想い人ブログ

詩人のこころのように綴っていきたい・・・

郡山美術館高湯温泉ツアー

2010-02-28 20:56:26 | 日記
実は今日も早起きして絵の教室主催の郡山美術館高湯温泉ツアーに参加してきました。
今日も昨日に引き続いて寒さ厳しくマフラーをつけて朝早くツアーバスに乗り郡山美術館に向かいました。




今日の目的はまず郡山美術館の有元利夫展でした。
有元利夫の絵は宮本輝の小説の絵表紙で見たことがあり期待を持って向かいました。

有元利夫の絵は見てすぐに何を意味するのかは僕には分からず
無意識を開いて自分の今までの記憶と照らし合わせながら拝見しました。

箱庭療法もそうですが、無意識を意識化することはせずに味わうことが大切で
自分の記憶と照らし合わせながら絵を無意識で鑑賞しました。

それに郡山美術館は施設内が白で統一されており館内にある絵画の神聖さを意識させられました。

帰りにはクリムトの『接吻』のハガキがあり2枚購入しました。


その後は昼食をサービスエリアでとって福島の高湯温泉へ向かいました。
今日入った温泉は高湯温泉にある市営の日帰り温泉施設”あったか湯”でした。

高湯温泉は家族でお正月に訪れることが数回ありとても懐かしく感じました。

あったか湯に着くとすぐに硫黄の匂いがしてひさしぶりの硫黄泉に心が弾みました。
あったか湯では硫化水素が発生することを考慮して露天風呂となっていました。
寒さにこらえながら風呂に入りお湯はぬるま湯だったのですがすぐに体が温まりました。
そんなわけで湯当たりを考慮してある程度温まって温泉を後にしました。




こちらはあったか湯の湯元となっているところです。
この段階ではかなり温度が高いようです。
この近くにいると硫黄の匂いがして温泉に来て幸せだなぁというのを実感します。

絵を見て温泉に入ったらあとはお酒を飲むだけです(^^)

帰りは絵の先生を始めにみんなで日本酒を頂きながら酔っ払って帰ってきました。

今日は早起きして眠かったけれどとても楽しかったです。
また、このような機会があったら参加したいと思います…


株式投資セミナー

2010-02-27 21:10:38 | 日記
今日は朝早起きしてまり江さんの対談形式の講演会のため東京へ向かいました。
しかし、雨風がすごくて傘が吹っ飛びそうでした。
それでも、講演会が終わって電車に乗ると、そこにはお月さまがぽっかりと浮かんで雨はやんでいました。

そう、今日の講演会はまり江さんとひさしぶりにお会いするためにと東京へ向かったのですが、
そこでは思いもよらぬ自分の人生設計について考えさせられた時間でした。
でも、ネガティブなものではなく、元気というよりもこれからの原動力を戴いたという感じです(^^)

今日の講演会はまず藤原正彦先生の講演でした。
大切な話をたくさん聴いたのですが印象に残った言葉をひとつだけボソッと。

それは、日本というのは捨てたもんじゃない素晴らしい国だということ。
特に文学に関しては素晴らしいものがあると仰っていました。
それはなぜかというと、日本人は美的感受性に優れているということだそうです。
これからの日本は論理性と美的感受性、そして国柄をもって素晴らしい国になることだそうです。
きっと、本来、日本人とは繊細で詩的で人情があって礼儀正しい人々がいる国なんでしょうね。

そして、次は川村雄介先生と佐藤まり江さんの対談形式の講演会でした。

日本はアメリカに比べて預貯金の方が多い国だそうです。
しかし、特に日本の都市部では証券などの株式投資をしている人々が多いそうです。
ただ、東京などの都心部に比べ福井県は資産が国内一位で
資産は東京より高いけど株式投資の割合は低いそうです。
その要因は共働きにあるそうです。

そこで、ある夫婦がいたとして妻が主婦だった家庭の場合、年金はいくらぐらいかというと、
24万円だそうです。これは年金としては多い方だと思います。
しかし、生活していくためには38万が必要だそう。
これはどういうことかというと両親の介護などにかけるお金などだそうです。
そんなこんなで色々考えると1億円の資産が必要になってくるとのこと。
そう考えると株式投資が大切となってくるそうです。
20代は元本を増やすことに重きをおき、高齢の世代はキャッシュに重きを置くとのこと。

そう考えるとなんだか先のことを考えて悲観的になりますが、僕が思ったことは、
株もどうなるか分からないが、人生もどうなるか分からないということ。
それはマイナスにもプラスにも考えられることではないかということ。

つまり、株式投資をしてマイナスにもなる可能性もあるが、
人生はこれから先の可能性だってあるかも知れないということ。

そこでこんな話もされていました。
世界ではドバイショックなどがありましたが、それを契機に日本へお金が周って来る可能性があるということ。

そして最後に、投資は目標が大切で人生設計が大切だと。

講演を聴きながら考え事をしていたので正確に話を伝えられているかどうか分かりませんが、
なんというかハッとさせられた講演会でした。

実は、今年の目標はお金を大切にするということでした。
これを機会にまり江さんの本をもう一度読み直して、
バーチャルFXも引き続き続けて勉強してみようかなと思いました。

そう、まり江さんとは平成19年の時に対談形式の講演会でお会いしてご無沙汰でしたが、
相変わらずお元気そうでとてもお綺麗でしたね(^^)

3年ぶりの再会と自分は思っているんですが、
まり江さんを介してこれを機に人生設計を考え直すきっかけを戴きました。

まり江さんとひさしぶりにお会いできて嬉しかったです。
これからもお仕事がんばってくださいね…


暖かい春

2010-02-26 20:52:17 | 想いごと
今日はパラパラと雨が降っていましたが、大分暖かいなと思う日でしたね。
明日はまり江さんの講演会に行くのですが、東京は大分暖かいんじゃないのかなと思っています。

そう、今日はある人と話をしていて、

「○○さんは、昔に戻りたいと思われたことはありますか?」と聞いたら、

「そうだね、戻りたいと思うね」とその人は話されたので、

「いつの頃ですか」と問うたら、

「10代だね」と。

「その頃はどんな時代だったのですか」と聞いたら、

「一番苦しかった時だね」と。

「どうしてそんな苦しい時代に戻りたいと思うのですか?」と聞いたら、

「生きているという実感を感じていたからなんだよ」と。

その後、今日は用事があって知り合いのレストランに訪れ、そこのおばさんと少しお話をしました。

そしたら、おばさんはご自分の子ども時代のお話をされて、
色々な思いを持ちながら今まで生きてこられたということをしゃべられていました。

そのお話を聞いてもやはりあの時代があるからこそ今があるというお話でした。

そんなお話を聞きながら、昔、北海道の大学時代に遠く故郷を離れて孤独だった時のことを思い出しました。
雪が降り続けて冬の寒さで凍えるような夜に、
札幌駅で母が故郷へ帰るのをお互いに泣きながら見送っていたことをふと思い出しました。

そんなことを思い出しながら、僕はあの時に戻りたくないけれど、
あの時は必死で生きていたんだろうなと思いました。
それに今はそれを懐かしむ自分もいることに気づきました。

北海道はまだまだ冬の寒さで凍えることもあるのだろうけれど、
もう少しで暖かい春がやってくるのだろうなとふと思いました…


「北の国から」の想いで

2010-02-25 20:29:30 | 想いごと
今日も暖かくなると聞いていたけれどそれほどは暖かくなかったような気がします。
病院の外に出ると春の匂いがしてきているような気がして、
山々を見上げると春霞がかかっているなと思いました。
でも、よーく考えると杉の花粉のような気がして急いでマスクをつけました(笑)

そう、僕は大学時代は北海道に住んでいたのですが、
吹奏楽をしていたり、悩んでばかりいて、大自然に触れることは少なかったです。
ただ、少なかったといっても、川のほとりで友達とバーベキューをしたり、
レンタカーで遠出することがあり、少ないながらも旅行はしていました。

北海道というと、僕の場合、さだまさしさんの「北の国から」のイメージがあり
ひとりで青春18切符を買って富良野まで電車で旅をしたことがあります。
確か2,3度訪れたのを覚えています。
でも、ラベンダーの頃ではなく、5月の春先の頃と晩秋の頃に行きました。

5月の頃はまだあのなだらかな丘陵は乾いた土のままで作物は植えられていませんでした。
晩秋の頃はすでに雪が降り、その日はたまたま晴れ間の見えていた日でした。

もちろん、北の国からのロケ地にも足を運びました。

その「北の国から」の確か'95年のドラマだったでしょうか、
蛍が遠い街へ旅立つのを駅に見送りに行く父のシーンを今でも憶えています。

そのドラマを見ていて、父はとにかく不器用で
都会では生きていくことは難しいんだろうなと思いながら見ていました。

でも、あの父を見ているとその不器用さからすべてを肯定して許せるような気持ちにもなると思いました。
そして、人間はそんなに完璧でなくてもいいんだろうなぁとも。

それは年老いていくおじいさんを労るような気持ちにも似ているなと思いました。

ああ、人間て本来もっとおおらかで人間味のある存在なんじゃないかなと思ってあのドラマを思い出します…


詩的にならしめるもの

2010-02-24 21:06:28 | 想いごと
今日は大分暖かくなりましたね。
病院内の道路を歩いていたら、裸木に必死にしがみついている一枚の葉っぱを見かけました。
きっと葉っぱも落ちるまいとしがみつき、裸木も落とすまいとつかんでいるのかななんて思いました。

そう、今週の土曜日は佐藤まり江さんの対談形式の講演会があり東京へ行きます。
このブログは佐藤まり江さんのブログにトラックバックしたのがきっかけで続けているブログです。

その初めてのトラックバックで人間関係について書かせていただいたのを思い出します。
そこでは人はとても辛い状況に陥ったとき、どうにもならないときに詩的になるとお話をしました。
それは何かの本を読んでいて思い出したことなのですが、
そのことについてなぜそうなるのかと色々考えていたところ、
ある本に詩が生まれる所以について書かれていました。

そう、詩が生まれるときというのは葛藤があるときのようです。
つまり葛藤が起きたときにそれぞれの考えが歩み寄って新しい考えが生まれるということのようです。
それは人間関係などで悩んでいるときなどにもそうなのでしょうね。
また、葛藤というと日本などは島国であるので、特に異国の文化などが入ってくることにより、
そこに詩的なものが生まれることも多いのでしょうね。
日本の映画はとても人の心の機微をうまく表現したものが多いですし、
日本には詩的な人々が多いのもうなずけます。
異国の文化などは人の心に最初は異物として受け取られ
自国の文化と異国の文化の間で葛藤が起きるのでしょう。

そしてまた、絵画においては、一枚の絵の中に、あるAとBという異なる2つの存在があるときに
人の思考を詩的にならしめるものがあるようです。
それはなぜかというと、異なる存在のAとBがあるとすると、
その2つを結ぼうとする心の働きが生まれて、ある思いが生まれるそうなのです。

それはある男女が恋をしたときに、ふたりの異なる存在がお互いを理解しようとするときに
想いが生まれ人を詩的にならしめることでもあるのでしょうね。

つまり詩というものはふたつのものを結ぼうとする働きでもあるのかも知れませんね…


「誰にも知られないで咲いて散る花」

2010-02-23 21:00:31 | 

      誰にも知られないで咲いて散る花があるというなら
      誰にも知られないで咲いて散る花なんてないんだよと
      鳥だって知っている 空だって知っている
      誰にも知られないで咲いて散る花なんてないんだよ

                         (想い人)


怒りの表現

2010-02-22 20:51:10 | 想いごと
いやー、今日から暖かくなると聞いていたけれど、
今こうしてブログを書いている部屋がとても寒いです。
でも、明日からは確かに暖かくなるようなのでそれを信じて今日休もうと思っています。

そう、皆さんは自分の怒りの表現というのをどうされていますか?

僕は怒りの表現というのが自分にとってとても大切なことだと思っています。
でも、これはなかなか日常生活の中で発散するということは誰しも難しいものだと思います。

よく喜怒哀楽という言葉がありますが、
これを時と場合によってよく表現することによって心の病気や体の病気にならないようにできるのでしょうね。

以前に、研修先の先生が感情的なやりとりというのはとても大切だと話されていたのを思い出しました。
感情的なやりとりをすることによってある意味健康的な発散ができるということなのでしょう。
ですが、これをよく考えた時に思うのは、
やはりこれは親しい間柄でお互いの信頼関係が出来ている人に限ってのことだと思います。
感情的なやりとりというのは自分の怒りをお互いに表現することです。

喜び、哀しみ、楽しみを表現することと違って怒りの表現というのは難しいものです。

これを親しい間柄ではない社会で表現するにはどうしたらいいかと考えると、
自分の怒りを抑制しつつも感情的にならずに穏やかに自分の考えを表現すること、
または、自分の感情が昂ぶりここは怒るべきだと身体で感じたときに怒りを表現することが大切なのでしょうね。

それはスカッとした怒りだと表現すればいいのでしょうか。
そういう怒りは後腐れがないようです。

それで人間関係が”雨降って地固まる”というきっかけにもなると思いますが、
怒ろうと考えて怒った場合は雨降って地が固まらず泥沼となってしまうことがあるので、
これはもう怒りの表現の感覚を磨かなければならないかも知れませんね。

僕はどちらかというと怒りの表現が苦手な方で、
それを音楽表現、例えばピアノ、歌(カラオケ)、楽器などの表現に変え昇華することが多いです。
あとは絵を描いたり、絵画鑑賞やスポーツとか…

昇華とは、自分の怒りの表現などを社会に受入れられる表現などに変えてよりよい表現とすることです。
例えば、怒りの感情をそれをうまく歌に作り変えて表現することですね。

でも、せめて親しい人の間だけでも頭にきたことを表現できて、
その時は少し険悪になってもそれはそれとして後腐れなく仲直りができる間柄でありたいものですね…


ブルージュの夕暮れ

2010-02-21 17:05:36 | 絵画


今日はひさしぶりに暖かい日となり、ひさしぶりに陽の光を浴びたような感じでした。

そう、こちらはベルギーのブルージュの風景です。
この絵の元になった写真は絵の先生がベルギーに行かれた時に撮ってきたものです。
この絵の元になった写真に惹かれ絵を描かせて戴きました。

先生ありがとうございます。

実はこの絵は同じものを2枚描いています。
でも、1枚目の絵は途中でやり投げ(笑)になって失敗してしまいました。

そこでリベンジと描き直しました。

そんなこんなですが、この2枚目の絵でもやり投げになりそうになったのですが、
先生のアドバイスをたくさん頂き描きあげることが出来ました。

この絵は茶色と紫色を主体とした絵ですが、
以前に他の絵で茶色の絵の具にウェットオンウェットで色をつけていったら?
という先生の提案があったのを思い出し、茶色に紫色をウェットオンウェットで仕上げました。
ちなみにウェットオンウェットというのは、
まだ乾かない絵の具に水分の含んだ絵の具を置いていくというものです。
そうすると茶色と紫色の絵の具が上手い具合に混ざり合い絵となるというものです。

最後に先生に空のところを少し筆を入れていただいて仕上げとなりました。
それと、先生にはサインの入れ方のご指導まで頂きまして感謝感激雨霰です。

この絵は以前にiPodをプレゼントしてくれた職場の友人に贈る予定です。

自分で描きあげた絵を手放すのは少し寂しいしもったいないなとも思うのですが、
ちゃんと飾っていただける方に贈る方が絵も嬉しいんじゃないかなと思います。

2枚目でようやくリベンジできた絵ですが、
この絵をもう少し大きな絵にしてもいいかなと思いまして先生に相談中です。


れんげ草

2010-02-18 21:05:04 | 想いごと
今日は関東は午前中雪が降り続けていました。
ですので、今日は朝少し早く起きてバスで出勤しました。

いつもは車で通勤しているので、
いつもと違ってバスには知らない出勤する人たちでいっぱいでした。
それにいつも通っているけれど雪に飾られた綺麗な白い風景で
なんだか違う病院に出勤しているようでした。

職場に着いたらやはり雪のせいか患者さんもまばらで白い雪が降れば降るほど病院内が静かに思えました。

そんなこんなで午後になってから老人病棟の目の見えない患者さんと病棟内の回廊を散歩をしていたら、
今日は寒いねなんて話していて、

「こんなに寒いんだから地球温暖化賛成~!(笑)」と云ったので、

ふたりでしばらくの間笑っていました(^^)

そして帰りも病院から駅までバスで降りて、一つの区間だけ電車に乗り、
降りた駅からはバスを利用して家まで帰ってきました。

大人になってからほとんどないと云っていいほどバスに乗らなかったのですが、
ひょんなことから今日そうやってバスに乗って窓から街の景色を見ていたら…、

僕らの街は最近の不景気でかなり廃れてしまったのだけれど、
シャッターは閉まっているけれどまだ残っている洋食屋のお店とか、
もうすでになくなっていたお店、そして、チェーン店の飲み屋さんになっているお店など、
なんだか寂しいような懐かしいような思いになりましたですね。

昔、あのバス停でお年玉でもらったお金で父に文庫本を買って待っていたこと、
親戚の叔母さんのお花の稽古に連れられて、
買ってもらえないけどそのバス停にあるおもちゃ屋さんで欲しいおもちゃを見ていたこと…、

そんなことが思い出されていました。

そんな街並みを見て色々思い出しながら、僕はこの街が好きなんだなと思いました。

”やはり野におけ れんげ草”というさだまさしさんの歌の中の一節があります。

きっと僕はれんげ草なんだなと思いました…


「優しさ」

2010-02-17 19:14:11 | 

     自分で云うのも何だが僕はよく優しいと云われる
     多分それは良くも悪くもなんだろうと思う 
     でもここで優しくしなければならないというときに
     優しくできない自分がいるのを知っている
     ただそこまで突き詰めて考えると嫌になっちゃうんだよね
     だから突き詰めた考え方もその優しさもいい加減がいいね

                           (想い人)