◆ 『今夜、列車は走る(Próxima Salida)』にちなんで! ◆ (追加画像あり!)
標題の映画が,いま日本で上映中だという.アルゼンチン映画だ.ネット情報によると,東京・渋谷のユーロスペースで5月9日までの上映が,好評のため1週間延期になったらしい.大阪では4月30日に公開されており,神戸では5月10日から,名古屋では5月31日から公開予定とのことだ.この映画を観たという当ブログの複数の読者からも,アルゼンチンでの評判はどうかなどとの連絡をいただいた.原作は2004年で,すでに4年ほど経っていることから,今現在現地の人々から何らかのコメントをもらうことは容易ではないだろう.
この映画の内容紹介は下段リンクの公式ページに譲るが,物語は90年代のアルゼンチンを襲った「鉄道民営化」の嵐による悲劇を扱っている.この国アルゼンチンは,古来から鉄道網によって国を発展させてきた世界でも有数の鉄道大国であった.それが,今では見る影もないのである.この鉄道網の「分割民営化」は1991年から始まったとされているが,これによりおよそ6万人の鉄道員が失業したという.民営化の結果は,収益性の悪い路線は次々に廃線とされ,線路は放置されたままで,鉄道網はほとんど死骸と化してしまった.
当時のアルゼンチン経済は,5000%にも達したといわれるハイパーインフレを経験し,時のメネム大統領はその打開策のためにと1ドル=1ペソの固定相場制を打ち立て,一方親米的な立場から新自由主義政策を推し進めて,鉄道以外にも石油,郵便,電気,ガス,水道などを次々と民営化していった.そして規制緩和で外資を導入して「経済発展」を図ったとされている.結果はどうであっただろう.経済はたしかに一時持ち直したかに見えたが,失業率は20%にも上り,貧富の格差は広がって,通貨の固定相場制も国内の輸出産業に打撃をもたらし,そしてまた経済は悪化した.暴動が頻発し,国情も悪化して,治安も荒廃していった.
アルゼンチンに来てみて,普通のアルゼンチン人と話すと必ずこのアルゼンチン経済の話になるのだが,彼らは決して悲観的でない.そもそもこの国の経済は,およそ10年周期のアップダウンが宿命で,その原因は政策の連続性と安定性の欠如によるのだが,それも仕方がないのだという.大事なことは,今がどんな時期なのかを認識することだという.そうかもしれない.たしかに今は,かつての新自由主義の打撃から回生し,少しずつ繕い政策を積み重ねて,新しい出口を見出そうとしているように見える.それが,最近この国に「中道左派」の政権が誕生している所以でもある.アルゼンチンだけではない,中南米諸国があまねくそのような状況にある.
通貨の固定相場制はすでに廃棄されていて,国内産業の輸出熱も盛んである.鉄道網も徐々にではあるが回復されつつある.首都のブエノスアイレスと,ここ第二の都市コルドバを結ぶ鉄道路線は,いったん廃線となって長年の間線路が放置されてきたが,近年になって週2便の長距離列車の運行を開始した.また,ごく最近の話だが,この幹線路線に近く「高速新幹線」を通す話が進んでいるという.受注したのはフランスで,この話を詰めるためにクリスチーナ大統領は過日フランスを訪問した.このプロジェクトに,普通のアルゼンチン人は,誰も反対はしないものの,約8割以上の人達が「眉をひそめている」のも面白い.
アルゼンチン鉄道の現状はどんなものかと,過日の休日,コルドバの鉄道駅に出向いて週2便のブエノスアイレス行き列車の発車を見守ることにした.水曜日と日曜日に運航されている夜行で,寝台車,食道車付きの8両編成,約700kmの道のりを何と15時間かけて走るのだ.きっと線路の保守が悪いためだろう.よくあることかどうかわからないが,しばしば途中で立ち往生して止まってしまうのだという.だから,ビジネス客は絶対に利用しない.ほとんどが若いツーリストか,旅程を急がない地元の家族ずれなどが乗客である.一般市民の中には,この長距離鉄道が運行されていること自体を知らない人たちが多くいるのに驚かされる.鉄道は,もう昔の夢物語だと思い込んでしまっているらしい.
よそ者ながら私は,一度はぜひこの鉄道に乗ってみたいと思っている.日本の旅行者に馴染みの『地球の歩き方』のどこにも紹介はないし,また当地の関係者や普段付き合いのあるアルゼンチン人の誰もが勧めないこの列車の旅に,私はある夢を感じている.まだ3年ほど先になるという「新幹線」の開通以前の,この在来線(?)の列車の旅に,変わりゆくアルゼンチンの過去と現在の苦悩の姿が感じ取れるのではないかという思いがあるからだ.以下には,コルドバ駅にて撮影したこの列車の発車情景のスナップを掲載しておこう.週にたった2回だけ賑わう,廃墟同然の,かつての威厳を残す鉄道駅の風景である.
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【週2便の長距離列車が出発】 |
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【線路は古いが車両はまあまあ!】 |
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【長距離列車の改札風景】 |
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【長距離列車は全部で8両編成】 |
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【ホームから乗客を見送る人たち】 |
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【近距離線を牽引するディーゼル機関車】 |
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【列車を見送ったさびしげな駅員】 |
● 追加画像 (以下は,次の日曜日に再び撮影に赴いたときのものである.)
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【コルドバ駅の全景】 |
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【コルドバ駅の構内】 |
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【列車は定刻に発車】 |
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【一路ブエノスアイレスへ】 |
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【牽引するディーゼル機関車】 |
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【これから15時間の旅へ】 |
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【再度,コルドバ駅の全景】 |
<参考LINK>
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今夜、列車は走る-Próxima Salida(日本公式サイト)
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Ferrocentral S.A.-フェロセントラル(アルゼンチン公式サイト)
(2008/05/11,アルゼンチン・コルドバ市の自宅にて,筆者)