上原正稔日記

ドキュメンタリー作家の上原正稔(しょうねん)が綴る日記です。
この日記はドキュメンタリーでフィクションではありません。

暗闇から生還したウチナーンチュ 24

2013-05-04 09:05:28 | 暗闇から生還したウチナーンチュ

カンパのお願い 

5月30日に結審があります。 

徳永弁護士も手弁当で支援して下さっていますが、 

打ち合わせ等をするにも交通費等の出費を無視できません。 

カンパは支援している三善会にお願いします。 

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ゆうちょ銀行からの振込の場合 
【金融機関】 ゆうちょ銀行
【口座番号】 記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】  サンゼンカイ
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ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合 
【金融機関】 ゆうちょ銀行
【店  名】  七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】  708
【口座番号】 普通:1034797
【名  義】  サンゼンカイ 


前回の続き

~轟の壕編~ 18

 あの恐ろしい轟の壕から救出された住民は水や食事を与えられ、アメリカ軍の医療班が直ちに応急手当を施した。玉城朝子さんは負傷者たちの間を歩き、一人ひとりに声を掛けた。「大変だったね。もう大丈夫よ」。だが、その言葉を覚えている者はいない。みんな、ほとんど放心していたからだ。
 重傷患者は応急手当を受けると、すぐにトラックに乗せられ、アメリカ軍の病院施設に送られた。まだ身動きのとれる負傷者はしばらく現場に残された。日本語将校のジェーファソンは残っていた住民、に尋ねた。「日本兵はまだ壕にいるのですか」「いる、いる、沢山残っている」と住民は叫んだ。みんな知らなかったのだ。大塚軍曹の一隊は住民に紛れて、投降していたのだ。
 ジェーファソンは言った。「日本兵を殺しますか、生かしますか」「クルセー、クルセー」(殺せ、殺せ)。壕の中であれほどイジメられていた住民の怒りが爆発したのだ。ジェーファソンは爆破班に告げた。「住民はこの壕を爆破して日本兵を殺せ、と言っている」。爆破班は強力な爆薬を壕のあちこちに設置して、スイッチを押した。ドカーン。轟然と爆音は響き、黒煙が空高く舞い上がった。
 トラックに乗っていた住民の多くがその黒煙がモクモク上がるのを目撃した。皆「ヤッター」と思った。あの日本兵に対する恨みは黒煙と共に空高く上がった。黒煙はやがて消えていったが、住民の恨みは心の底に残った。
 二〇〇七年一月十日、玉城朝子さんはハワイで亡くなった。息子の治さんは家族と一緒に告別式に参列した。朝子さんの友人たち八十人が教会に集まり、しめやかに告別式が進められた。治さんが謝辞を述べた。治さんは心から母を愛し、尊敬していた。母の子として生まれたことを心から感謝した。
 朝子さんは敬虔なクリスチャンだった。筆者は後日、治さんから告別式の案内状を見せてもらった。その表紙には「神はあなたの全ての悲しみの涙を洗い流して下さる」と書かれていた。案内状を開くと、朝子さんが一番愛した聖書の一節が記されていた。
 筆者は驚いた。それは筆者が唯一知っている旧約聖書の伝道の書の一節だった。詩や文学や宗教と全く縁のない筆者が感動した言葉だ。それは、紀元前十世紀、戦争に連戦連勝し、この世の富と栄華を極め、最後に戦争に敗れ、全てを失い、ひとり荒野に立ち、「全ては虚無だ」と叫んだソロモン王が残した言葉だった。案内状は次のように記されていた。
 ─天の下、神が与えた全てのことには、季節があり、時がある。生まれる時、死ぬ時。種を植える時、実を獲る時。嘆く時、踊る時。抱く時、抱くのを控える時。石を投げる時、石を拾う時。殺す時、癒す時。…愛する時、憎む時。戦争の時、平和の時ー
 筆者が覚えているのはここまでだった。だが、朝子さんは一つの言葉を付け加えた。「神は全てのものを美しくして下さった」。筆者は唸った。ここでは触れないが、朝子さんは波乱万丈の人生を送った人だ。彼女はこの世の全てを受け入れ、苦しいことも、戦争さえも、恨むことなく、この世を去った。だからこそ、戦争の時、自分の全てを捨てて、轟の壕の住民を救えたのだ。そして、それを誰に語ることもなかった。
 朝子さんは正に神に召された天女だった。ジュイムズ・ジェーファソン、宮城嗣吉、そして玉城朝子の三人は轟の壕から四百九十一人(注※)の住民を救出した。彼らに共通するのは「人が人として当然のことを行っただけだ」と言っていることだ。それがいつの時代も最も困難なことなのだ。(※注 アメリカ軍の記録には四百九十一人という数字もあれば、六百人という数字もある。だが、何人が轟の壕の内と外で死んだのか、誰も知らない)

(おわり)

 

 

 


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