悪魔の囁き

少年時代の友達と楽しかった遊び。青春時代の苦い思い出。社会人になっての挫折。現代のどん底からはいあがる波乱万丈物語です。

 第三部【悪魔の囁き】 第四話【三途の川】

2018-07-24 10:18:29 | 日記
仕事にしても風向きが変わり始めた。
会社には月一度営業活動の精算と販売会議に行った。
5月の連休前日、月末一回の会議が午後4時に終った。
「社長。俺の地区も売り上げも良いし、近いうちに結婚する積もりなので給料を上げて下さい」とお願いした。
「それはおめでとう。給料を上げる事は出来ないから、退職して他の会社を探して出て行ってくれ」と思いもしない答えが帰って来た。
“ムッかぁ~”
「今度から会議の時は、経営状態を説明してくださいよ」
「そんな事、する必要はない」と即、却下された。
「しかし、商売敵も高卒からの活きのいい連中ばかりが注文取りに来ていますよ。うちは、50代の能見さんや60代の黒須さんなど年輩者を雇って、なぜ若い子を雇わないの」
と食い下がった。

能見喜三郎さん56歳などは、最初は中井の楽な得意先の後を継いで威勢が良かった。
「営業は厳しいですからね。巡回は夜9時まで訪問していますよ。それでお客の商品棚を綺麗に掃除してから並べるんでするんですよ。それでないと、売上は上がりませんよ」
と会議になると鼻息荒く、私たちの前で吹きまくっていた。
それが中井には耳障りが良かった。
「中< なんだ、この売上は。能見さんを見習えよ」と二言目には、私を攻撃した。
私が栃木の得意先だけになり東京地区を引き継いだ。
厳しい店に巡回すると、若い所長たちに相手にされず売上は落ちるばかりだった。
「前の会社が倒産して、中井社長に拾ってもらったんですよ」
と黒須洋一さん60歳は感謝していた。
「こんちは。さよなら」
神奈川地区も中井の楽な得意先だった。
が、年で体が動かず訪問すると、欠品商品だけ補充して直ぐに家に帰った。
毎月の売上は今までの実績の半分以下に落ちた。
(この、疫病神と貧乏神は、次回、詳しく書く積もりだ)
「毎月払う給料が安くて済むからだ」と吐き捨てて言った。
「商売敵は若い連中ばかりが巡回して来て、此方の餌箱を引っ掻き回し荒らしているのに、オヤジが行っても話が合わないからジリ貧に成り、売上が今までの半分以下になっているじゃないいか」と現場の現実を聞かせた。
「それでいいのだ――」と開き直った。
「其れで良い訳ねぇだろ<。会社が倒産したらたらどうするのだ」と声を荒らげて言った。
「俺の会社だ。どうしようと俺の勝手だ」と言い返した。
「ふざけんなよ。此方だって出資しているし、会社の為に一所懸命働いて売上を伸ばして来たんだよ。てめぇに潰されてたまるかよ」と喧嘩腰で言った。
「気に入らなければ出て行けばいいだろう」と腹の中を見せた。
「そうか。其れで俺に八つ当たりしているのか。今まで他の人間には何も言わず俺ばかり目の敵にしやがって」と今までの怒りをぶちまけた。
「そんな事はして無いよ」とひるんだ。
「していたじゃねぇか。俺が一番年下だからと馬鹿にしてやがって」と畳み掛けた。
「別に目の敵にしていた分けではないさ」と弱気になった。
「其れに、いつまでもガキ扱いして俺を呼び捨てにしやがって。今度呼び捨てにしたら、中井。タダじゃ済まさねぇぞ」と殴り合いになるつもりで言った。
売り言葉に買い言葉で怒りが爆発した。
目の瞳孔が開き顔の頬が引き吊り痙攣した。
「分かった」とふてくされ言った。
「よし。辞めろと云うなら、取り敢えず、今年の12月で……
終わりと言う事でいいな――」
と念を押した。
「そうしてくれ」と静かに言った。
今年の12月末で退職と話を付けて家に帰った。
「あの野郎――」と今までの遣り取りを思い返すと、帰りの車の中で腹が煮え返って来た。

前の会社から独立して新会社を設立した時に、300万円の出資金を出した。
役員登録せれたが売上を倍増させても配当金がなかった。
ボーナスも貰えなかった。
精神的に出世しても金銭的には出世しなかった。
旗揚げの時に決められた給料で我慢をしていた。
「あんた。この会社倒産するから、早く辞めな」
と会社に行くと社長婦人のミエちゃんに顔を合わすと言われた。
「俺が辞めたら、本当に倒産するぞ」と脅かした。
「それでいいのよ。だから、早く辞めな」と本気だった。
そして――
「早く辞めろ。早く辞めろ。早く辞めろ」
と毎週私の顔見ると皺だらけになった節分顔で念仏を唱えた。
「イノブタゴリラめぇ。なめた事いいやがって」 
ミエちゃんにしてみれば……
若い頃の古傷だらけの過去を知っている、私のツラは目障りだった。
……かもしれない。
******
イースト㈱会社の都内課と地方課が合併すると、都内業務課主任をしていた中井に目を付けた。
飲み会や、海の家、ゴルフ、ボーリング、スキーなど、業務課の若手社員の行事に中井がいると参加してきた。
また、二日酔いで食欲がなく、胃が“ムカムカ”して苦しんでいた。
昼になると6階の企画室から降りてきた。
「昨日は、やりすぎたな。オェッ。あっ、気持ち悪い」と中井主は調子が悪かった。
「飲み過ぎで食欲がないんでしょ」とイノブタゴリラのミエちゃんが言った。
「頭は痛いし。胃が締め付けられるし。仕事にならないよ」と泣き言を言った。
「中井主任。食欲がないならサンドイッチでも買ってきますか」とミエちゃんが聞いた。
「そうだな。頼むよ。それと、飲み物は炭酸系のサッパリしたのがいいや」
と甘えて言った。
「中さんたちも、ついでに買って来てやるわよ」と上から目線で言った。
「お願いします」と頭を下げた。
頼みもしないのに、女房気取りでしゃしゃり出て来た。
「私も、頼もうかなぁ~」
と業務課で、仕入れの計算をしていた藤川さんが甘えようとした。
「何。あんたも、食べるの。フゥン」と機嫌が悪くなった。
「スイマセン」
「中井主任は100円です。中さんたちは300円ねぇ。あんたは、500円だよ。早く出しなぁ」と買ってくると中井主任は優しく、私たちには厳しく当っていた。

藤川陽子さんは26歳、身長は155cm、仕入れの日計を出ていた。
壇蜜に似て色白で、あれがスキそうな顔していた。
私みたいな“チヤラ”くて、脳みその軽い男が相手にするには、重たいところがあった。
髪は肩まで伸ばし、右から6:4に分け前髪を眉毛まで流していた。
眉毛は細いなだらかな富士で、一重瞼で目が細く、右の目の下に泣きボクロが有った。
鼻は高からず低からずで、日本人の標準だった。
鼻の下が長く上下の唇が赤く整い、厚目でふっくらしていた。
左の口の下にもホクロが付いていて、女臭いエロイ顔をしていた。
編み目のストッキングを履いていた。
スレンダーなキレのある体を、モンローウォークで腰を振って歩いていた。

電話取りセールスから在庫確認の依頼が来ると倉庫に商品を見に来た。
デコサイもそうだったが、出荷された商品を検品している私は、カゴの中に入っている商品を取るふりをして後ろに周り、下からミニスカートの中を覗いていた。
「紫のレースのガードルか。パンティーはピンクだな。いいなぁ~」
「中さん。コイルの在庫はこれだけですか」と振り向いた。
“ドッキン”
「そう。何個いるの」
「三個だけど」
「あそ。足りない分は、メーカーに電話して頼んでおいて」
「何個にしますか」
「棚に入る分だけでいいですよ」
「わかりました」
また、得意先の女性が商品を取りに来ると、同じ手口で下から覗いていた。
ホワイト・ブルー・ピンク・などが多かった。
パープル・レッド・ブラックは男好きのする女性が着けていた。
1週間のバイオリズムがあり、調子の悪い日もあった。
1日一人で検品していると品違いで発送した。
次の日お客から電話が来て、電話セールスは謝っていた。
頭にきた電話取りは2階に降りてきて、私に文句を言った。
「よく見て検品してよ」
「毎日検品していると、調子の悪い時もあるんだよ」
「品違いしないために、業務課で勉強したんだろ」
「だからぁ~ 1日一人でやっていると、間違えもあるんだよ」
「他に誰かいないのか」
「都内課の検品に行っているから、俺一人なんだよ」
「たく、ベテランが辞めてしまったから、地方課の検品を出来る人間がいないのか」
「そうだよ。なんなら上から誰か降りてきて検品してよ」
「そんな暇な奴いないよ」
「じや、しょうがないなぁ」
「頼むよ」
「わかったよ」
渋々4階に上がっていった。
「“ガタガタガタ”うるせぇヤローだぁ」
たまには美味しい余録がないと、点検担当など“バカバカ”しくて、やっていられなかった。
想像しただけで吐き気が出る程、気持ちの悪いイノブタゴリラのゴムの伸び切った、サルマタ・ズロースだけは・・・
見る気はなった。

藤川さんは太田課長と不倫の噂があった。
3階の食堂で飲み会を、週3回は開いていた。
次の飲み会の笑いの種にするためにドンチャン騒ぎでエロ話をしているのを、カセットテープで録音していた。
「課長。藤川さんとやってしまい、泣かれて困った――
この前、言っていたじゃない」と倉本が調子に乗り、みんなん前でバラした。
「そぉそぉそぉ、そんな事、いい、いい、いい、言わねぇよ」
と身の覚えがある為に焦りが出てしまい、どもりながら怒った。
次の日には不倫の証拠と思われるカセットテープは、課長に抜き取れていて無かった。
また、中井主任にも気があったらしく、業務課の飲み会やお花見の行事に参加していた。
それを女の勘で察知したミエちゃんは、藤川さんを目の敵にして排除にかかった。
中井主任は、仕事は出来て人望があり若手社員を統率していた。
大酒飲みで話がクドクて、部下に絡んでいた。
女性たちと飲むと見境がなくなり、失敗ばかりしていた。
そんな酒癖の悪い中井はミエちゃんの張り巡らされた網にかかり、見事に絡め取られた。
自分のした事を悩みに悩んだ末、イノブタゴリラのミエちゃんと結婚することにした。
「ドジを踏んだよ。子供がいなければ、離婚したいよ」
と本性を現したミエちゃんに、嫌気がさし後悔していた。
でも、気狂水に負けた意気地なしの戯言だった。
「ざま~ みろ――」だった。
イノブタゴリラのミエちゃんとの恋争いに負けた藤川さんは、悔し涙でその年に退職した。
******


ど田舎に引越ししてから、5年経った。
夜10時に寝て朝7時半に目が覚めると体は動くが……
“眠くて、眠くて”どうにもならなかった。
東京に帰ると決めてからは、夜中の3時には目が覚めた。
眠くはなかったので、そのまま起きて得意先周りをした。
目眩で倒れてからうつ病になり、年に1・2回は目眩で倒れていた。
それが“帰る”と決めたらストレスがなくなり、朝早く起きられるようになったのかもしれない。

中井はイースト㈱会社が倒産してから行くところがなくなった。
業務課のとき部下だった松島典明が設立したラリック㈱会社に潜り込んだ。
年が上2歳だったので社長なり、松島が専務になった。
会社が安定すると、軒下を借りた形で優良得意先東鉱油を奪い取った。
私も会社組織に馴染めない松島の自分勝手で能無しが嫌で、中井に付いて行った。
立ち上げたサンライト㈱会社を二人で売り上げを競い合っていた。
東鉱油がチェーン展開すると、優先してオープンさせてくれた。
神奈川・東京・埼玉・栃木の店舗を増やし頑張って来た。
又、俺の父ちゃんが死んだ時も、納棺を“ギリギリ”まで待ってもらい仕事を優先した。
その苦労の甲斐もなかった。
裏切られた気持ちと絶望感で頭が混乱した。
ただ、恨みと憎しみが込上げて来るだけだった。
それが頭の中をぐるぐる回り……
「悔しくて・悔しくて・悔しくて」
怒りの受け皿がなく興奮した。
家に帰り今までのやり取りを思い返すと口惜しさが倍増してきた。
夜も眠れなくなり、怒りと悔しさと絶望で自殺寸前まで発展した。 
「此の儘ではダメだ。今に見ていろよ」と暗黒の苦しみの中、思い直した。
次に日から、行動を開始した。
まず――
命から2番目に大切なお宝だった。
収納ケースが空に成るまで……
“捨てて・捨てて、捨てて、捨てて、捨てて”捨てまくった。
自分の気が済むまで悔しさを飲み込み捨て行くと、どうにか自殺をくい止める事が出来た。
平社員扱いでも資本金を出している以上は、経営方針に口出しするのは当たり前だと思っていた。
会社が倒産すると思えば社長でも怒鳴りつけて――
考え違いを正すのが自分の生活を守る、第一の権利だ。
その為に喧嘩を仕掛けたのは私の方だった。
話の流れで社長の本心が分かると売り言葉に買い言葉で頭に血が昇った。
その場の勢いで退職を約束してしまった。
仕入先や得意先などに何のコネもなく、次の職場が見つかる訳でもなかった。
其れでも、今まで私への社長の態度は我慢が出来ないほど、先が見えていた。
こうなる事は、ある程度予測していたので、少しも後悔する事はなかった。 
休日、何もする気もなく、居間のイエローカラーダブルカーテンを開いた。
日当たりの良い廊下に折りたたみベッドを敷いて横に成、ぼんやりと庭を眺めていた。
雀たちが囀り、山モミジの枝に止まって餌を探していた。
芝生に降りて来て根元の隙間を漁りながら虫を突いていた。
また、野良猫が親子で庭に寝そべり、日向ぼっこをしながらのんびりと生きているのを見ていた。
その時……
「金が無くても生きていけるんだなぁ~」
と敗北感が込み上げて来た――
が、自然界の奥深さを感傷的な悟りで開花した様な気がした。
閑散とした中で現実に引き戻された。
血が熱くなると社長への怒りは、まだまだ収まらなかった。
その為に会社への忠誠心も無くなり、信頼感も無なった。
月末の会議で顔を合わすだけで、家庭内離婚状態だった。 
得意先の東鉱油㈱会社は、関東地区の新規出店計画もほぼ完了した。
何もなかった様に淡々と営業業務をこなしながら三ヶ月が経った。 
******
全国にチェーン店を持つ東京鉱油会社が関東(東京・神奈川・栃木・埼玉)に新会社東鉱油㈱を設立する事が決まった。
同業大手他社から人材を引き抜き、現場と営業を充実させて出来上がった会社だった。
勢いよく店舗展開して行くには従来の店を買収して行くだけでは、チェーン店としては店舗数が足らなかった。
国道に空いている土地を探して、新規オープンを展開して行った。
どこの企業にも有る様に、本部が充実すると派閥が出来た。
設立当時は小売店の店づくりを知っている、片山義市部長38歳の方が優勢だった。

「お任せします」と初対面で、中井社長と片山部長とが気が合った。
新規オープンの店づくりにノウハウの有るメイン問屋として優遇されて、各地域に事業展開を図った。
4年後、店舗展開が落ち着き設備投資も一段落した。
次の年から利益を出す段階に入った。
すると、派閥争いに部長が負けて、二年の約束で関西地区に転勤(左遷)と成った。
「あんたのところからこんなに買っているのか」
「いや、たいしたことないですよ」
「部品・用品だけでこれだけ売上があれば、ボロ儲けだろう」
「同業他社と相見積が厳しくて利益など出ませんよ」
「なら、うちとの取引はやめればいいじゃない」
「そんな訳には行きませんよ」
「今度から部長だけでなく、俺も見積もりを見せてもらうかな」
「いいですよ」
「そのうちにそうしてもらうよ」
と部長派に頼り切っていた中井社長は、集金に行く度に大原祐作専務にイヤミを言われていた。
水と油で専務に嫌われていた為に、少しずつ雲行きが怪しくなった。
その時から現場で動いている、私は不吉な予感をした。 
今まで本部の連中と店で顔を合わせると笑って挨拶して、冗談を交わしていた。
利益を出す段階から店にいて田無営業所に勤務していた頃からだった。
私と中の良かった本部の三郷秀明28歳社員まで“シカト”して口も聞かなくなった。
「売れない商品は全部、サンライトに返品しろ」と江戸川営業所宮田史郎所長25歳が、今までは他の業者高部商会に言っていた忠告だったのが、私の前で厳しく言っていた。
「何か、在ったな」と気持ちの悪い胸騒ぎを感じた。
また、地元の商売敵も元売りの看板を背負った問屋や、自社PB(プライベート)ブランドを持っているタカベ商会などの、勢いが付いて来た。
友輪㈱会社(元売り系)・本郷商事(部品大手会社)・タカベ商会(SS最大手卸会社)・三社一体で手を組み、連携して攻勢を仕掛けて来た。
その為にNB(ナショナル)ブランドを担いでいる弊社には、商品見積もりが高くて値段が合わずに勝ち続けるには厳しくなった。 
今まで辛い思いをして奪い取った餌箱を、取り返されて追い落とされるのも悔しかった。
三社の商品見積もりに対抗出来る仕入先を開拓して、商品アイテムを充実する事にした。
定番商品にはNB(ノーブランド)自社ネームのシールを貼り、PB仕立てにして防御した。
その為に利益が10%は取れなくなった。
得意先は24時間営業の年中無休だった。
道路が空いていて時間が短縮出来る明け方4時には家を出発した。
商売敵が来て納品されないうちに得意先を一回りし、品薄に成った商品棚を埋めた。
念を入れて売上の多いドル箱の店はダメ押しで、もう一度巡回した。
其れでも上り坂から降りに傾いた流れは止めることは出来なかった。 
私は今までの新規オープンでの活躍していた実績を見ている大原専務に気に入られていた。 

大原小四郎専務は50代半ばで背丈は155cm程で、とっちゃん坊やの四角い顔に黒縁の四角いメガネをかけて髪は左から7:3に分けていた。
オフィース仕事が長かったのか色白で額には3本シワを寄せ、耳が小さく何を考えているか判らない役人ヅラをしていた。
私には、こうゆう変わり者の扱いは得意の部類だった。
「どうだい中さん。サンライトから独立して自分で遣ったらどう。面倒見るよ」
と私の肩を揉みながら期待を掛けてくれた。
やりたくても、会社を運営する器量もなければ金もなかった。
今は、会社に行っても社長と口も聞かない、一匹狼なっていた。
勉強不足で、自分で自分の足を蹴り辞めたシンワ産業㈱会社のような優れた人材が揃っていて“やる気と・根気と・集中力”に加えて指導力(決断力)・実行力――
そして、破壊力が加われば鬼に金棒だった働き盛りの時代は、とっくの昔に終わっていた。 
専務も、元売りから左遷されて出向で来ていた。
その為に遠くない将来、今の広川孝四郎社長68歳から若い息子喜四郎47歳に代替りしたら経営方針も変わり、煙たい存在として過去の汚物に成るだろうと思った。
専務が飛んだら、私も借金だけ残して終わるのが分かっているので……
笑って聞き流した。

営業本部長は二年の約束で京都支店に出向(左遷)した。
肩書きは常務で帰って来たとしても、元の席は無なった。
中井の会社が有るかどうかも分からない状態だった。
今まで「部長。部長」とヒッポを振って盆暮れの付け届けをしていた。
同時に「専務。専務」と揉み手して、裏から根回しをして置けば、少しは良かったかもしらない。
其処まで先見の目や気使いがない鈍感さが、専務に毛嫌いされていたと思う。
そして――
思った通り3か月後の9月に、東鉱油の1本綱が完全に切れた。
「中井さん。俺。来月から転勤だよ」
「えぇぇぇ――
ホントですか――
まぁいった なぁ~・・・」
「俺も専務が5年で元売りに戻ると思っていたから、油断していたよ」
「それで、どこに行くんですか」
「大阪支店だよ」
「名古屋の本社じゃないのですか」
「それなら栄転だけど、大阪じゃ左遷と同じだよ」
「だって部長。あれでしょ……」
「うん。なに」
「家を建てたばかりでしょ」
「そう。今月の9月で2年目だよ」
「じや、ローンも殆ど払っていないでしょ」
「35年だからな」
「長いですね」
「返済明細書の年数を見ると気が遠くなるよ」
「いくらでしたっけ」
「35坪で3800何円だよ」
「キツイですね」
「クビになるわけではないから払えるけどね」
「それで、奥さんたちはどうするんですか」
「子供も小さいし、3年の約束だから残して行くよ」
「何しろ、家に住んでいないと直ぐ壊れてしますからね」
「そうだよな」
「でも、噂に出ていませんでしたね」
「そうなんだよ。家を建てると転勤になるのは、東鉱油の七不思議なんだよな」
「マイホームを持つと左遷される“ジンクス”があるのは聞いていましたけど、本当になるとは思いませんでしたよ」
「俺も常識に外れていなかったって、事だな」
「それで、三年で帰れそうですか」
「分からないな。恐らく帰れないかもしれないな」
「そうですか」
「専務も帰るところがないから定年までいるだろうな」
「元売りに帰るのは無理ですか」
「セントラル興産も中間管理職が各事業部に腐るほどいるから、片っ端から放り出されているんだよ」
「大原専務も、その一人ですか」
「来た時は借りて来た猫のようにおとなしく口出しはしなかったけど、頭を押さえるお偉いさんがいないから何でも自由になるところが面白くなったんだよ」
「専務が来た頃はまだ本部は充実していませんでしたものね」
「そう。専務だってセントラルから左遷されて、新規に設立された東鉱油に来たんだからな」
「やる事がないから、1人で店周りをしていましたものね」
「それがいつの間にか俺の息のかかった連中まで専務側について裏切ったよ」
「全員ですか」
「そうだよ。たく。冷たいもんだよ」
「すると、転勤は部長だけですか」
「販売部で肩書きのあるのは俺と専務だけだからな」
「そうなると、うちはどうなりますかね」
「今すぐに、タカベ商会にひっくり返るとは思わないけどね」
「なら、どうにかできるか」
「しかし、売上が減るのは覚悟していた方がいいよ」
「そうですかぁ~」
「まぁ。三年で帰れれば専務もいないだろうし常務に昇進しているから、その時は元に戻すよ」
「じゃぁ~ それまで潰さずに待っていますよ」
「中井さんのところの得意先は東鉱油だけだよね」
「細かいところは何社かありますけど、東鉱油がなければ倒産しますからね」
「ラリックと大手得意先を分けたんだよね」
「そうですよ。四光鉱油と東鉱油の2本柱のうち東鉱油は俺が貰ったんですよ」
「可也、強引だったけどね」
「大喧嘩しましたけど、東鉱油は部長の顔で取引させてもらえましたからね」
「取り敢えず。店の連中には言っておくから、気を引き締めてやってよ」
「分かりました」
「それで、栃木地区は切った方がいいですかね」
「やめた方がいいよ」
「経費がかかりすぎるから、来年から撤退しようと思っていたんですよ」
「そんな事をしたら、専務が全店タカベ商事と入れ替えしてしまうよ」
「そしたら、今まで通りしておきますよ」
「よろしく――」

「辞めないでくれ」と手のひらを返し社長に懇願された。
「だいぶ雲行きが怪しくなって来たな」と他人事のように思った。
「社長。俺の出資金いくらある」と迷いなく聞いた。
「500万だな」と即答した。
「それで全部か」と強気で確認した。
「そうだよ」とさり気なく言った。
「東京に帰ってマンションを買うから金返してくれ」
とチラシを出して、2LDKの金額2980万円を見せた。
どこで工面してきたのか分からないが、11月の末に会議に行った時に、出資金を全額返金してもらった。
いつ潰れるか分からない会社に全く未練はなかった。
興味本位で暫く留まり、様子を見る事にした。 
***◆◆◆***
この年平成14年(2002年)最後の夏を迎えた。
「あっという間に、丸12年か。早かったなぁ。
此処で暮らすのも最後の年に成るだろう……」

12年間伸ばし切にした庭木も鬱陶しく生い茂っていた。
風通しが良くなるように休日に伐採を始めた。
ざっと、庭を見回して表通りから垣根越しに眺めた。
「こんなもいんかなぁ~ これで、良いだろう」
と桜の木の左右の横に5本ほど並べて植えてある山茶花を見た。
・・・what?・・・
一本の枝の上に5cm程の細身の黒い、ケムンパスの愛嬌のある顔からほど遠い毛虫が、一匹針のような鋭く尖った毛を全身に立てて微動うだもせず、ぎょろりとした青緑の目をして憎たらしい顔で私を睨めつけていた。
「こいつには散々痛い目に合わされたなぁ。思い出すだけでも腹が立つよ」と睨み返した。
「これでお別れだ 。ニ度と其の憎たらしい“ツラ”は見たくない」とへ吐が出た。
後ろの壁図帯に咲いているアジサイを見ると、大きな葉の上に10cm強の灰色のゴロリと太ったイモムシが乗っていた。 
「毛虫と、イモムシ。どちらが強いかなぁ~」
と、ふと考え興味津々、未知のドラマが見たくなった。
イモムシを掴み、毛虫が取り付いている山茶花の枝に20cm位の距離で向かい合わせて実験してみた。
「ヨゥ~シ、イモムシ勝てよ。毛虫なんか食い殺せ」
“チィ~ン”
格闘技の第一ランドが始まった。
思い掛け無い事に、イモムシは毛虫を見ると即座に反転して背中を“く”
の字に全身のバネを使って大きな山を作り、泡を食って一目散に逃げ出した。
「速ェ~ なぁ~」
驚き――
「成る程。モスラよりケムンパスの突然変異の方が強いなぁ」
その、姿を見送ると……
「怖かったろぅなぁ~ 可哀相に」
勝負にならない結末に、蛾になるか蝶成るか分からないが、未来の妖精を悪魔の餌食にした様な罪悪感に落ちてしまった。
「お前。デカイ図体している割には意気地がねぇぁ」
とイモムシを元の場所に戻して今の自分と重ね合わせると、身につまされる哀れさを感じた。

毎年春~夏に掛けて芝生の隙間を割って、つくしから始まりスギナや雑草などに移り変わり醜く伸び出して来た。
土日曜祭日しか抜き取る事が出来なかった。
最後なので面倒腐がらず後で美味しい生ビールが飲めるように、無駄な汗を流し左右の手で“コツコツ”抜き取っていた。
「もう昼か。腰が痛ぇ。飯でも食うか」と時計を見て伸びをして休憩に入った。
シャワーを浴び一汗流してから一杯飲み、ストレス解消に競馬中継を観て一息付けていた。
「相変わらず。いつまで経っても関東馬は弱いな。なんでこんなに弱いんだ。ダラシがねぇなぁ~」
関西と関東は馬主が違っていたら……
「関西経済の方が景気は良いのだな」と納得すが!?
「馬主が同じと言う事は関東の調教師が悪いのだ」
とテレビ向かって吠えていた。
悔し紛れの悪酔い状態でPM4:30終了と共に庭に出て雑草取りを開始した。

例年の如く音も無く私の体の周りに忍び寄って来る、吸血鬼が現れて来た。
此の吸血鬼は家に中には入って来なかった。
昼間の暑い盛りは庭の草木の生い茂った湿った葉裏に影に隠れて腹を空かせて涼んでいた。
日が落ち掛け薄暗く成り出すと、私の生き血を吸いに現れた。
血が吸えれば体中のどこでも喰い付いて生血を喰らい始めた。
其の吸血鬼は、全体は真っ黒で身体に青い縞や斑点模様を付けていた。
耳障りの悪い音も無く、私のしゃがみ込んでいる太ももに吸い付きた。
家蚊より太く鋭い針を差し込み、血を吸い取り始めた。
此の吸血鬼は、今のデング熱を引き起こす蚊に似ていた。
素人なので分からないが、若しかしたら東電の撒き散らした放射能を浴びて進化したヤブ蚊では無いかと想像して仕舞う。
アルベール・カミュの小説【ペスト】ではないが、若し、此のヤブ蚊が家の中に入る様に成ったら、家の中に入って来る蚊と違い、体も一回りも2回りも大きかった。
太い針を刺されると注射針を射たれた時と同じ痛さだった。
此の吸血鬼はゴム長靴に、夏用の薄での長袖シャツを着て長ズボンを履いていても、その上から折れる事無く硬い針を差し込んで来た。
無造作に中途半端に叩き殺そうとすると、飲み逃げされてしまった。
忍び寄って来ると黙って見ていて太ももに食らい付かせて安心させた。
たっぷりと血を吸わせて“でっぷり”とメタボに膨れ上がり、動きが鈍く成った所で思い切り叩き潰した。
“ビタン~”
B型で輸血の時に人に上げてにくく、疲れやすい体質の私の血が生臭い匂いを鼻に残した。
周りに飛び散り白いトレパンを真っ赤に染めた。
「これでもか。これでもか。これでもか。どぅだぁ」
と市販の殺虫スプレーを噴きかけても効果がなかった。
潰しても。潰しても。潰しても……
叩き殺しても。叩き殺しても。叩き殺しても――
次から次へと樹木の暗闇の奥からから蛆虫の様に湧いて出てきた。
その後、赤く腫れて痒みは三日程つづいた。
デング熱の様な体中腫れ上がる事はなかった。
此のヤブ蚊は田舎でも東京でも草木の生い茂った場所に生息していた。
先にも書いた様に家の中に入って来る事はなかった。
ヤブ蚊が出て来る時間に成ると中止して、次の休日に雑草を取る事にした。
ヤブ蚊との戦いも鼬ごっこで切りがなかった。
******


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