旧刊時空漂泊

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微光のなかの宇宙   ―私の美術観―

2012-12-12 14:37:39 | 日記
昭和63年5月20日 初版発行
著者 司馬遼太郎
発行者 嶋中鵬二
本文印刷 株式会社精興社
図版印刷 日本写真印刷株式会社
製本所 大口製本印刷株式会社
発行所 中央公論社

       

    目次
裸眼で
密教の誕生と密教美術
わが空海
激しさと悲しさ――八大山人の生涯と画業
ゴッホの天才性
微光のなかの宇宙
八木一夫雑感
三岸節子の芸術
出離といえるような

「微光のなかの宇宙」は須田国太郎について、「出離といえるような」は須田剋太についての文章です。
この本に登場する絵画のなかで特に印象的なのは八大山人の『安晩帖』の魚の図。

        絵の中央よりわずかに左へかたよって、ただ一尾の魚が、前方の一点に目をこらし、凝然とし
       た表情で泳いでいるのである。絵というのは、それだけであった。まことに筆を惜しむことはな
       はだしく、わずかな線を用い、魚体を淡く暈しているだけの絵なのだが、省筆されている部分に、
       漁腹がある。当然ながら、白い。その魚腹の白さにぬめりまで出ているのは驚くにあたいしない
       にしても、あきらかにその白の内部に浮袋が蔵せられ、魚体の浮力がそこから出ていることが眺
       めていてありありとわかるのである。浮力まで絵画で表現しうることは本来不可能にちかい。
                (中略)
       ゆったりとしたその動きは、画面のなかの決定的な一点においておこなわれているため、画面は
       単に紙の膚質のみであるのに――つまり水についてのいささかの描写もないのに――魚は
       沈々として流れる長江の水中にあることを思わせる。      (88~89頁)

泉屋博古館(京都)にあるこの「安晩帖 魚児図」をぜひ見たいものです。