悪魔の囁き

少年時代の友達と楽しかった遊び。青春時代の苦い思い出。社会人になっての挫折。現代のどん底からはいあがる波乱万丈物語です。

第二部【悪魔の囁き】

2018-06-11 10:14:44 | 日記
第二話【魔物】

今年も平年通り、7月末に梅雨が上がった。
芝生の間からつくしが頭を出すと、あっという間に15Cmほどに伸びた。
子供の頃田んぼの畦道や畠山でつくしを摘んで、家に持って帰った。
かぁちゃんに佃煮にしてもらって食べると、美味しかった。
「かぁちゃん、つくし摘んてきたよ」
「ぜいぶんと採ってきたねぇ~」
「うん。今年も、いっぱい出てきているよ」
「そうかい」
「また、佃煮にしてよ」
「キミオたちが食べやすいように、甘くして置くからね」
「うん」
スギナだと花が咲くこともなく、芝生の隙間から無駄に伸びて来るだけだった。

周りの農家から比べると、猫の額ほど狭くなくない犬の額ぐらいの広さの庭だった。
雨に濡れて美しく咲いていた紫陽花が醜く茶色にシワ枯れて散った花びらが、芝生の上に落ちていた。
梅雨の終わりに小さな竜巻に追われて庭に散り、景観に芸術性がなくなった。
壁にぶつかり、庭の隅々に追いやられ山となって固まっていた。
直射日光で頭が暑く成らない内に得意先コンペに出場して、ブービー賞でもらったゴルフ帽を被りスギナを抜き取っていた。
今週土曜日と日曜日の2日の休みで庭の草取りをする事にした。
狭い庭だったので電動芝刈り機を使わずに汗を流しながら、伸びた芝生も草刈鋏で短く1cmほどに刈っていた。
午前9時から始めて壁面から中央まで刈っていると、11時近くになった。
東京にいた時に草刈などやった事がなかったので、慣れないせいか右指の5本の関節や手の平が痛み出し“グー・チョキ・パァー”が出しにくくなった。
「いゃぁ~ いてえやぁ~ 指が動かねぇなぁ~」
“い、ててててて”
「これじゃ~ ハンドルが握れないなぁ」
“こりゃ、だめだぁ~”
「あまり根を詰めすぎて来週からの仕事に支障が出るか」
と運転が出来なくなるのも困るので、一時中断した。
「あいゃぁ~ 腰が痛いやぁ~」と両方の拳で叩いた。
“はぁ~”とため息をついた。
「腿もパンパンになったなぁ」と手のひらで揉んだ。
「取り敢えず冷たいのもでも飲むか」
と“ギラギラ”照らす太陽を右手でひさしを作り見上げた。
「まぁ、一息入れるか」とリビングに入った。
冷蔵庫で“ギンギン”に冷やしたキリンラガービールロング缶を1本出した。
指でふたを開けると痛いので、10円玉で開けた。
“ブシュ~パシュ~”
「ゴックン ゴックン ゴックン」と喉に通した。
「まぃぅ~♪」と両目を固くつむり顔をクシャクシャにした。
一気に、胃に流れ込んだ。
“はぁ~”
「疲労回復はこれが1番だな」とこの世の極楽を感じた。

缶ビールを持って、外に出てテラスに座り30分休憩した。
「よっしゃ。やるかぁ」
雑草取りと芝刈りを開始した。
気分転換で、刈り残した庭の真ん中から刈っていた。
“ぶぅんギュ~ ぶぅんギュ~ ~ぶぅん~ギュ~”
異様な音が頭の上から聞こえてきた。
――!?――
頭の上で耳障りの悪い発泡スチロールを、ガラスに擦る甲羽音が聞こえてきた。
「なんだろう」と白目を向いて、顔を上げた。
どこから来たのか5cm近い大型で黄色と黒の横縞がはっきり出た、スズメバチが1匹頭上で浮いていた。
静止した格好で、尖った長い針を下に向けデカイ目で私を見下ろしていた。

前にも1度、地質調査で作業道を測量しながら山で伐採をしていた。
300メートル終わると、移動で山道を私が先頭に立ち4人で歩いていた。
すると、右側の大木の根元近くの穴にスズメバチの巣があった。
「こんなところに、ハチの巣がある」と止まって見ていた。
巣穴の出一口で、巣を守る番兵みたいな蜂が1匹私を睨め付けいた。
「早く此処から立ち去れ。さもないと刺すぞ」
と言っているような羽を震わせ、威嚇して今にも飛び出す構えでいた。
長居するのも怖くスズメ蜂の動きを警戒して、ゆっくりと歩き出した。
動いたと同時に縦に4人で歩いていた、先頭の私の顔を目掛けて一直線に飛び出し、物凄いスピードで襲い掛って来た。
私はビックリして咄嗟に鉈を顔の前に持っていった。
タイミンよく、まぐれでスズメバチが鉈の腹に当たった。
運良く受けとめると“コツン”と渇いた欄干を叩いた音がした。
スズメバチは下に落ちずに反転して巣に戻って行った。
若しかしたら鉈に当たった時に針を折ったのか、巣の入り口で動かなくなりこちらを覗うだけで、二度と攻撃して来ることはなかった。
「早くいけよ」と同僚の高柳が私の頭を小突いた。
「やたらと人の頭を触るんじゃねぇよ」
「うるせぇな。早く行けってんだよ」
「何コノヤロー」
「なんだ。やるのか」
「やってやろじゃねぇかぁ」と睨み合った。
「喧嘩なんかしていないで、早く先に行きなよ」と坂本隊長が仲裁した。
これで済んだのは他のスズメバチが出払っていたのか?巣立ちして空だったのか解からないが、刺されずに済んで助かった。

このような事が思い返され、あの時の恐怖が私の記憶に浮かび上がった。
「動いたら、間違いなく刺されるな」とゆっくりと立ち上がった。
お互いに、息を殺して睨み合う形となった。

目と目の合間が60cmほどになった。
羽音と共に目玉が大きく飛び出して来たような気がした。
刺される恐ろしさにスズメバチがセミ程の大きさに見えて来た。
余り恐怖を感じると自分が誰だか解らなくなり、震えも無ければ脂汗も掻かず、息を吸うのを忘れて直立不動で立っていた。
1分間も睨み合はしていないと思うが無言で見合っていると、とても長く感じた。
“ニャ”
スズメバチは不敵に笑ったような気がした。
反転して西側の裏山の竹藪に向かって飛び去って行った。
私の家を建てた和田大工の持ち裏山にタケノコ掘りを行った時は、巣もなければ飛んでいるスズメバチもいなかった。
ついでに山を頂上に登り、飛び去って行ったゴルフ場を眺めた。
「あっちから飛んできたのかなぁ」
・・・!?・・・
「ゴルフをやっていてスズメバチが飛んで来た事は、1度もなかったなぁ~」
・・・!?・・・
「違うか」
・・・!?・・・
「だとすると、どこから来たのだろう」
・・・!?・・・
「アマガエルは其処らに一杯いるけど、食わないだろうし」
・・・!?・・・
「筍しか出てこないのになぁ~」
・・・!?・・・
「農家の庭に生っている柿を食いに来ることもないだろう」
・・・!?・・・
「しかしこんな処に、何しに来たのだろう」
と考えると不気味さと共に、嫌な気持ちが込み上げて来た。
「若しかしたら家のどこかにスズメバチの巣を作られたかもしれない」
と家の裏表を回って隅から隅まで確認した。
樽築きりの屋根の下にクモの巣が張っていて、瓦の間に雀が巣を作っているだけで、蜂の巣はなかった。

静岡県での地質調査では、みかん畑とお茶畑の中を通る事になった。
現場は地図に棒線が一本引いてあるだけで、図面計画通りに調査するしかなかった。
茶畑の中に一本100グラムを0,5グラムに分けたダイナマイトを埋めた。
電話線を張る時は爆発させた時に電話線が切れないように、調査場から1メートロは離れて張っていた。
爆発させて振動試験をする震度計ピックを地面に刺すときは、5メートル間隔で埋めたダイナマイトの近くに刺さなければならなかった。
茶畑の上に置くとコードが足りなくなった。
何とか下に通そうとすると張り巡らされた木の枝に阻まれて通す事ができなかった。
仕方なく予定の茶畑の中より2メートルほど通路にずらしてピックを刺した。
振動させるダイナマイトは線上だったので、穴を出来るだけ深く掘った。
1メートル近く掘っても何回も爆破させると穴が大きくなった。

土地の持ち主には承諾を受けていた。
「こんにちは」と下請けの持田課長が農家に挨拶に行った。
「はい」とおやじさんだ出た。
「地質調査で、お茶畠でダイナマイトを爆発させますので、ご了解の程宜しくお願いします」
「なんの調査だい」
「新幹線の調査です」
「何日間やるんだい」
「1週間の予定です」
「そう。余り畑を荒らさないでよな」
「はい。ダイナマイトは深く埋めて少量でやりますので、お茶畠やみかん畑には損害を与えることはありません」
「なら、いいけど・・・」
「じゃぁ、よろしくお願いします」
「わかったよ」

「ここは、畑の真ん中を通るな」と坂本隊長が言った。
「どうするか」と平田本部担当が言った。
「通路に寄せて爆破するか」と猿渡さんが言った。
「可也、遠回りになりますよ」と私が言った。
「そうすると振動がズレテしまい、正確なデイターが取れませんよ」
と、平田本部担当が言った。
「それじゃぁ~ 元請に出せないなぁ」と坂本隊長が言った。
「出しても、もう一度やり直せと言われますよ」と猿渡さんが言った。
「それなら畑の根元から離して埋めましょうか」と高柳が言った。
「そうするか」と平田本部担当が言った。
「中くん。電通コードはダイナマイトから1メールと位離して、ピクは50cmところで刺して」と坂本隊長が言った。
「はい<」
「高柳くんと猿渡くんはダイナマイトを少量にして、1メートル以上穴を掘って埋めろよな」
「はい<<」
「平田くん。遠隔は、池でやってなぁ」
「分かった」
派手好きの高柳はダイナマイトを深く埋めず、大爆音で爆破させた。
「セット。1・2・3」
「爆破――」
“\ボーン/”
大爆音だった。
「気持いい~」
「高柳くん。音が大きいよ。もっと深く埋めろよ」・坂本
「埋めましたよ」と嘘をついた。
移動するたびの、何度も何度も大音響で爆破させていた。
「何で、うらの畑ばかりに爆破させるんだ」
と見ていたお茶畑のオヤジさんが顔を真っ赤にして、怒られた。
「バカヤロー<L――」
私は移動しながらみかん畑で作業機械を手に持ち、リックサックにはオヤジなんに見つからないように、みかんを詰め込んでいた。
みかん畑で待機していると、おじさんが来た。
「ご苦労さん」と笑ってみかんを1個くれた。
「ありがとうございます」と礼を言ったが・・・
リックサックにはみかんが詰まっているので、後ろめたい気持ちと、
「見つかったのかなぁ~」と疑心暗鬼で複雑な気持ちだった。
その日はPM5時に終了して、旅館に帰った。
盗み取ったみかんを数えていると、高柳が入ってきた。
「そのみかん。俺にもくれるんだろ」
「何言ってんだよ。欲しけりゃ自分で盗りなと言ったのは、あんただろう」
「なに――」
「文句あるのかよ」
「覚えていろよ」と捨てゼリフを吐いて出て行った。

前日6時に帰ると高柳が遅れて、7時に帰って来た。
左手で赤まむしの死骸持っていた。
「これで、マムシ酒を造るんだ」と喜んで言った。
「すごいなぁ~ どぅやって捕まえたの」と私が聞いた。
「池の周りを歩いていたら、何か踏んだな?と思って見たらマムシだったんだよ」
「見てみな。ブーツにマムシの牙が付いているよ」とブーツの足首に2本食い込んでいた。
「ホントだ」
「ブーツを履いていて良かったよ」
「運がいいなぁ~」と私が言った。
「欲しければ、自分捕りな」と鼻で笑った。
東京に帰ってから一升瓶に入れて焼酎漬けにしたが、死んでいたので1週間足らずで腐った。

東京帰り辞めたイースト㈱会社に、みかんをお土産で持って行った。
「こんちわ」と日曜日に麻布店の宿直室を覗いた。
「おっ、中か」と松永が言った。
「久しぶり」
「どうしたの」
「仕事帰りの、お土産があるんで持ってきたんだよ」
「何・・・」
「静岡のみかんだよ」
「ありがとう」
「明日、みんなで食べてよ」
「分かった」
「そんじゃじゃ、またな」
「これからどこに行くの」
「新橋の場外だよ」
「馬券を買いに行くのか」
「そう」
「相変わらず好きだな」
「仕事で地方に出っぱなしだと、楽しみは東京に帰って競馬をやることだよ」
「なんだよ。ここにいた時と変わらないじゃない」
「そうだな」
「今度飲みに行こうぜ」
「いいねぇ~ その時は電話するよ」
「じゃぁ、待っているよ」

静岡県は赤まむしが多く、池の周りにとぐろを巻いていた。
夕方になるとカエルを狙って、動き出した。
「中。マムシ酒作るから、獲りに行こうぜ」と高柳が言った。
「そうだな」と、日曜日に行った。
「どこに行く」
「畑の中だと持ち主に怒られるから、田んぼの畦道に行こう」
「そうするか」
爆破現場からら離れた、田んぼに行った。
1メートほどの二股に分かれた枝を拾い、雑草をかき分けていた。
「足元に気を付けて探せよ」と私が言った。
「ブーツを履いているから大丈夫だよ」
20分ぐらい探していると、田んぼの中からマムシが喉元を膨らませて出てきた。
「おっ 居た イタ 」と高柳が見つけた。
「二股で首を挟めよ」
「よし、どうだ。捕まえたぞ」
苦しみながら、マムシは胴体をくねられて暴れていた。
「マムシにしては、長くない」
「そうだな。マムシだと、長くても50cmぐらいだろう」
「だろう。それに色も違うな」
「そう言えば赤みが無いな」
「これ、青大将じゃねぇ」
捕まえたマムシは、1メートルはあった。
「そうもしれないな」
「カエルを飲み込んだばかりだから、喉が膨らんでいるよ」
「どうする」
「殺すのも可哀想だから、逃がしてやれよ」
「そうするか」
二股を外すと、田んぼの中に逃げていった。
「今度は池の方に行くか」
「そうだな。昼間とぐろを巻いて居たものなぁ」
「中、反対側を探せよ」
「分かった」
「どうだい。いたか・・・」
「いや、いない。そっちはどぅだぁ」
「ダメだ――」
「もう、暗くなったから帰ろうか」
「6時か。うぅん~ 帰ろうか」
結局は捕れずに一日だけで終わった。

脚は革のブーツを履いていたので噛まれても大丈夫だった。
伐採やピックを埋めるときは軍手をはめていたが、油断をしていると噛まれた。
朝8時に現場の危険物を扱っている現地の専門店にダイナマイトを買いに行った。
表通りではなく裏道に一般の人が買いに来ないように、屋号だけ書いてあって商品説明のない看板が掛かっている店だった。
「危険物取扱証明書はお持ちですか」
「はい」と坂本隊長が見せた。
「何キロ必要ですか」
作業期日の記載された危険物取り扱い作業許可証見せた。
「雷管が50本。ダイナマイトが200本」と書いたメモを渡した。
「分かりました」
8時半に、現場に向かった。
ダイナマイトは雷管を差し込まなければ爆発することはなかった。
気楽にリックサックに詰め込んで歩いていた。
雷管は摩擦でも爆発するので木箱に入れて動かないように、しっかりと管理した。
ダイナマイトに装着するときは、ダイナマイトの先端をよく揉みほぐし、柔らかくしてから雷管を挿入した。
ダイナマイトは、夏場は出来上がりの粘土のように柔らかった。
冬になると固くなり、揉みほぐすにも時間がかかった。
大着して、手を抜くと爆発して顎の下から頭がブッ飛んだ。
慣れてくると0,5グラムのダイナマイトだと、1メートル程離れた場所で横になり、本部のアイズで・・・
――1・2・3――
“ドッカン~”と同時にスイッチを押し爆破させた。
タイミングが合わずに失敗しると、データーがズレてしまった。
「これじゃ~ ダメだな」
「やり直しかい」
「だな」
面倒でも1からやり直した。
2~3キロのダイナマイトでも、2メートルぐらい離れた木の裏に隠れて弁当を食べていた。
一日の作業が終わると、残った危険物の雷管は通電させて爆発させた。
ダイナマイトは細かく千切り焚き火で放り込むと、青白い火を出して燃えていった。
その足で、次の日の分を買っていた。

静岡県の道路公団の地質調査では、みかん畑で蜂の巣を見つけた。
測量をしながら伐採作業を始めていると、働きバチが巣穴の出入り口を警戒して囲飛び回っていた。
「こんなところに蜂の巣があるよ」
直径30cmぐらいの蜂の巣が、手の届くところの枝に下がっていた。
「まだ、蜂がいるから手を出すなよ」と場を何度も踏んでいるベテランの坂本隊長が言った。
「分かっています」と蜂の巣に近づいた。
見ていると、巣穴から働き蜂が群れで飛び出して来た。
「逃げろ~」
「だから、からかうなと言ったろぅ」と坂本隊長に怒られた。
「今回は1週間だから、また来たら捕るか」
「どぅやって、捕るんだよ」と高柳が言った。
「俺にいい考えがあるんだ」
「どんなよ」
「今度来たら分かるよ」
奥の手は教えなかった。

「こんちは」と、夕方5時に辞めた、イースト㈱会社の麻布店に行った。
「いらしゃい」と中井主任が言った。
「中さん、久しぶりですねぇ~」と上村くんが言った。
「元気でやっていている」・中井
「中さんが辞めたから、ストックコントロールもやらされていますよ」・上村
「大変だねぇ~」
「また、戻ってくればいいのに」・上村
「うぅん~・・・」
「辞めてから何年になりました」
「一年半だねぇ」
「もう、そろそろいんじゃないのですか」
「いゃぁ~ みんなに後ろ足で砂を掛ける真似して辞めたから、敷居が高すぎるよ」
「そんな事ないですよ」
「そうかなぁ」
「みんな、待っていますよ」
「ありがとう」
本音は帰りかった。
「これ、お土産」と剣菱の2本入り一升瓶を渡した。
「すいません」
「どう。仕事は・・・」と中井主任に聞かれた。
「日本中走り回っていますよ」
「そぅか。いつまでもそんな事、やっていられないだろう」
「うん。仕事がない時は家で待機しているので、結構楽なんですよ」
「そう。でも、幾つまでもやれないだろう」
「その時は、考えますよ」
「無理するなよ」
「はい>」
隅田川集荷場に自動車便配達が終わったキヨちゃんが、2階の事務所に入ってきた。
「おっ、いい酒があるじゃねぇ~ 飲もうぜぇ」
「何言ったんだよ。お客さんが持って来てくれたんだよ」と中井主任に怒られた。
「なんだ」
「酒に汚い野郎だぁ」
「それで、主任。フルフェースのヘルメットとツナギありますか」
「何に使うの」
「静岡の現場に蜂の巣があったから捕ろうと思って、買いに来たんですよ」
「蜂の子を食うのかい」
「違いますよ。蜂の巣を捕るんですよ」
「蜂の子は美味いんだぞぅ」
「へぇぇ~ 食った事がないからなぁ~」
「フライパンで炒めて食べると、酒のつまみにもなるんだよ」
「俺はゲテモノ食いじゃないからな」
「ゲテモノじゃないよ。高級料理だよ」
「ホントですか・・・」
「俺なんか長野の田舎にいる頃、よく食べたよ」
「想像しただけで、気持ちが悪くなりますよ」
「食ってみると分かるよ」
「それでも食いたくないなぁ~」

「そう。それなら、ライダーグローブも必要だろう」
「そうですね。完全武装にしないと刺されますからね」
「あと、隙間を塞ぐ為にガムテープも持って行きなよ」
「ありがとうございます」
「上村くん。持ってきて」
「はい――」
「全部でいくになりますか」
「いらないよ」
「それじゃぁ、会社が損をするじゃないですか」
「お土産のお返しだよ」
「ありがとうございます」
「それで、いつから行くの」
「明日からです」
「そう・・・」
「じぁゃ、また来ますよ」
「気を付けてなぁ」
「はい――」

「中さん、あれでいいんですかねぇ~」と上村くんが中井主任に聞いた。
「社会人としての壁にぶつかったからなぁ~」
「乗り越えたんですかね」
「どうだろう」
「辞める時も、悩んでいたようですからね」
「そのうちに自分を取り戻せば、どうしたらいいか解るだろう」
「戻って来ますかねぇ」
「自分からは言い出しにくいから、誰かが背中を押してあげれば戻って来るよ」
「そうだといいんですけどね」
「帰ってくる時は、一回り大きくなっているかもしれないよ」
「期待したいですね」
「上村くんは、中とはよく飲みに行っていたんだろう」
「そうですねぇ。僕は後輩でしたので奢ってもらいましたよ」
「あいつは、そう言うところがあるから年下には好かれるけど、年配者とか同輩には妬まれるところがあったんだよ」
「人が良すぎましたよね」
「嫌なら嫌だと言えないから、いいように利用されたからな」
「本当ですよね」
「そう言うところも反省して来るだろう」
「見ていて悔しかったですものね」
「戻って来ても元の席があるから、今まで以上に嫌な仕事をさせるよ」
「そしたら僕はどうするんですか」
「今まで通りストックコントロールをやってもらうよ」
「良かった――」

PM6時に、太田課長が仕入先から帰って来た。
「お帰りなさい」
「出荷は終わったか」
「はい<」
「おっ、酒があるじゃないか」
「中が持って来たんですよ」
「元気だったか」
「顔色も良くなって、ここにいた時よりも、太っていましたよ」
「そうか。それは良かった。しかしいつまでもそのままにして置く訳にもいかないから、連絡だけは取っておけ」
「はい<」
「上村くん。つまみを買ってきな」と5千円を渡された。
「何でもいいですか」
「酒のツマミになるものならなぁ・・・」
「分かりました」
「お釣りは持ってこいよ」
「えっ――」
「全部使うつもりでいたのか」
「ダメでしたか」
「下地だから適当でいいよ」
「分かりました」と嬉しそうに返事をした。
「キヨちゃん、一緒に買いに行こう」
「それなら車出してくるよ」
「俺たちは3階の食堂で支度をしておくよ」と野島主任が言った。
「キヨちゃん。早く行こう」
「下で待っていなよ」
――OK――
「野口さんは、どうした」
「もう、帰りましたよ』と野島主任が“ニクニク”しく、言った。
「早いなぁ~」
「課長が主張すると、3時には帰りますよ」と野島主任が腹立たしく、言った。
「いつもか・・・」
「そうですよ」
「しょうがないやつだなぁ」 
******

1週間後、ライダー用マルシンの真っ赤なフルフェースのヘルメットを被り、青の厚手の青いツナギを作業服の下に着て、バイク用の黒のライダーグローブはめて、足には革の赤のライダーブーツを履き、最後に首の回りをガムテープで巻き完全武装した。
みかん畑に向かい、蜂の巣がある現場に行った。
蜂の巣から10メールほど離れて止めた、ワンボックスカーの中で着替えて出てきた。
「すげぇ~ 格好になったなぁ~」と高柳が驚いた。
「これならハチに刺されないよ」
「前が見えるか」
「下は見にくいけど、どうにか前は見えるよ」
「アポロ隊員。月着陸だなぁ」と平田さんがからかった。
「その格好で歩けるかい」
「走れないけど、歩く事は出来ますね」
「蜂の巣を壊さないように慎重になぁ」 と猿渡さんが注意した。
――OK――
「だよ」
枝から下がった蜂の巣を鉈で切り取ろうとしたが、手袋が厚くて切れなかった。
“ガサガサガサガサ”枝が揺れると蜂が一斉に飛び出して来た。
「わぁ~ 凄げぇやぁ~」
「気をつけろよ。後ろにも回っているぞぉ」
群がって攻撃してくる蜂を、両腕を振り回して追い散らした。
戦闘態勢の整った蜂は次から次へと飛び出して刺してきた。
仕方がなく、蜂の巣本体を掴みねじ切ろうとすると、厚手の手袋で力の加減が分からず潰してしまった。
“ボァワ~”と巣の中にいたハチまで飛び出してきて、私の頭に群がった。
頭の先から足の先まで刺されまくった。
「こりゃダメだ――」と諦めた。
蜂の巣は跡形もなく崩れてしまった。
「蜂の子が中にいるよ」
「もったいないなぁ~」
「猿渡さん、秋田県出身だよね」
「そうだよ」
「それなら食えるでしょう」
「食えるけど、料理が出来ないよ」
「旅館に頼んで炒めてもらおうか」
「嫌がるだろう」
「そんなら、ここに置いて行くか」
「そぅだなぁ~」
次の日に行くと、“グッチャグッチャ”に壊れて捨てた、巣の中の蜂の子は無くなっていた。

愛知県での道路公団の地質調査では電線を張るために一人で山に入った。
前回伐採されて出来た直線坂を登って行くと、ブナの木の長い枝の中間に直径40cmほどの蜂の巣があった。
「蜂の巣を飲み屋に持っていくと、蜂の巣を店に飾って置くと人が群がり縁起がいいと喜んでタダで酒を飲ませてくれるよ」と同僚の猿渡が言いていた。
猿渡勝は歳は27歳、妻帯者の昭和19年申年だった。
身長は155cm、細身で、ソバカスの多い顔がナス型だった。
髪は天然パーマで短く刈り、モミアゲを耳たぶまで伸ばしていた。
眉毛が薄くて短く、一重瞼の小さい奥目で、額には5本の深いシワを刻ませていた。
鼻は短く、先がとんがり鼻の下が長かった。
上下の唇が薄く口の周りだけヒゲを生やしていた。
小柄で、すばしこく、山の中を走り回っていた。
この仕事に就く前は、どこかのテレビ局にいた。
私も一度、モーニングショーの番組で見た事があったような気がした。
カメラマンが移動すると猿渡さんの顔が大アップで映った。
すると、怒らてたのか、体をかがめてカメラの下に消えた。
「あの時の間抜けな人に似ていたなぁ~」
聞くと、本人は否定したが、間違いないと思う。
本部担当の平田さんと相性が悪く、寄ると触ると喧嘩をしていた。
「犬猿のなかと言うけど本当だなぁ」
「平田さんは、戌年だったなぁ~」
「そう」

平田治さんは25歳、独身で昭和21年戌年だった。
顔は細面で色が黒く、髪は左から7;3に分けていた。
一重瞼で目が細長く、眉毛が太くて長く、額には5本の深いシワを刻んでした。
鼻が高く、眉間に縦シワを2本刻ませていた。
はなの下が長く、赤紫の上唇が薄く下唇が厚かった。
ヒゲが薄く顎が尖っていた。
エゴの塊で酒癖が悪く、飲むと年下を馬鹿にしていた。
ギャンブル好きで、マージャン、競輪、競馬、などに手を出していた。
将棋が好きでマージャンで2抜けになると私を相手に指していた。
仕事が終わり家に帰ると酒を飲んでしまい、勉強をしなかった為に何度行っても危険物取扱免許が取れなかった。
社長の親戚だったので免許のいらない本部の責任者になった。

猿渡さんは東京に帰ると仕事の合間を見て、運転免許を取りに行っていた。
「俺、免許証が取れたら、カナダに移住するんだ」
「英語できるの」
「今猛勉強しているんだよ」
確かに、仕事が終わり寝る時間まで黙読で英語の勉強をしていた。
「酒を飲んだ後から、英語が覚えられるのかよ」と平田さんがからかった。
「覚えられるよ」
「見た目より頭がいいんだな」
「なんだぁ。見た目とは」
「そうじゃねぇよ」
「どこがだよ」
「申年だからだよ」
「干支など関係ないだろう」
「あるよ」
「あんたはなんなんだ」
「俺は戌だよ」
「なんだ。ゴマすりか」
「なんだ。その言い方」
「文句あんのかよ」
「何、やるのかぁ<」と平田さんは青くなって吠えていた。
「やってやるよ<」と真っ赤になって喚えていた。
「よしなよ」と高柳が止めた。
「中、酒買ってきなよ」
「わかった」
「ほら。ビールでも飲んで仲直りしなよ」
とコップを出し、買っていきたビールを二人に注いだ。
「ありがとう」と猿渡は礼を言った。
「おっ、中、気がきくな」と平田さんが横柄に言った。
ウァハハ八八ノヽノヽノヽノ \
自分だけ機嫌が良くなった。
社長の甥っ子で大法螺を吹いていたが気が小さかった。
住宅公団の地質調査で、北海道に仕事に行った。
夕方6時に有明埠頭から船に乗り苫小牧埠頭に着いた。
10年落ちのルートバンに5人に乗り込んだ。
「みんな乗ったかぁ」と運転をしていた平田さんが聞いた。
「オーライだよ」と高柳が言った。
「それなら行こうか」
「次は俺に運転させてよ」と現場に行く前に取れた猿渡さんが言った。
「取立てで大丈夫かよ」
「道が空いているから、練習が出来るんだよ」
「次に休憩したら交代しよう」
「よしゃぁ」と嬉しかったのか、タバコを吸い始めた。
「タバコの灰皿満杯になったけどどうしようか」と私に聞いた。
「ガソリンスタンドに行ったら捨てよう」
「いいよ。此処から外に捨てるよ」と車の窓から道路に捨てた。
“ピッピッピ~”
「こらぁ~ 拾え<」と捨てるのを見ていたお周りが怒鳴った。
「すいません スイマセン すいませんでぇす」と慌てて車から降りて、吸殻を拾っていた。
「ビックリした――」
・・・)ニャハハハハハハ!!!!・・・
顔面真っ赤になっていた。
就職して2年で会社を辞めたがカナダには行かず、田舎の実家に夫婦で帰った。
「なんだ、あのヤロー。餞別を出したのに、嘘つきやがって」と高柳が吠えた。
「餞別泥棒。金返せ」
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