくてはいけないのです。

家づくりに関して、多くの人が求めているのは「ワンストップソリューション」。情報提供・土地探し・融資・ファイナンシャルプラン・設計・施工・引っ越し・アフターケアまでのすべてが整った「パッケージプラン」でないと、もはや人々は選択しなくなっています。

そういう時代では、明らかにハウスメーカーが有利です。知名度があり、潰れるリスクはほとんどない。モデルハウスも至る所にある。そこに行きさえすれば、すべてが解決され、面倒がない。仕様もコストも全て決まっている。

一方、設計事務所は真逆だと言ってもいいでしょう。例え大きな可能性が開けていたとしても未知の部分が多すぎるのです。では、我々のような設計事務所はこれから何をしたらいいのでしょうか。

まず、いくら時代の流れだとはいえ、こだわりのない方に対してはいくら頑張ったところで無駄です。ハウスメーカーなり違うチャンネルに行っていただくしかありません。

では、こだわり派の方にどういう訴求をしていくかというと、次のような点だと思います。

1)顔の見える関係が持つ安心感
2)質の高い企画提案力・デザイン力
3)施主の代理人としての第三者的な役割

ここまでは、もともと持っていた強みです。しかし、それだけではもはや我々は選択に値しないのです。設計事務所の弱みだった次のような点のてこ入れが求められています。

4)コラボレーションによるワンストップサービスの提供
5)保険や保証制度によるリスク回避
6)情報の見える化 

これらをどのように展開していくのか?は、また次回。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

謹賀新年2018

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。



ブログもしばらく投稿してないなあと思ったら、なんと約4ヶ月ぶり。サボるのもほどがあるっていう感じですよね。

頻繁に更新してた時もあったんですけどね。なぜ、投稿しなくなったかというと、頑張って書いてもなかなか見てもらえなくなったから。

ブログって、見てもらえるかどうかっていう点で言うと、たとえ中身が薄くても日々更新する方が効果があるんです。一週間に一回気合いを入れた投稿をするよりもはるかに効果がある。もちろん、二、三日おきに気合いを入れた投稿をすれば、その方がいいとは思いますが、本業は別にあるわけですから、そんなの労力が続かないですよね。

自分の場合、営業のために日々のネタをまめに投稿するっていうのはあまり好きじゃない。それよりも中身のある投稿を読んでもらいたい。ところが、最近強く感じるんですが、「情報飽和社会」になって、人に読んでもらうのはさらに大変になりました。ほとんどの人は「インスタ映え」の言葉で象徴されるように、パッと見のイメージでとらえ、文章も拾い読みに近くなっているからです。よっぽど面白ければ別ですが、こんな長い文章わざわざ読みませんよね。

最近、Facebookでの投稿が増えているのは、反応がわかるのと、対象が不特定多数ではないから書きやすいというのがあるんですが、プッシュ型の情報提供だというのも大きいです。各人のニュースフィードに強制的に流れることで、少なくとも画像とタイトルだけは見てもらえるわけです。ところがブログだとそうはいきません。

時々、Facebookからブログにリンクを張ったりもするんですが、ブログまで見てくれる人はFacebookの閲覧者の数分の1~10分の1位?でしょうか。たいてい「いいね」の数よりも少ないです。つまり、ブログを読まないと内容がわからない投稿であっても、写真と見出しだけで「いいね」しているわけです。本当にそれでいいのかよ(笑)。しかも、ブログを「見て」もらえたからといって、ちゃんと最後まで「読んで」くれているとも限りませんしね。

「情報飽和社会」っていうのは、日常的な情報については、もう人々がわざわざ情報を取りに行く必要がない時代です。これは、情報だけではなく、モノやサービスの提供についても全く同じことがいえると思います。

家づくりに関して、多くの人が求めているのは「ワンストップソリューション」。情報提供・土地探し・融資・ファイナンシャルプラン・設計・施工・引っ越し・アフターケアまでのすべてが整った「パッケージプラン」でないと、もはや人々は選択しなくなっています。

そういう状況で一番強いのはやはりハウスメーカー。では、ハウスメーカーだけが生き残ればいいのか。もちろんそうではありません。自分たちのような設計事務所はどんな存在意義があるのか。

それが今年の抱負にもつながるわけですが、その続きは次回。4ヶ月後ではなく、2〜3日後にはアップします(笑)。 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「中山邸」(宮脇檀)最後の見学会

宮脇檀さんが設計された中山邸が解体されるというので、安行まで行ってきました。

安行と言えば、もともとは植木の街ですが、今やすっかり住宅で埋め尽くされています。

その中で中山邸の広大な敷地は際立っていました。

何しろ、敷地面積は2500㎡で240㎡の邸宅も小さく感じるほどです。このあまりにもゆったりした土地利用が裏目に出たのかもしれません。

解体の理由を伺ったらやはり相続税対策とのことでした。よくあるケースです。日本の建築が短命なのはその辺の事情も大きいんですよね。

次どのような利用をされるかまでは伺えませんでしたが、例えば100㎡の土地が20区画以上も出来てしまうのですから。

やはり、土地持ちの方は全部をご自身で利用するのではなく、一部で事業をやらないとダメなのです。この家を建てた段階では、施主も建築家もそこまでは想像が及ばなかったのは致し方ないことなのかもしれません。

宮脇さんはシンプルなボックスの建築で知られていますが、この住宅は瓦の切妻屋根です。それは、当時敷地に残されていた立派な長屋門と調和させるためだったそうです。しかし、その長屋門は既にごく普通の建売住宅風の建物に置き換わっていました。

そして、いよいよ母屋も解体されるわけですが、実は個人住宅というのは、こういう機会か違う用途に転用されて保存活用される場合ぐらいしか、なかなか見る機会がないというのは、皮肉なものです。

自分も実は宮脇さんの住宅の内部を見るのは初めてなんです。学生の頃は結構憧れていて、設計の時には、常に彼の詳細図集を置いていて、ボロボロになるまで使い倒したものです。

いわゆる緊張感のある空間で、プロポーションとかも綺麗だし、細部まで非常によく考えられていて凄いなと思う反面、もう少しざっくりとしたおおらかさがあった方が自分的には好みだし、住んでいる人もくつろげるような気がしました。影響を受けつつも自分はそちらの方を目指そうと思ったのです。

この住宅は彼の典型的な空間とはちょっと違うでしょうが、彼のやりたいことというか個性は十分発揮されていると思います。

解体は本当に惜しいですが、せめて、この空間を脳裏に焼き付けて、少しでも自分の設計に役立たせていきたいと思っています。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

“サピエンス全史”から学ぶ思考のリセットの重要性

 

話題の本「サピエンス全史」2回目、読み終わりました。夏休み前には読み終わっていたんですが、内容が内容だけにこれをネタにブログにするのは、時間がかかってしまいました。

帯はビジネス書みたいな書き方ですが、内容は社会学の本です。いや、社会学っていうのも狭いとらえ方で、人類社会内部の話ではなく、生物学的視点も交えて、現生人類(ホモ・サピエンス)という、地球上に現れた一つの「種」が地球にとってどういう存在なのかを客観的にとらえようとした画期的な本です。

亡くなった自分の父親が、よく人類なんて地球にとってはがん細胞みたいなもんだと言っていました。親父とは意見が合わないことが多かったんですが、そこら辺の認識については不思議とすんなり一致しました。地球の秩序を乱しているのは、唯一人類だけですからね。あなたも私もいない方がマシなんです。

もともと人類に関しては、そういう皮肉な見方をしていた自分ですが、ここ数年、さらに考え方に大きな転換がありました。それまでは、現代人は暴走気味だが、伝統社会はそれなりに調和を持って自然と共存していたんだろうと思っていました。しかし、いろいろと情報を得ていくと、実は、農耕社会の始まりぐらいから既に人類の自然からの離反は始まっており、産業革命以後劇的に変化したという見方がむしろ正しいと思うようになりました。「裸足ラン」とか「糖質制限」っていうのも、ほとんどの人はおかしなことを始めたなぐらいにしか思わなかったでしょうが、実は、人類史全体を振り返った上での、健康や食事法の見直しなんです。

この本にも健康や食料についても少しは触れられていますが、主な内容は社会や文化の話です。

自分に取っては、帯に書いてあるような「人類史の常識を覆す」ものではなく、むしろすんなりと受け止められましたが、認識していなかった視点も随所にあり、欠けていたピースがひとつひとつ埋められていきました。

たとえば、現生人類(ホモ・サピエンス)が他の種から際立つことになったのは、狩猟採取時代の認知革命がスタートだったということは全く知らなかったし、その時点で既に人類の暴走も始まっていたというのは驚きでした。地球や他の種から見れば、現生人類という「存在自体」が有罪だったっていうことですから。自分の中の認識が再度書き換えられたのです。人類をがん細胞だと決めつけたウチの親父も私もそこまでのことは思っていませんでしたが、スタート時点から文字通りのがん細胞だったのかもしれません。

そしてたった数千年で人類は著しい進化?を遂げたわけですが、科学革命、国家、宗教、資本主義といった現代文明を動かしている力がどのような関係にあるのかとといった点も鋭い切り口で整理されているので、もやもやがスッキリした感じです。

別に内容は難解ではないと思いますが、人類は必然的な経緯をたどって進歩していると信じている人にとっては、発想の転換を迫る内容なので、受け入れられない内容が多いかもしれません。

簡単に言えば、人類は全地球上にはびこり、数も圧倒的に増やしたし、寿命もそこそこ延びて、平和な時代を送るようにはなったが、一方で、危機的な兆候も現れてきており、際限のない欲望のとりこになっている人類は果たして幸せなんだろうかと著者は問うているのです。

自分もよく誤解されるんですが、別に現代文明に反対ばかりしているわけではないんです。今の社会は一見、百花繚乱で多くの文化を生んでいるように見えて、実は単なる進歩主義的な考えにどっぷり使っているだけで、たくさんあるように見えるのは、単なる見かけ上のバリエーションでしかないというケースが非常に多いです。これだけ、モノやサービスが溢れまくっていても、ほとんどの人は情報の洪水におぼれて右往左往しているだけで、何一つ確実なところにはたどり着いていない。たとえば、食事や健康法だってそんな感じですよね。

生物としての人類の限界、人類が築いて来た社会制度の限界、生息環境としての地球の限界。それらが同時に感じられるようになったというのが、今という時代ではないでしょうか。そんなことは人類史上初めてのことですから、人類史全般を振り返った上で、どう思考をリセットしていくかが極めて重要だということに改めて気づかされました。

しかし、そこが人類の一番の限界でありハードルではないかと自分なんかは思ったりもします。何しろ、この本によれば、人類というのは、虚構をお互いに信じ合うことで協力関係を築いてきた存在なので、「そ・こ・が」簡単には変えられないんです。さらに言えば、現代では「成長幻想」が資本主義の成立条件ですから、そこを見直そうとすれば多くの人から激しい抵抗を受けます。もし、仮に予想される最悪のシナリオが全員で沈没だったとしても、もちろん乗組員の皆さんはそんなことは信じません。

この本では、現代文明や人類の今後についても、それなりにページを割かれていますが、歴史分析に比べると、現状認識は難しいようで、いくつかの可能性の併記という形を取っています。悲観的な可能性ももちろんあるけど、いろんな可能性があって、果たしてどちらへ向かうのかはわかりません。今後の私達自身の考え方や行動に左右される部分もあるわけです。でも、逆に、あくまで客観的であろうとし、多くの本にありがちな、我田引水的な結論に導こうとしていない点はむしろ好感が持てました。

今世紀最高の必読書というのは嘘ではありません。自分的には今までこの手の本の中では「自由からの逃走」が最も印象に残った本でしたが、それを超える存在になりました。とにかく、多くの人に読んでいただきたい本です。特に文化人の方は絶対に読んでください(笑)。

9月に同じ著者の続編「ホモデウス」の翻訳本が出るようなので、 こちらの方も出たらすぐに買って読もうと思います。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ