悪魔の囁き

少年時代の友達と楽しかった遊び。青春時代の苦い思い出。社会人になっての挫折。現代のどん底からはいあがる波乱万丈物語です。

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第二部【悪魔の囁き】

2018-06-08 08:54:07 | 日記
第三話【陥没】


急ぐな――
焦るな――
慌てるな――
はやる気持ちをなだめると、尚更落ち込んだ。
「こんな事では、駄目だ」と自分に言い聞かせた。
「辛く重苦しい心をねじ伏せて気持ちを立て直して行かなくては駄目だな」
と漸く考え始めた。
先ずは、1日の疲れの垢を落としテレビを観て、リラックスしていた時よりも、もう一息工夫を加えた陽気になる雰囲気をイメージする事にした。
初めに寝起きをする部屋の中を照明とは別に、全て明るくする事にした。
平サラリーマンが、高額な絵画など買うだけの収入もなく、安くて見栄えのするアクセサリー感覚が有るものを飾る事にした。
ボロアパート暮らししていた時に、念願のマイホームが出来たら飾ろうと深夜まで寝ずに根を詰めて組み立てたパズルがあった。
引っ越す前に2月~8月半年かけて作った有名な歌川広重の、江戸日本橋~京都三条大橋まで並べて飾ってみて、思った。
現代人がチョンマゲ時代を想像で描いた絵より、現実にこの時代を生きて庶民の生活や武家の仕来りがコラボして、ゆっくりと時が流れて行った。
【地に働けが角が立ち、情に棹させば流される。とかくこの世は難しい】
こんな窮屈な時代に生きているのと、遠い昔にタイムスリップして、金が無くてもその日暮らしで生きて行けるような夢のような世界に行けたら幸せに成る気がして来た。
【数は力なり】で部屋の壁1面に並べると迫力がった。
この中でも自分の気に入った、蒲原・庄野などの絵を引き抜いて、リビングに2枚で飾ってみたがコントラストのバランスが崩れてしまい、今まで他の絵に引き立てられていた輝きが消えてしまう事が解かった。

東海道53次の浮世絵のパズル55枚を、絵も500・750・1000・2000ピースがあった。
最初は要領が掴めず組み合わせる手順をマスターするのに時間が掛り、夜12時過ぎる事もあった。
しだいに駒のカットの配列が解かり出し、500ピース等は2時間も掛らずに仕上げてしまった。
作るコツが解りだし1ケ所を集中していると、目が疲れて飽きると他に移動して組んで行った。
ピースが広がっていくと、自然と先に組んでいた駒とタイミングよく繋がった。
飾り、リビング・階段・廊下・ダイニング・トイレ等自分の入る場所や通る処など目に入る範囲は隙間なく飾った。
又、派手なポスターを探して来て壁にべたべた張りまくった。
競馬が趣味だった頃、毎年貯め置きしていたサラブレットのカレンダーを切り取った写真を壁に貼り並べると、力強い走りに闘志が湧いて来た。
「よし。遣るか――」と“ガッ”な、気分に成りかけて来た。
私のお宝として1番のお気に入りだった資生堂のポスターがショーウインドーに貼ってあった。
資生堂の女性店員さんに頼んで手に入れた、マリーアスキューさんのサイズ1030×730のポスターが3枚あった。

「化粧品販売店のショーウインドゥに貼ってある資生堂のモデルさんのポスターいいね」とモップスのボーカル鈴木ヒロミツに似た運送屋のナベちゃん26歳に言った。
「何、小林麻美のか」
「違う。マリーアスキューの方だよ」
「気に入っているの」
「そう。俺の好みの顔なんだよ」
「いしだあゆみ系が好きなんだ」
「うん。結婚するならあのくらいでないと納得できないなぁ」
「中さん、贅沢を言っていたら結婚なんかできないよ」
「なに、望みは高くないと後で後悔するからさぁ」
「そんな事言っている奴に限ってブスと結婚するんだよ」
「確かに40過ぎても結婚できない人は、好みが激しいものねぇ」
「中さんは、よほどブスが嫌いなんだな」
「嫌いじゃないけど、好きになれないな。なにしろ横に寝ていたらお化けと間違えるからな」
「美人は3日で飽き、ブスは3日でなれる。て言うじゃねぇ」
「いゃぁ~ 俺は逆だよ」
「中さんもどこかで妥協したのがいいよ」
「そうするかと、は、言わないよ」
「バッカだなぁ」
「ショウウインドウに貼ってある、あれ貰えないかな」
「そんなのは夜行って引っ剥がしてくるんだよ」
「そんな事できないよ」
「根性ねなぁ」
「もし、慌てて剥がして切れたら意味がないじゃねぇ~」
「そしたら、また他の店に行かばいいんだよ」
「捕まったらカッコ悪いよ」
「それはそうだけど、小林麻美のポスターなんか、殆ど盗まれていたんだよ」
「確かに可愛いものね」
「マイピュアレディの主題歌を歌っているのも、小林麻美だと皆思っていたんだよ」
「俺も思っていたよ」
「実際は尾崎亜美なんだよな」
「やはり、イメージが先行してしまうな」
「よし、俺がかっぱらってこようか」
「いいよ。どこかの店でもらってくるよ」
「付き合っている女のいないのに、つてなんかないだろう」
「それは、そうだけど」
「中よ。麻布の商店街にある化粧品販売店に行ってもらってくればいいんだよ」
と松永が言った。
「悪いけどよ。松永一緒に行ってくれる」
「いいよ。その後飲みに行こうぜ」
「そうだな」
「お前のおごりでな」
「貰えたらな――」

「こんちは」
「いらしゃませ」と20代の化粧の上手な店員さんが店番をしていた。
「すいません。ショーウインドゥに飾ってあるポスターもらえますか」
「いいですよ」
「ありがとうございます」
「新しいのはありますか」
「これしか在庫がないので取り寄せておきますね」
「いつごろ入りますか」
「2日ぐらいで入りますよ」
「それなら明後日また来ます」
「それまでに用意をしておきますね」
「よろしくお願いします」
定時で仕事を終えて、会社の帰りに3日後に行った。
「入りました」
「来ていますよ」と3枚巻いて私に渡してくれた。
「有難うございました」
「どういたしまて」
「タダでもらったんでは申し訳ないので、へアトニック1本とヘアリキッド1本とマニキュアを1本ください」
「そんな気を使うことはないですよ」
「とんでもない。無理を言ったので買うのは当たり前ですよ」
「有難うございます」と微笑んだ。
「マニキュアのカラーはどうしますか」
「ピンクでお願いします」
「ありがとうございます」
「また買いに来ますね」
「よろしくお願いします」
「有難うございました」とお礼をして帰った。
「中、彼女もいないのにマニュキュア買ってどうするんだい」
「ラジアルタイヤのネームに塗るんだよ」
“!?!?”
「ダンロップ185-13とか書いてあるじゃない」
「あぁ・・・・ そこにねぇ~」
「そうすると文字が浮き出して見えるんだよ」
「でもよぉ。走ったら熱で直ぐに落ないかい」
「それはどうか分からないなぁ~」
「想像すると無理なような気がするけどね」
「ファイヤーストーンのワイドタイヤの白よりピンクの方が目立って、かっこいいんじゃない」
「そうかもしれないな」
「そうだよ」
「そしたら俺にも貸してよ」
「いいよ」
ワイドラジアルタイヤのネームに塗ると、黒地にピンクが浮き出て目立った。
「いいじゃねぇ」
「他の車と差別化が出来たよ」
「でも、転がしてみないと分からなんじゃない」
「焼けて色落ちするかも知れないよ」
「そうしたら、また塗るよ」
「面倒くさいなぁ」
日にちが経ち塗装が乾くとひび割れてきて、30分も走ると“ボロボロ”と化粧落ちてしまった。

“♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪”と業務課事務所に内線電話1番が鳴った。
「はい」と仕入れ計算をしていた藤川ひろみさんが出た。
「地方課の増山だけど」
「はい」
「在庫確認してくれる」
「はい< 部品ですか。用品ですか」
「うぅん~ 部品だな」
「外装ですか」
「エンジンルーム内のS-25のGTコイルだねぇ」
「高級部品ですね」
「よく知っているね」
「業務課で仕入れ伝票整理をしていると、何となく分かってくるんですよ」
「回転率が早い商品だと記憶に残るんだね」
「そうですね」
「でも、それだけ物知りだと、近いうちに電話セールスに格上げができるね」
「そんなに忙しいところは、嫌ですよ」
「そうすれば女性で初めてイーストの営業マンになれるよ」
「地方課に行ったら1週間は泊まりでしょう」
「近県は日帰りも出来るよ」
「それなら、やってもいいかなぁ」
「お得意さんもスケベが多いから、女性が行くと喜んで注文をくれるよ」
「それじゃぁ、ホステスと一緒じゃないですか」
「それが女お武器だからね」
「そうかしら」
「そうだよ」
「でも、私運転免許持っていないのですよねぇ~」
「取りに行けばいいんだよ」
「女性だと可也時間がかかるみたいですよ」
「運動神経はいいんだろう」
「そうですねぇ~ 人並みですか」
「それでも有効期限が6ヶ月だから、藤川さんなら若いから5ヶ月もあれば取れるよ」
「そうですかね」
「太田課長に言って取りに行きなよ」
「行かせてれくれますかね」
「業務命令だから大丈夫だよ」
「それなら聞いてみようかしら」
「期待しているよ」
「頑張ります」
「今度、浦川店長に推薦しておくよ」
「やだぁ~ あんなエッチな人の下で働くなんて」
「なんだい。そこまで評判が悪いのか」
「そうですよ」
「しょうがねぇ~ 店長だなぁ~」
・・・ニャハハハハハハ!!!!・・・
「ところで、あるか見てもらえるかなぁ」
「はい。チョット待ってくださいね」
「客注だから早くね」
「はい<」
マナーを忘れずに保留にして倉庫に出てきた。
「藤川さん。何を探しているの」と松永が聞いた。
「GTコイルです」
「徳営の棚にあるよ」
「ありがとう」
「在った」
「ありました」
――OK――
「中さん。何をやっているのですか」
「タイヤのドレスアップだよ」
「ふん~」
興味もなく事務室に戻った。
“もしもし”
「はいよ」
「お待たせしました」
「どうだった」
「3個あります」
「ありがとう。取り敢えず1個出るから」
「分かりました」
「もし、出荷人が分からず消されるといけないから、念の為に“藤川さんまで”と伝票に書いておくね」
「いいですよ。私のところに置いておきますよ」
「そうしてくれる」
「はい<」
電話を切ると、また倉庫に戻ってきた。
「タイヤにマニュキュアを塗っているのですか」
「そうだよ。どう、格好良いでしょ」
「うぅん~ 判らない」
「藤川は車を持っていないから興味がないんだよ」
「でも、マニュキュアを使うのも勿体ないですね」
「他に使うところがないからねぇ」
「それなら私の爪に塗ろうかな」と両手の爪を見た。
「いつでもいいですよ」
「うぅん~ やっぱり止めた――」とからかわれた。
******

高等学校卒業で私に輪をかけた悪ガキが、新規採用で入社した。
一週間、本社都内業務課・麻布支店地方業務課・高輪倉庫・車超倉庫の研修が終わり、麻布店業務課に配属された。
3ヶ月後、自動車免許を取りに行く話になった。
業務課には女性は藤川さんしかいなかったので、なついでいる男子社員だった。

「今回の新入社員は誰が業務課来るんですか」と太田課長に私が聞いた。
「大学出の小堺貢一郎と、船田明善は本社得栄課だよ」
「得栄課から営業に出るの」
「いや、仕入れ担当だな」
「すると幹部候補生ですか」
「そんなところだろうなぁ~」
「商品知識がなくてもできるの」
「数学科から応募して来たんだよ」
「だとすると、数字に強いってことか」
「平たく言うと、官僚タイプかな」
「機転の効ない万年平候補生の高卒の二人が業務課ですか」
「そう言う事だな」
「あぃやぁ~」
ウァハハ八八ノヽノヽノヽノ \
「運転免許は持っているんですか」
「どうだろうなぁ~」
「履歴書は課長のところに来ないのですか」
「お前の時と同じだよ」
「ふぅん~」
無事三ヶ月の見習い期間を経て、車の運転免許を取りに行く事になった。
「大沢くんと大宮くんと、どちらが先に免許証取りに行く」
と同期で同じ学校から入社した二人を呼んで太田課長が聞いた。
「僕は運転免許は持っています」と大沢建夫くんが言った。
「そうだったか。それなら大宮くんが行きな」
「はい<」
・・・◆・・・
「課長、これから教習所に行ってきます」
「そうか。頑張ってなぁ」
「はい<」と休み明け一番忙しい月曜日10時に出て行った。
昼休みが終わり、午後一時に帰ってきた。
「ただ今帰りました」と中井主任に報告した。
「ご苦労さん」
「だいぶ進んだ」と私が聞いた。
「はい< 三段階に入りました」
「そう。順調のようだねぇ」
「車が好きですから、直ぐに覚えられますよ」
「そうだな。会社も車関係の仕事だからなぁ」
「あと、仮免許まで何日ぐらいかかりそう」と中井主任が聞いた。
「そうですねぇ。一ヶ月あれば大丈夫だと思います」
「早いねぇ~ だいた男が三ヶ月で仮免が取れれば早い方だからなぁ~」
「大宮くんは運動神経がいいのよねぇ~」と藤川さんが褒めた。
「藤川さん、運転免許証が取れたらドライブデートしてくれますか」
「いいわよ」
「大宮くん。やる気が出たろぅ」・主任
「はい<L 一日も早く取って来ます」
「その息では頼むよ――」
「任せてください」
「免許証を取ったら、港区界隈の仕入先や本社に集荷に行ってもらうからねぇ」
「港区はどこまで行くんですか」
「新橋・浜松町・芝公園・神谷町・溜池・西麻布・麻布十番かなぁ」
「そんなに回るんですか」
「たまに六本木赤坂もあるよ」
「そうですかぁ~」
「嬉しい」
「はい・・・」
「でも、遊びじゃないよ」
「そうですよね」
「そのうちに飲みに連れて行ってやるや」
「楽しみにしています」
「でも、毎日行く訳じゃないよ」
「そうなんですか。がっかりだな」
「要するに範囲が広いって事だよ」
「チョッとした、プチドライブですねぇ」
「考え方に寄ってはそういう事になるかなぁ」
「グ~ンとやる気がでますよ」
「期待しているよ」と中井主任が煽てた。
「ところでさぁ・・・」
「はい>なんでしよぅ」
「練習する車は、オートマなの」と私が聞いた。
「そうです」
「ふぅん~・・・?」
この時、オートマチック車はないはずだと思っていた。
それからも忙しい午前10時と、午後1時になると教習所に行った。
なぜなのか・・・
帰ってくるのが、出荷が終わる4時頃だった。
早いもので――
5ヵ月経った。
「仮免は取れたかい」中井主任に聞かれた。
「まだです」
「今まで順調に行っていたじゃないか」
「そこからが進まないのですよ」
「そうかぁ~」とガッカリしていた。
「スンマセン」
「一日も早く取れるように、会社の駐車場で練習しておいた方がいいなぁ」
「そうですね>」
「中、隣に乗って教えてやれよ」
「それなら、やるかい」
「ホント、大丈夫です」
「クランク走行や坂道発進、幅寄せ、車庫入れを教えてやるよ」
「その辺は出来ています」
「どこが悪いの――」
「へぇ・・・」
あっという間に、6ヶ月目に入った。
「大宮くん。仮免は取れたかい」と痺れを切らし、再び中井主任が聞いた。
すると。
「ごめんなさい。御免なさい。ゴメンナサイ」
「まだ、取れないのか」と強めに言った。
「いいえ」
「いいえじゃわかんねぇよ」
「本当は教習所に行っていないのです」
“ナァヌ~” と驚いた。
「いつごろからだ」
「初日に1回行ったきりです」
「それで、今まで、どこで、何をしていたんだ」
「喫茶店でお茶を飲んで、時間潰ししていました」
「どこの喫茶店で、だぁ」
「飯倉下の喫茶店です」
「そこに三時間も居たのか」
「はい>S」
「それで、支度金で渡した5万円はどうした」
「パチンコとゲームセンターで全部使いました」
“ナァ~ヌゥ~”
「業務課全員で、呆れた――」

大宮純生くんは18歳、身長は150cm小太りで幼さが残る下膨れの顔立ちだった。
四角い顔で眉毛が太く、二重瞼でまつ毛が長くドングリ眼だった。
額が狭く、髪を左から7:3に分け坊ちゃん刈りにしていた。
鼻が大きく、ヒヒ鼻で上下の唇が厚く、舌足らずの鼻声で喋っていた。
青白い顔でヒゲがなく、喉仏が出ていなかった。
性格は陰気で人に甘えたところがいり、仕事の不満ばかり言っていた。
体力がなく三階倉庫に品出しに行くと、一休みしてから二階に降りてきた。
地下倉庫に行くと、他の出荷係が来るまで2階に上がって来なかった。
二階の品出しが終わると事務所に入り、仕入れ日計の計算をしている藤川洋子さんに甘えていた。
「課長。大宮くんは都内課品出しに回してくださいよ」とわたしが言った。
「まだ、子供だから長い目で見てやれよ」
「今のままじゃ、他の連中に示しがつきませんよ」
「“人のふり見て我がふり直せ”だよ」
「何ですか・・・ それ――」
「お前もなぁ。つい最近まで経っても、大宮くんと変わりはなかったんだよ」
今までの過去を思い出してみた。
――なるほどぉ~. ――
身につまされる思いがした。

次の日に未成年だったので父親を呼び出し、今後をどうするか話をしたようだ。
「どうでした」
「大宮くんと似た、はっきりとものを言わない人だよ」
「いくつぐらいの人ですか」
「40代後半かなぁ~」
「ふぅん~」
「俺もおかしいと思っていたんですよ」
「いつごろからだ」
「教習所の車をマニアル車かオートマチック車か聞いたら『オートマチック』と言った時からですよ」
「何で言わなかったんだ」
「毎日行くので俺が教習所を卒業してから、車が変わったのかと思ったんですよ」
「そうなのかぁ~」
「それに女性も免許を取りに来るのが多くなりましたからね」
「そうなのかぁ。俺たちの頃はほとんどいなかったな」
「で、しょ」
「俺たちも早く気がつけばよかったなぁ~」
「確かに女性や高齢者が免許証を取りに来るようになったから、オートマチック車も使うようになったみたいですけどね』
「しかしなぁ~。すっかり騙されたなぁ」
「ガキだと思って、安心しすぎたんですよ」
「あぁ言うのが、危ないんだなぁ~」
「その内、世渡りが上手くなるんでしょうねぇ」
「そうかもしれないなぁ」
「それで、金を貸した奴はいないだろうなぁ」
「それは大丈夫だと思いますよ」
「返してくれ。とも言いづらいからな」
「自分が飲む金はあっても、他人に貸す金はありませんからねぇ」
・・・ニャハハハハハハ!!!!・・・
「それで使った金はどうしたんですか」
「全部返還させたよ」
「そうでしょうねぇ~」
期待はしていなかったが、入社して一年足らずで“クビ”になった。
***◆◆◆***

日光や蛍光灯の明かりで色が褪せないようにと押し入れに入れて、スカイラインTGSのキャンペーンレジャーシートと一緒に大事に保管していた。
「しかし勿体無い事をしたなぁ~」と今考えると女々しく、後悔している。
ここ1番、生きるか死ぬかの非常事態だった。
惜しみつつ【南南西の風色生きる】のポスター4枚全部飾った。
中でも行きつけの酒屋でもらった、菊池麻衣子の真夏の青い空と海の蒼さをバックに浜辺で飛び跳ねている、デビユー当時の爽やかな笑顔のポスターには・・・
――癒された。
自分の意気地なさに、たまらなく涙が出て来た。
どうにもならない今の辛さを慰めてくれた。
このポスターには、朝出る時、帰って来た時、寝るまで見つめていると本当に救われた。
「おはよう。じゃぁ、行ってくるね・・・」
「ただいま。おやすみなさい。また、明日ねぇ」

最新ファッション等、全く興味が無かった。
ファション雑誌なども見る気もなく、他人も着こなしのも興味がなかった。
いつでもゴルフができるように洗いざらしのポロシャツに、時代遅れのタック付きのスラックスを履いてサンダルバキで仕事をしていた。
ローカルファションセンターしまむらに行き、半額の値札のついた野暮ったくダサイ服を買い着たきりすずめでも、気にせず得意先回りをしていた。

徐々に気分転換が始まり洋服ダンスの横に置いてある、全身を写す鏡を見て気がついた。
「これじゃダメだ」
・・・
「これじゃ、見合いをしても嫌われるわ」
・・・?
「いくら誠実に対応しても、心も貧しい人間にしか見えないなぁ」
・・・?
「情けないなぁ~」
・・・?
「みんな、笑っていたかもしれないな」
・・・?
「確かに油まみれになる仕事だけど、着るものにも限度があるよな」
・・・?
「ホントにみっともないから明日から、もうやめよう」
・・・?
「どこに買いに行くかな」
・・・?
「休みに東京に行くか」
・・・?
「それがいいかもしれないな」
・・・?
「銀座までは行く無理だから、その辺のユニクロでも探すか」
・・・?
「少しは、まともな服があるだろう」
・・・?
「そうしよう」
・・・?
「そしたら今着ている服は全部捨てよう」
まだ着られても、流行遅れの服は惜しみなく全て捨てた。
サッパリしたところでアパレルメンズショップに行き、気が晴れ晴れしそうな明るいカラーを組み合わせて買った。
上下毎日着替えて気分転換をすると、気分が良くなり気持ちが明るくなってきた。
全身を写す鏡に映すたびに自分の姿を見て、若返って行くような気がしてきた。
また、携帯電話も古くなり電波の入りが悪くなった旧型で地味なカラーの黒系から、燃え上がるような真っ赤なメタリックカラーに変えた。
すると――
落ち込んでいた気持ちが体の奥底から盛り上がり“ワクワク”してきた。
着メロも電話のシンプルな呼び出し音から、テンポの良い【トルコ行進曲】に変えた。
一気にイケイケムードになり、自分に自信を取り戻せる様になった。
少しずつだが自分では気が付かない何かが、体の中で動き出して来たのを感じ取れる気がした。

自宅から得意先に向かう時間も苦に成らなく成った。
「この先に、何が有るのだろう」と不安と共に良い事が有りそうな期待感が湧いて来た。
すると・・・
知らず知らずに胸が熱くなり“わくわく”して来る様に成った。
今まで面倒臭くて仕方が無かった暗い嫌な気持ちでいたのが、微かながらお客から注文の電話が来るのが待ちどうし感じる様になった。
運転中でもダッシュボードに置いた携帯ばかり見守っていた。
「早く注文の連絡が来ないかな」と気に成り、一人気持ちが盛り上がっていた。
「トニーの携帯電話の着メロは、いいよねぇ~」
と得意先のスタフに言われると嬉しくて、やる気が一段と盛り上がってきた。
店長と商談をしていると、今まで忘れていた笑いが戻って来た。
会話がまともになると増々やる気が出て来て回復に向かっているのが、体で解かり始めて来た。
気が乗らず中断していた続本も、少しずつだが読めるようになった。
今まで通り新潮文庫の100冊読むと一体貰える【yondaくん】の人形欲しさに100冊読む事が出来る様になった。
目標にしていた4体を全部集める事が出来た。 
今まで見失っていた【やる気と、根気と、集中力】が戻り普段の生活が帰って来た。
1週間で痛い思いから解放された。
落ち着いた頃実が食べられるのを楽しみにしていた、桃の木が枯れているのに気が付いた。
この年は特に台風が多い年だった。
家を建てるときの最初の構図だと、駐車場からしか出入り口がなかった。
「正面から出入りが出来ないなぁ」と和田大工に追加して表門を開けてもらう事にした。
しかし――
大工が手を抜いて門を開けた時に、切った排水溝を塞がなかった。
その為に大雨で土が流れ出してしまい、陥没しまった。
「今晩は」
「いらしゃい。こんな遅くどうしたの」と奥さんが聞いた。
「社長いますか」
「いるよ」
「お願いします」
「お父さん。中さんが来たよ」
「そうか」
「こんばんは」
「どうしたんだい」
「この前作ってもらった門の件で来たんですよ」
「まぁ、中に入りなよ」
「失礼します」
「それでどうしたんだい」
「社長、門を開けともらった時に下水道の切った管を塞がなかったでしょう」
「あれ、そうかい。現場に行った人間に来てみないと分からないな」
「塞がなかったから土が流れ出してしまったんですよ」
「外に出たのかい」
「そう。だから地面に穴があいて陥没してしまったんですよ」
「そうかぁ。それで今どうしている」
「宅地にした時に出てきた岩を穴に詰めて止めましたよ」
「塀は大丈夫だっかい」
「はい。空いた穴は隣の空き地から土を持って来て埋め直しましたよ」
「そうか。これからも台風などで庭に水が溜まったら、隣から土を持って来てもいいよ」
「そうですか。でも、植えておいた木が倒れて枯れてしまいましたよ」
「それは悪いことをしたね」
「おかげさまで、酷い目に会いましたよ」
「それなら、うちの空き地に椿の木が植えてあるから持っていったいいよ」
「そうですか。それで場所はどこですか」
「材木加工場の裏だよ」
「あぁ・・・ だから分からなかったんだ」
「袋小路になっているから通り抜けができないからな」
「それで誰工場にかいますか」
「材木を加工したら現場に行って滅多にないから、黙って持っていていいよ」
「それでもいた時は、一言断ってからのがいいですね」
「中くんの顔は知っているから大丈夫だよ」
「分かりました」

私の家から国道に出て和田社長の家の前を通り2キロほど走ると、信号のない横断歩道の右側に細い市道があった。
そこを右折すると、なだらかな坂道になっていた。
1キロほど下ると山を削って平地にした200坪ほどの、和田社長名義の材木工場があった。
平屋の建坪が100で材木置き場が100坪だった。
裏側が竹や杉の林になっていた。
民家の前に椿の木が立ち並んでいた。
「ここだな。こんなに在るのか」
とゴルフ帽をかぶり赤のつなぎを着て、軍手をはめてゴム長靴を履き、高さ1,5メートルほどの椿の木を掘り始めた。
「試しに、この1本持って帰って植えてみるか」と家に戻った。
裏庭のモミジの横に植えると、どうにか格好が付いていた。
「よし、これならいいな。あと3本掘ってくるか」とまた出かけた。
椿並木を見回し1,5前後の高さを探した。
すると、中程に何本かあった。
「あそこだな」と2メートル以上の椿を掻き分けて入っていった。
スコップで掘り始めた。
「あんたそんなところで何やっているんだ」と民家のオヤジが怒鳴っていた。
「あれ。ここは和田大工の土地ではないのですか」
「違うよ。和田の土地は向うだ」と左指を指した。
「すいません。間違えました」とゴルフキャプを脱いで頭を下げた。
「オヤジ。行ったかい」と息子が出てきた。
「あぁ・・・」
改めて教えられた大工の土地に、休みの日に堀に行くと椿の木は1本もなかった。
「あのおやじ、嘘つきやがって」
***◆***

桃の木は根元から土が流されてしまい倒れてしまった。
私は朝で出かける時に倒れているのを見て知っていた。
この日も雨がザーザー振りだし、時間が無いのを理由にして、
「帰ってきたら直せばいいや」と倒れたままにして仕事に出かけた。
1日雨が降り続き、帰って来た時は真っ暗ら闇で良く足元が見えなかった。
「今から遣るのも、面倒だな」と自分に都合の良い理由を付けて戻す気に成れなかった。
「明日早めに起きて、埋め直すかぁ」と薄情者の本音が出た。
朝起きると手遅れだった。
死に絶える寸前まで私を恨み苦しみながら枯れたのだと思う。
今、あの時、思い出せなかって美女たちの顔を浮かべると、福田沙紀や丘みどりなど、いしだあゆみ系だった。
野に咲いても美しく、都会の高級ブランドにも見劣りしない可憐な着こなしを身に纏い、しなやか麗しさを兼ね備えた、男好きする目元が涼しい瓜実顔をしていた。
どこか幸薄い影が、竹久夢二の美人画に似ていたような気がした。
横着せず真面目に世話をしていれば、桃の木を枯らすことも無かった。
8月には桃の実が生り食べ頃になると疲労回復と共に、とても美味しかったと思う。
美女が夢に出て来たのはこの緊急事態を知らせる為だったと思った。
薄情な性格に思いやりの無い鈍感で無知な私は、気が付いていながら何の対処もしなかった。
この世に遺恨を残こして、恨みと憎しみを込めて呪いを私の頭に掛け、強度の眩暈を起こさせ、うつ病に悩ませ苦しめたのでは無いかと思った。
今更後悔しても後の祭りで詫びても仕方がないが、無責任な性格は生き物を育てる資格が無いなと思った。
こんな状態ではいつ殺されてもおかしくなく、自分自身感覚の違う所では責任が強かった。
東京にいる親や知人に迷惑をかける事も出来ないと思い、25年ローンを7年で返済した。
私が死んでから揉め事が起こらない様にして置いた。
20年後も、この性格が治ることがなかった。
祟りは終わる事無く呪いに恨みと憎しみを込めて最後に墓参りが終わると、樹齢何千年の魂を宿した御神木の下で、首を吊らされる事に成った。
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