
80年代初めの頃まで、全レク(全日本レクリエーション・リーダー会議)の2泊3日のレクリエーション学校は、群馬県水上町湯の小屋にあった葉留日野山荘でよく開かれていました。春のレク学校、キャンピング学校、雪のレク学校、中級レク学校、バスレク等々。山荘は廃校になった少学校分校を改築して宿泊施設としていました。浴室は温泉。寝室は2段ベットが4台。談話室も。食堂は元体育館、と言っても分校でしたから、かなり狭いです。
この食堂が主に研修会場です。朝食、昼食、夕食が終われば机やイスを廊下に出して研修する会場に変わります。一応、食事の準備は班(グループ)活動だったと思うのですが、机、イス等の出し入れは、みんなでわっせわっせやっていたように記憶しています。
このわっせわっせの時間が、レクリエーション学校では良いアクセントにもなって、また、大事な時間になっていたと思います。学び、遊ぶ主体は参加者一人ひとり、その一人ひとりがつながってみんなでつくるのがレクリエーション学校です。研修の時間だけでなく、生活そのものも本人が意識するとしないとに関わらず、主人公になっていくということにつながっていたのですね。もちろん、最初からその時間(仕事)を意識してレクリエーション学校のプログラミングに入れていたわけではなかったです。そうせざるを得ない会場の制約もあったのです。そこはみんなで力を合わせてやる、ということを誰にも分っていたのでしょうね。いまはどうなんでしょうか。
夜10時過ぎは、この食堂が交流会会場。よく飲んで、食べて、歌って、踊って、おしゃべりしていました。語り合う、議論し合うもあったかな。2泊3日のレク学校ですから1泊目より2泊目は、からだも心も解放されて、それはそれは楽しかったです。私も午前様は当たり前の若い若い頃でした。いろいろ仲間たちから学びました。さすが、何年後からかな?0時を回ると山荘後ろのメアリーさん?から苦情もいただいたこともありましたっけ。反省。
そういえば、春のレクリエーション学校会場はその後、葉留日野山荘から千葉県岩井海岸の民宿に変わったのですが、そこでも食事会場が研修会場。わっせわっせの時間がありました。
時々、机やイスを片付けなければ実技研修ができないような会場での依頼を受ける時ありますが、その時は、参加者が集まってからみんなで会場準備をしましょうと担当者に話しますが・・・。
写真は1975年の全レク準備会当時のレク―リーダー学校。事務局の大竹さんと私。黒板が懐かしい。

写真は1979年春のレクリエーション学校で葉留日野山荘の玄関が見えます。2日目の午前・午後は野外活動。近くの上の原高原へのハイキング実習。観天望気や地図の読み方や野外料理なども、高原では水芭蕉が咲いていました。講師は草一平さん


10数年前につながり楽集会・東京の仲間たちと葉留日野山荘へ、当時の玄関です。その下は、79年春レクの朝のつどいで「タタロチカ」を踊っています。元校庭です。









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