
つながりあそび・うた研究所風の便り2025年1月号
子どもたちの願い
二本松はじめ
「子どもたちから『私たちってなんのために生きているの?』なんて、素朴な疑問を発せられたら困惑してしまう大人は多いことでしょう。そういう私も困る一人ですが、私の場合は答えを決めてあります。それも単純明快に。『しあわせになるため』と答えます。『じゃあ、しあわせってなに? どんなこと?』とたたみこんでくるかも知れません。そうしたら『そのしあわせってよくわからないから、そのしあわせを見つけるために生きているんだよ』と答えます。そして一声加えます「お前たち(子どもたち)が生まれてきてくれただけでもしあわせだよ」っと。子どもたちは照れくささを隠すようにさらに突っ込んできます。『どうして?』。子どもたちは親や先生たちの苦労を知っているからです。『だってお前たちがお父さんに、親にしてくれたんだから。ほんとうにありがとう』と言ってあげます。この話はわが娘との15年前の会話が元になっています。
誰でもがしあわせになるために生まれてきたのです。しあわせになるためにみんな精いっぱい生きているのです。子どもを育てる意味もそこにあるのです。そのためにも子どもを育てるだけなく、子どもに育ててもらいましょう。親として、先生として、人間として共育ち合い、育て合うことが大切なのです。(略)」
これは今から20年前に出版されたつながりあそび・うたシリーズ『遊園地につれてって』の巻頭文です。
今までもサマー・カレッジ等のレジュメには「人は幸せになるため、人を幸せにするために生まれてきた」と書いてきました。
2025年、新しい一年を迎えて、いま一度、この文章を、言葉を思い出しています。戦後80年、被爆80年。阪神淡路大震災30年。昭和100年等々、今年は節目の年といろいろ各方面から言われています。
でも、どうでしょう。ウクライナでは、ガザ地区では、シリアでは、アフリカやアジアでは・・・。いのちを奪われ、家族を奪われ、暮らしを奪われ、日常を奪われています。
日本でも、戦後すぐの話ですが、給食のパンを兄弟姉妹のために持って帰る子どもたちがいたことをニュースで知っていましたが、いまでも給食でしかおなかを膨らませることが出来ない子どもなど、絶えずおなかをすかしている子どもたちがいることも知っています。貧困のために食べることさえ奪われている子どもたち、格差と見えない競争と貧困の中で、未来図を描けない子どもたちがたくさんいる現実があります。
いま、子どもたちから「なんのために生まれてきたの?」「なんのために生きているの?」「しあわせってなに?」等の問いかけに、なんて答えたらよいのでしょうか。その答えを見つけるために、今年もつながりあそびの活動、運動に参加していきたいです。
今年も、私たちが東日本大震災を忘れないため、憲法九条を守り平和をつくるための夢わかばコンサート第15弾を開きます。ゲストはまっちゃんです。多くの仲間たちの参加をお待ちしています。








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