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書物と活字の懇話会

第2回 明朝体の誕生(大明南京国子監・楞厳寺・鄭藩・毛氏汲古閣)

2014年12月17日 | typeKIDS_Seminar
第2回 明朝体の誕生(大明南京国子監・楞厳寺・鄭藩・毛氏汲古閣)
話者:今田欣一
日時:2014年12月14日(日)17:30−19:30
場所:新宿区・榎町地域センター 小会議室

2011年夏に韓国のソウルで開催されたTYPOJANCHI 2011 SEOUL International Typography Biennaleの図録に掲載された明朝体「金陵」の図版(デザインは川崎孝志さん)です。原資料から復刻書体が立ち上がっていくというイメージを表現したということです。



2014年秋に台湾で上梓された柯志杰さん(共著)の『字型散歩』(臉符出版発行)で明朝体「金陵」が紹介されました。原資料と復刻書体を同じレイアウトにして重ね合わせ、制作意図をわかりやすく表現していただいています。



この明朝体「金陵」のように、「漢字書体二十四史」に含まれる24書体について、原資料とその復刻書体を紹介するデザイン作品を展示しようという企画が進行中です。2015年3月中旬にtypeKIDS Exhibition Spring 2015 の開催を予定しています。
 その分担などを話し合っているうちに時間がなくなってしまい、「明朝体の誕生」の話はほとんどできませんでした。

なんとか画像ファイルの回覧だけはできたので、以下に簡単な説明を加えておきます。

明朝体とは中国の明代(1368−1644)の木版印刷にあらわれた書体です。1553年(嘉靖32年)に刊刻された『墨子』は、宋朝体から明朝体へと変化する過程にある書体なので、プレ明朝体といえます。



木版印刷の三大系統とは、官刻(政府出版)・家刻(個人出版)・坊刻(商業出版)です。このほか、仏教版本を別系統にする場合があります。明代には中央・地方の官刻本だけではなく、家刻本、坊刻本などにおいてもさかんに出版事業がおこなわれました。
 明朝後期の万暦年間(1573−1619)から刊本の数量が急速に増加し、製作の分業化が促進されました。このことにより明朝体の成立に拍車をかけました。

監本(官刻) ※復刻書体「金陵」
隋以後、貴族の子弟や世間の秀才を教育した国家経営の学校を「国子監」といいます。監本とは国子監で出版したものに対する呼称です。現存する量の多さから、現在では一般的に監本といえば明の国子監本をさし、南京国子監が出版する本を南監本と呼びます。南京国子監で刊行された『南斉書』(1588−1589)などがあります。



藩刻本(官刻) ※復刻書体「鳳翔」
明代においては、中央機関のほかに地方での官刻も盛んに行われました。藩王府の刊行した書物は、原稿、校正、彫版、印刷などの品質が高かったようです。なかでも鄭藩で刊行された音楽の著作『楽律全書』(1595)は、藩刻本の代表作のひとつだということができます。



家刻本 ※復刻書体「毛晋」
書物の刊行が盛んになった万暦年間には、安徽・歙県の呉勉学、浙江・銭塘の胡文煥らが多くの書物を刊行しているが、もっとも代表的な家刻本が毛晋の「汲古閣」でした。毛氏汲古閣の出版物において、もっとも世に知られているのは、書写の風格のある明朝体であり、『宋名家詞』(1626−1644)がその代表例です。



坊刻本
官刻本や家刻本には経典、歴史、文学者の詩文が中心であり、大衆の求める小説、実用書、百科事典などの類はあまり多くはありませんでした。この面の不足を補ったのが坊刻です。明代の書坊は、南京、建陽、杭州、北京などの地区に集中していました。

仏教刊本 ※復刻書体「嘉興」
大蔵経とは、仏教の聖典を総集したものです。経蔵・律蔵・論蔵の三蔵を中心に、それらの注釈書を加えたものとされます。略して蔵経とも、あるいは一切経ともいわれます。『嘉興蔵』(1589)が一般に明版といわれ(万暦版、楞厳寺版ともいわれている)、方冊型で見易いところから広く用いられました。




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