エッセイ 午後の雨
息子がまだ幼稚園に入る前だった。
お昼ご飯を食べ、いつものテレビ番組を見ていた。
夫から電話が入った。
「お客さんからの入金がまだない、何とかなる?」口座にある残金が不足して、今日中の決済金が足りないと言う。
お金はどこへ持っていくのかと聞くと、立川駅の改札口迄持ってきてと言う。
こんなに激しい雨が降っているのでは、息子を友人の家に預かってもらいに行けない。
連れて行くしかない。大急ぎで、レインコートを着せ長靴を履かせた。
バス停に着くまでに、着ているものがかなり濡れた。
急な雨だったせいか、車内は学生たちで混んでいた。
席に息子を座らせ濡れたコートや雨傘をたたみ、持っていた袋に入れた。
急いでいるから、バス代がすぐに出せるように、小銭が入った財布をポケットにしまった。
預金通帳の入ったバックを肘掛けに吊るし、息子と入れ替わって席にかけ、膝に抱いた。
立川駅がバスの終点になっている。
濡れた雨具と息子を、抱きかかえながら降りた。
土砂降りの雨が降っている。
そこから3~4分の所に銀行はある。
信号を待っている時、とんでもないことに気がついた。
通帳の入っているバックを、バスの座席に掛けたまま降りてしまった。
始発だからバスはまださっきの駅前にいるかもしれない。
万が一、走り出しても今来た道で会う。
息子の手を引いていると間にあわない。
近くの、鞄屋の横に連れて行き、「お母さんが来るまで絶対動かないでね」と言い聞かせた。
歩道の信号は赤だったが走った。
バスは発車寸前だったが間にあった。
バックはあった。
今度は息子の所に走った。
たしか、息子は黄色い傘をさして、泣きもしないで待っていた。
「お母さんの頭、びしょびしょだよ」、そんなことを言ったかもしれない。
私は泣いたかな、今は携帯電話の店になってしまった鞄屋の所に、置き去りにしたことを、ときどき思い出す。
課題 【穏やか・激しい】
先生の講評
こくこくと激しくなる雨の経過と情景が、心理の動きを代弁してすぐれている。
映画の一つのように、つまりビジュアル表現。
つつじのつぶやき ・・・ 久しぶりに褒めていただきました。
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