飄(つむじ風)

純粋な理知をブログに注ぐ。

『なぜ、西洋の成功法則では、夢や願いは叶わないのか?』

2014-11-26 14:59:24 | 成功法則

面白い観点である!
限定公開なのだが、敢えて、転載する・・・!
興味のある方は、
さらに、検証して欲しい・・・!

 

それは和の成功法則として、順次、無料公開される予定である!

まずは、動画をクリックして、登録すると無料で動画が観られるので、どうぞ!

 


<画像をクリック!

 

まずは、私論を書いておきたい。

 

成功という概念であるが、人それぞれのものがあるであろう。

人生には目的がある。

限られた人生ではあるが、目的がある。

気がついているか、否かにかかわらず、目的があると思われる。

 

目的達成が成功というなら、

その目的が明確になっていないと覚束ないというのが、実情であろう・・・。


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ところが、

西洋の成功法則は、もっぱら物質的な成功を言う。

いろいろ社会的・家庭的・身体的・精神的成功を標榜するが、

その中心は、経済的成功を置いている。

マズローの成功の欲求5段階の法則などは、その典型である。

 

『貧乏ほど苦しい病はない』と言われるように、

この世の多くは、経済的理由に依るものが多いのは実情である。

であるから、

経済優先の成功法則が、標榜されるのは事情はよく分かるのである。

 

しかし、本当にそれで満足されるかというと、そうでもない。

それは、欲求の問題であって、

願いの一面に過ぎないからである。

欲求の願いもあるであろう。

それを追求することは、何も悪いことではない。

 

しかし、

祈りの欲求もあるのである。

祈りとはなんであろうか?

『意宣り(いのり)』である。

 

魂の願いというものが、誰しもある。

これが、生を受けた人生の本然の願いである。

意(い)というのは、それであって、魂の意思を指すのであるが、

それをすっかり忘れ去っている場合が多い。

 

それで、祈り<『意宣り(いのり)』>の重要性が求められるということだ。

『意宣り(いのり)』とは、魂の意思を宣言することだ。

その意思に沿っていなければ、

どんな成果も、成功とは感じられないだろう。

 

西洋の成功法則は、もっぱら唯物的な成功をテーマとしている。

そうではないという人は、

マズローで言うところの、自己実現の欲求を満たしていると観るべきだが、

自己実現は、即ち、魂の意思の実現でなければ意味がないのである。


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心は、

実は魂と肉体を橋渡しする器官である。

目には見えないが、確かに存在する。

大多数の人々は、この器官を肉体・現実に焦点を合わせているので、

欲求を求めて右往左往するのである。

 

肉体・現実というのは、

2元論の世界で、好きか嫌いか、快か不快か、損得、幸不幸の世界である。

そして、

心は、好き、心地よい、得、幸せに反応し、

その反対を排斥する。

 

それが欲求というものである。

だから、一方の結果に鋭く反応し、『ヤッター』と喜び勇むが、

反対のネガティブ事象には、恐れ戦くのである。


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常に、心は不安で、コロコロと揺れ動く。

成功といっても、その行く先は果てしはない。

真の自己実現が見えていないからだ。

 

自己実現とは、魂の願い実現以外なかろう。

 

魂の願いは、どうしたら知ることが出来るのであろうか?

魂は、心の内側にある。

欲求は外側(肉体・現実)にある事は自明であるが、

魂は、裡(内)にあるのであるから、

内省するしかない。

 

内省とは、心の裡(内)を見つめることである。

 

魂があるとか、無いとか言う前に、心はあることは自明であろうから、

裡(内)を見つめることは可能である。

それすらも出来ないのは、

糸の切れた凧のように、大空を彷徨うばかりで、

それも結構な話で、本人もそれで満足(自己満足)であろうから、

何を言わんやであろうから、それはそれで仕方のない話であろう。

 

西洋の成功法則には、そこまでという話であって、

常に2元論の狭間に彷徨うという話である。


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ところが、

和の成功法則には、祈り<『意宣り(いのり)』>を実現する方法論が備わっている。

これは聞き捨てない。

 

少なくとも、

成功とは、自己実現が最終到達点とすれば、

欲求でもなんでも良いが、

魂の欲求まで立ち入ることが、是非とも肝心である。

 

人間は、そもそも魂の存在であると前提であるが、

その願いが叶えられないでは、成功半分である。

魂の法則』を連載してきた立場からしても、誠に納得のいく話である。

 

本当の成功法則は、魂の願いに発せられなくてはなるまい。

そこまで踏み込んだ成功法則は、

実は、

日本にあったというのである。

 

それが、和の成功法則であるという。

実は、

冒頭でご紹介した動画であるが、

そのうち公開停止になるであろう。

で、

12月9日までに、無料で順次公開される予定であるとの情報で、

ここにご紹介するのであるが、興味のある方はぜひご覧頂きたい。


<画像をクリック!

 

幸せな人生は、成功にある。

ともかく、経済的成功もそのひとつであるが、

魂の成功なくして、真の成功はない。

真の自己実現は、魂の成功である。

 

その全てを、余すことなく紹介されているかどうかは、確認できていないが、

和の成功法則に、強い関心を持ったので紹介している次第である。

同じく、確認作業をしている身である。


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成功哲学の危険性について (通りすがり)
2014-11-29 05:52:14
私見に異論を唱えるのは野暮だとは思いますが、いわゆる成功哲学の類いは危険と思うので、僭越ながらコメントします。

昔から成功哲学は存在しますが、それが上手くいった試しはありません。それは、成功哲学の「成功」の定義が、人生の目的に反するからです。

>真の自己実現は、魂の成功である。

仰るとおりと思います。
では魂の成功とは何でしょうか。心を大きく、丸く豊かにすることではないでしょうか。

表題の「和の成功哲学」では、成功を「経済」「健康」「人間関係」と定義しています。これは「魂の成功」とは大きく矛盾します。

人の魂は、転生輪廻を繰り返す中で、様々な環境を体験し、その中で進歩・向上していくものだと思います。
その過程においては、裕福な環境を選ぶ人もいれば、貧しい環境を選んで心を磨く人生を選択される方もいます。また、現在の中東や北朝鮮のように、非常に厳しい環境を選ぶ人もいます。

貧しい環境の中で心を豊かにすることを選択した人が、この成功哲学によって経済的に豊かになれるかというと、決してそうはなりません。なぜなら、「貧しい環境を通して学ぶ」という人生の目的に反するからです。
これが「成功哲学」が必ず失敗する理由です。

健康も同じです。私の体験では、健康を害する時は、常に何か心の持ち方に正しくない面があるとしたものです。よって、医学による治療と同時に、その心の面をまず反省していくことが必要になります。その反省をせずに、ただ健康を願っても決して健康にはなりません。
また、人によっては先天的な障害を持って人生を送る人もいます。そういう人は、障害を通して心を豊かにするのが目的であったり、あるいは両親に反省を促すのが目的であったりします。そういう人がどんなに健康を願っても、それはやはり人生の目的に反するが故に実現しないでしょう。

確かに心と体と経済の調和は幸福に生きていく上で必要なものです。それを願うことは自然なことと思います。
しかし、現在の境遇には必ず意味があります。その意味を理解しないで無闇に成功を願っても必ず失敗します。

では何が必要なのかというと、これは私が学んだものですが、まずはその境遇に対する理解です。
自分の心の傾向を分析して、その修正のためにその環境を選んだのだと理解する必要があります。
次に、その境遇に感謝することです。その感謝を通して、その境遇の中で精一杯努力していくことが、その環境を早く卒業することにつながります。
これは口で言うほど簡単ではありませんが、だからこそ「魂の成功」につながるのではないでしょうか。

このように、「魂の成功」への道は非常に地道で気の長いものです。だから、「財産」「健康」「人間関係」などの現世利益を謳い文句に金儲けをしようとするのは、いわば体の良い新興宗教というべきで、非常に罪深いと思います。また、その片棒を担ぐような記事を出されることは危険ではないかと、お節介ながら思います。

「その人から地位・名誉・財産を差っ引いたものが本当のその人だ」と言った人がありますが、私もその通りだと思います。たとえ貧しくとも、あるいは健康に恵まれなくても、あるいは他人に正当に評価されなくても、心を丸く豊かに大きくした人が、真の人生の勝者と言えるのではないでしょうか。

長々と駄文失礼しました。

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