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心の指揮官、北陽・松岡監督と函館有斗・上野監督 (なにわのヒバゴン)
2008-12-31 02:05:37
こーじ さん

大晦日です。40代になって1年1年が早く感じられませんか?夏の甲子園もやがて三桁の大会回数になっていきますし、年は取りたくないものです

北陽は関大北陽に、函館有斗も函館大有斗に現在は校名が変わってますよね。松岡、上野の両名将も退任されてかなり年数が経ったように思います

函館有斗OBで元オリックスの佐藤義則が「僕らの代はあと一歩で夢破れたけど、後輩がすぐ初の甲子園を決めてくれた。在学中も強かったと思う」と語ってました。73年春は前原を下して初勝利、74年春夏はいずれも初戦敗退でしたが、北海道の新鋭校として注目を集めましたよね

北陽との試合では肩痛を抱えながら渡辺投手が好投。打線の援護がなく敗れましたが、延長にまで持ち込む大健闘。前年春は北海道、東北勢すべて近畿勢を下して初戦突破。この春は4校とも枕を並べて初戦負けしましたが、札幌商を除いては良い戦いを見せたと思います。そう考えると雪国のハンディもあまり見られなくなってきていたのかも‥

しかし函館有斗は暫く甲子園から遠ざかるんですよね。次は81年夏の登場になるのですが、夏の1勝が遠くて遠くて‥。97年に宇和島東を下したのが唯一夏の勝ち星。それでも春4勝6敗はまずまずじゃないでしょうか。88年春、函館有斗×柳川を観戦しました。有斗がよく打ちましたよね。宇和島東も夏は今一つです

北陽については次回コメントさせて頂きます。♪みなぎる水の大淀川の~流れも清く曳くところ~ ※校歌は変わってるかも。。☆
 
 
 
まったく その通りです (こーじ)
2008-12-31 22:38:56
>なにわのヒバゴン様
 30代の時も早いなとは思いましたが、40代になると
拍車がかかってますよ。
 だから最近の甲子園の記憶は曖昧になりやすい。

 函館有斗は春の方が強いというイメージですね。
 夏は97年のみでしたっけ。
 88年春の柳川戦は、ヒット数は柳川の方が多かったのに完勝しましたからね。
‘応援団の数とヒット数は柳川が上ですが、スコアは
6-0で函館有斗がリード’と最終回を迎えた時点で
アナウンサーが言ってました。
 
 
 
明けましておめでとうございます。今年も色々と宜しくお願い申し上げます。 (なにわのヒバゴン)
2009-01-01 03:00:08
こーじ さん

私は阪神ファンでもあるのですが、今季の退団者のリストに正田(桐生一の優勝投手)と山田(上宮のエースで選抜ベスト4)の名前がありました。結果がすべてのプロの世界は改めて厳しいものだと思い知らされますよね

柳川と函館有斗は、安打数と応援団の数で柳川が上回っていたのですね。確かにそうかもしれません。私は去年春の開会式と初日の試合を観たのですが、第一試合の駒大岩見沢×成章戦は一塁側アルプスはまばらなのに、三塁側は超満員。成章は愛知県の田原市ですからさほど遠くはないので満員には驚かないのですが、やはり北海道からはなかなか応援団も大人数で駆け付けられないのだな‥と遠方チームの大変さをかいま知る思いでした。試合の予想では駒岩がやや有利かな?と思ったのですが、成章の地響きするような大応援が選手にも勇気を与え、21世紀枠の同校が常連の駒岩に競り勝ったのです。やはり応援というのは選手、チームに持っている力以上のものを発揮させる素晴らしい効果があるのだと。。つくづくそう感じましたね

さて76年春、北陽は苦戦しながらも初戦を突破しました。同校のイメージとして「サヨナラ負けの名勝負が多い」が私の中にはあります

70年春・決勝の箕島(島本サヨナラ安打)、81年夏・名古屋電気(延長12回、中村サヨナラ弾)、90年春・準決勝の新田(延長17回、池田サヨナラ弾)、94年夏・仙台育英にも。。。いずれも惜しい~!試合ばかりですね。しかし新田戦はあの17回裏にホームランが飛び出すのでは‥と予感めいたものがありました。ミラクル新田は大会で7本塁打を放ち準優勝。一色監督と松岡監督の四国出身同士の戦いでしたが、敗れた松岡さんはそれが甲子園でのラストゲーム。思えば尾藤箕島を相手に優勝まであと一人‥としながら追い付かれ大旗を逸して20年。大阪万博の春に泣いて、大阪花博の春が最終ゲーム。何か時間の巡り合わせのような気もしますね

サヨナラ勝ちの北陽では同じ90年春の初戦、帝京を下したのが印象的です。ちょうど10年前に伊東で帝京が初勝利したのが北陽戦でしたからね。その初勝利から帝京は2度の春準優勝と前年夏、吉岡で悲願の全国制覇。帝京と北陽の差は一気に開いていきましたから、やっと巡って来た雪辱の舞台で10年越しのリベンジと夏春連覇を阻止したことで、私は大変嬉しかったのを思い出しますね‥☆かつてサッカーでも帝京と北陽は名勝負を何度も繰り広げました~
 
 
 
なるほど (こーじ)
2009-01-02 00:46:21
>なにわのヒバゴン様
 そういえば北陽はサヨナラ負け多いですね。
 名勝負が多いというイメージですが・・・・
 
 名電戦は吉岡を早々とリリーフした高木が工藤と投げ合っての名勝負。
 同点の場面はセンター前ヒットで2塁ランナーが3塁で止まったものの、悪送球でホームインというイメージがあります。

 万博でデビューして万博で終わったというのも歴史の皮肉ですか。
 90年の新田戦は私も‘新田にサヨナラHRが出るのでは?’と思ってました。
 そういえば帝京の甲子園初勝利が北陽戦でしたね。
 まさか完封されるとは思いませんでしたが、この年は春は伊東昭光に夏は荒木大輔にと後のスワローズの投手からやられたのですね。
 
 
 
江川に工藤に伊東に荒木に抑え込まれた北陽高校。いわば名脇役ですね (なにわのヒバゴン)
2009-01-02 18:53:44
こーじ さん

長年、甲子園で解説していた(今は?)松岡さんはピンチでランナーを背負った投手に「インコース高めにまっすぐを~!」と連呼していました。それはご自身が70年春決勝、箕島に土壇場で同点にされた場面(外角カーブを流し打たれた)が頭から離れないことからの哲学なのだそうですね

松井が5打席連続敬遠された場面でも松岡さんは「勝負してくれ‥そんなのは四国の野球と違う。。」と祈るような声で解説されていました。北陽は松岡さんのあと新納監督で何度か甲子園に出場しましたが、やや苦戦しています。計14回出場の名門校が関大北陽になった今、再び甲子園の上位に食い込んでくる日を期待したいものですね

73年江川の豪球はリアルタイムで見ていないので想像の域を越えられませんが、工藤公康のカーブの落差は驚愕の一語でした。あんな球はイチローや松井、福留くらいしか対応できないのでは。吉岡からロングリリーフした高木も工藤に負けじと好投しましたが、北陽が勝てる雰囲気はしなかったです。セ・リーグ?審判の中村稔の名前を見るにつけ、私はあの悔しさが蘇ってきます。春の強豪・名電はその大会ベスト4のあと夏は1勝したのみ。05年の清峰戦は春王者らしからぬ拙攻の連続でしたよね

カリスマ監督といえば済美の上甲さんもその一人。ただ気になるのが、宇和島東で初出場初優勝(厳密には前年夏が初陣)したあと思うほど勝ち星を伸ばせなかった。済美でも同じような尻すぼみにならなければいいのですが‥。昨年夏に智弁和歌山・高嶋監督との名将対決に屈しましたが、「やればできるは魔法の合言葉~」の校歌を何度も鳴り響かせて欲しい‥。名門、強豪ひしめく愛媛は本当に高校野球のテイストが濃い土地柄ですよね☆
 
 
 
北陽は、いいキャラですよ (こーじ)
2009-01-02 23:37:27
>なにわのヒバゴン様
 73年の江川は凄かったですよ。
 江川がモーションに入ると場内がシーンとなってましたからね。
 その江川に対し北陽が取った作戦は‘回転数の速い球ほど当てたら飛ぶからホームラン狙い’というものですから、よほど打撃に自信があったのでしょう。
 夏はベスト8に入ってますから、実力もあったわけですのでね。

 工藤のカーブは県予選が終わって遊びの中で会得したらしいのです。
 初戦の長崎西戦前の予想では「強打の名電に対し、
制球に難がある工藤の球をじっくり見極めてランナーを出して機動力を使って揺さぶれば面白い」でした。
 つまり名電の前評判は工藤はむしろウィークポイントで、強打が看板のチームでした。

 上甲さんについては宇和島出身の方から情報が入ってまして‘彼は1枚エース主義者だから、春は勝てても
夏は厳しい’との事でしたよ。
 言われてみれば、88春は小川が1人で投げてましたし
04年春も福井が1人で投げてましたよね。

 
 
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