先生の講評…朴訥な若者と民具との出会い。
そういう美を愛する筆者の気持ちが、ひたすら具体描写に浮かび上がる。
一つの文体がある。
エッセイ 火鉢 課題【光・風・空気・水】 2016.3.11
十年程前、駅前の空き地で地方の物産展があった。
瀬戸物や民具などの小物の前には人だかりがあったが、家具を売っている所は閑散としていた。
何となく、見ていたら、朴訥そうな若い青年と目が合った。
黙っているので、私も並べられた家具を見て回った。
合成材にはない、銘木の、木目のしっかりした造りに心が惹かれた。
小さな抽斗が沢山並んだ隅に、木製の四角い火鉢が目についた。
欅の木目がきれいに出て、漆も立派だったが我が家には向きそうにもなかった。
一回りした後、もう一度見に行った。
先程の青年がニコッと笑い、産地の事などをゆっくりと話した。
火鉢を買うなど思ってもいなかったのに、赤々と炭火が熾り、鉄瓶から湯気が出ている風景が見えた。
「お餅を焼く」、「干物を焙って」、「焼き芋ができる」と想像が膨らむ。
青年は、鉄瓶と火箸、コテを付けてくれると言う。
炭は燃料店で買えたが、灰が売っていないので困った。
結局実家の弟に宅配便で送って貰った。
茶道の先生をしている友人に灰の話をしたら、火鉢の底に皿を埋めた方がいいと言う。
如何してかは聞かなかったが、火を使う、何か作法がありそうで面白かった。
おまけの鉄瓶は、夜、水を捨てて乾かさないと茶色の錆が出る。
次の年、錆び止めをした新しい鉄瓶を買った。
今、火鉢は小さな座敷に置かれている。
干物は何度か焙ったが、煙が出るからあまりしない。
お餅は網焼きだと焦がすのでホットプレートを使う。
赤々と熾る炭火の匂い、鉄瓶からはかすかな音をたてて湯気があがる。
灰に埋めたジャガイモが焼ける。
冬の暮らしに澄んだ空気が流れる。