よきおとづれ  

メッセージは榎本和義牧師

2月29日(月)の聖言

2016年02月29日 | Weblog

「これにより、人々は今日もなお『主の山に備えあり』と言う。」創世記22:14b

 アブラハムは愛子イサクを主の山で犠牲としてささげよと命じられました。神様からの厳しい試練です。そのとき、彼は間髪を入れず、瞬時に全く従いました。自分の子を失うことをも恐れず、神様に信頼したのです。いよいよイサクを殺そうとしたとき、主は止めて、アブラハムの信頼を認め、喜んだのです。イサクに代えて子羊を備えてくださいました。主は実に愛と恵みに満ちた方、命を懸けて信頼してください。(KE)

 

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2月28日(日)の聖言

2016年02月28日 | Weblog

「ラバンとベトエルは答えて言った、『この事は主から出たことですから、わたしどもはあなたによしあしを言うことができません』。」創世記24:50

 アブラハムは息子イサクの嫁を探すためにしもべを遣わしました。ラバンの娘リベカに求婚したときの言葉です。人は何かを決断するとき、そうなるべき根拠があります。多くの情報から推測し、計算し、予想を立てて一つの選択と決断をします。ラバンの決断は「主から出たこと」と信じたのです。まさに信仰によるものです。(KE)

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2月27日(土)の聖言

2016年02月27日 | Weblog

 

「モーセは民に言った、『あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい』。」出エジプト14:13

 モーセに導かれた神の民はエジプトを出てカナンへ向かいました。ところが、紅海に直面しエジプトの軍隊が追い迫ったのです。モーセの祈りに神様が答えてくださいました。海に道を設けられた神様は今日もあなたの救い主です。主がどんな救いを見せてくださるか、大いに期待して待ち望みましょう。(KE)

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2月26日(金)の聖言

2016年02月26日 | Weblog

「彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、『あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい』。」ヨハネ8:7

 人々は罪を犯した女の人をイエス様のところへ連れてきました。イエス様がどのように律法に従うか試そうとしたのです。この言葉はそのときの答えです。これは思いがけない言葉でした。人が義を主張するとき自分自身を問題にしようとしません。律法と言う建前の陰に自分を隠すとき人は偽善者になります。絶えず、自分を問う者となりましょう。(KE)

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2月25日(木)の聖言

2016年02月25日 | Weblog

「主はこう言われる、『あなたがたはわかれ道に立って、よく見、いにしえの道につき、良い道がどれかを尋ねて、その道に歩み、そしてあなたがたの魂のために、安息を得よ』。」エレミヤ6:16

 私たちは絶えず選択と決断が求められます。そのとき、何を大切にして選択し、決断するでしょうか。利益、名誉、快楽、欲得など、いろんな思いが行きかいます。しかし、あなたの魂が平安で安息を得られるかどうか、これが何よりも大切なことです。今日も魂の安息を求めてください。(KE)

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2月24日(水)の聖言

2016年02月24日 | Weblog

「しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、『しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない』と言われた。」マタイ14:27

 逆風に阻まれガリラヤ湖で行き悩んでいた弟子たちにイエス様が近づいて声をかけられたのです。弟子たちはどんなにか力づけられたことでしょう。しかし、これは昔物語ではありません。今、あなたは嵐の中で途方にくれていますか。主はそこに立っています。人の言葉や慰めではなく、主はあなたに言われます。「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」と。(KE)

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2月23日(火)の聖言

2016年02月23日 | Weblog

「あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました。」ヨハネ17:18

 十字架にかかられる前に、イエス様が祈った祈りです。イエス様は神の御子で、父なる神様のご計画に従ってこの世に来てくださいました。それと同様に、救いを受けた私たちは、今、この世に「つかわされた」者となっています。私たちの使命は自分の利益や名誉、欲得のためではなく、遣わした方、神様の御心を行うことです。徹底して遣わされた者となりましょう。(KE)

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2月22日(月)の聖言

2016年02月22日 | Weblog

「そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。」第二コリント5:15

 イエス様の救いとは私たちの生きる目的が変わることです。イエス様を知らないときは、自分のために、自分の夢を実現するために生きていました。しかし、救われた今は「彼」のため、キリストのために生きる者となったのです。イエス様が何を喜ばれるか、求めておられるか、一心にそれを追い求めて生きるのです。(KE)

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2月21日(日)の聖言

2016年02月21日 | Weblog

「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。」エレミヤ29:11a

 自分の事はなんでも自分でしようと考えます。一日の予定も自分でたてます。しかし、現実には考えたように、思ったように進みません。そのため苛立ったり、焦ったり、失望します。時には思い通りに行かないため、周囲の人に八つ当たりします。計画通りに行かないのは当然です。神様があなたのために計画し、備えて下さるからです。自分の計画を白紙にして神様の導きに委ねましょう。(KE)

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2月20日(土)の聖言

2016年02月21日 | Weblog

「わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。」ヨハネ10:14

 イエス様はご自分を羊飼いとし、私たちを羊にたとえて両者の関係を語っています。羊は飼う人がいなければ、命を全うすることが出来ません。悪い飼い主に飼われると悲惨です。主は「よい羊飼い」だと言われます。この方に、養われ、守られ、導かれる羊はまことに幸いです。羊はまたその飼い主を知っています。私たちも従順な羊となって、飼い主であるイエス様に従いましょう。(KE)

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2月19日(金)の聖言

2016年02月19日 | Weblog

「復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである。」マタイ22:30

 この世の生涯が終わると、その後どのようになるのか、死後のことは分かりません。そこから来た人は居ないからです。ただ、イエス様は死んでよみがえられた方です。死後についていくつか示唆しておられます。肉体を持つ人は必ず死を迎えますが、それで全てが終わるのではなく、やがて霊のからだを与えられ、御使のように神様に仕える永遠の存在となるのです。(KE)

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2月18日(木)の聖言

2016年02月18日 | Weblog

「なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。」第二コリント4:17

 人生は苦しみ、悩みなどの満ちたところです。それらをなんとか避けたいと願います。しかし、どんなことをしても逃れることはできません。それは神様が私たちを恵もうとしておられるからです。嫌なもの、マイナスのものとしてではなく、自分のために備えられた神様からの賜物として負うとき、それは軽いものとなり、やがて大いなる報いを受けます。(KE)

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2月17日(水)の聖言

2016年02月17日 | Weblog

「わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて、わが定めに歩ませ、わがおきてを守ってこれを行わせる。」エゼキエル36:27

 神様の定め、おきてに従うことが人の命です。しかし、人の力ではそれを行うことができません。それゆえ、神様はイエス様をこの世におくり、神様のみ旨に従う力、命としてくださいました。今、イエス様はキリストの霊として私たちに宿って下さいます。この霊はみことばを通して魂に届けられるのです。心と思いを神様に向けて、キリストの霊に導かれて生きましょう。(KE)

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2月16日(火)の聖言

2016年02月16日 | Weblog

「あなたがたが新たに生れたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変ることのない生ける御言によったのである。」第一ペテロ1:23

 「生まれ変わってやり直したい」と人は言います。しかし、実際には不可能です。唯、それが出来る道が一つあります。この世の生き方、自分の感情や情欲に従った生き方をやめて聖書の言葉を信じて、聖書の中に生きるのです。困難に思われますが、まず身近な一つのみことばに賭けて生きてみて下さい。新しい世界が開けます。(KE)

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2月15日(月)の聖言

2016年02月15日 | Weblog

「わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」ルカ5:32

 世間では少しでも善い人、取り柄のある人が尊ばれ選ばれます。しかし、イエス様は罪人を招いてくださるのです。ただし、「罪人」とは世で言う犯罪者ではなく、自分は罪なる人間であると自ら自覚する人のことです。世の人から賞賛されるかどうかは関係ありません。わがままで、自己中心、神をも恐れない自分を知り、なんとか変わりたいと願う人のために来られたのです。(KE)

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十字架のイエス・キリスト

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