続・私の近況

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不思議な画像です

2016-05-31 21:34:38 | 日記

なんでしょう、先日三河新四国八十八ヶ所めぐりをしました。

後日PCに入力した、スナップ写真を見ていましたら。写した記憶の無い画像が一枚ありました。

ハス寺で蓮を写した後にかぼちや寺の間に有った。

 

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鐘の鳴る丘

2016-05-30 21:00:07 | 日記

私の子供の頃、連続ラジオ放送で「鐘の鳴る丘」をよく聞いた覚えが有ります。

信州安曇野で戦前、温泉旅館だったものを、昭和21年青少年の更生施設として国が利用し

多くの青少年が健やかに更生し、明るく巣立っていった思い出の多い建物です。

昭和55年、老朽化による取り壊しの際、法務省(有明高原寮)より譲り受け、国、県の援助を得て

この土地に移転復元し、後世に長く残して行くと共に、現在は青少年健全育成の施設として利用しています。

 

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エアォースワン

2016-05-25 22:03:39 | 日記

伊勢志摩サミットが明日から始まります。給油の為横田基地に着陸した。その後中部国際空港に!

専用ヘリコブター、専用乗用車まで到着

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三河新四国八十八ヶ所めぐり

2016-05-25 20:01:45 | 日記

三河新四国八十八ヶ所めぐり88番から41番までバスで回った。

朝早くバスで出発した。各寺の近くに駐車して、本堂に上がり参拝、般若心経と光明真言と南無大師遍照金剛を唱える。

47ケ所を一日で回るので大変忙しい、初めて参加でしたが疲れた。

受付してバスに乗車した頃には相席しか無かった。私の隣は知立市の男性であった。少し会話を交わした。

このツアーに15回も参加した方が3人いた。10回の方が二人5回の方も居た。しかも女性ばかりでした。

 

 

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異国の丘(戦後の歌)

2016-05-23 19:35:27 | 日記

戦後流行をした「異国の丘」は戦後のラジオ番組「素人のど自慢」で昭和23年8月1日の日曜日、一人の変わった出場者があった。シベリヤ抑留から帰ったばかりの中村構造さんでした。彼の歌った「異国の丘」は電波を伝わり日本中に送られた。「シベリヤにはまだ沢山の日本人が残されています」彼は静かに言葉を添えた。終戦時、旧満州地区にいた壮年男子50万人~60万人がソ連軍に連行され、シベリヤの収容所に送られ、不当な条件で強制労働を強いられていた。

増田幸司さんはバタバタと死んでゆく仲間を救うために作詞をした。「みんなで頑張って故国に帰るんだ」と思いを込めて作詞をした。生憎作曲家は見当たらなかったので、以前吉田正さんが作った「今日も昨日も」と言う歌にはめ込んだ。

『異国の丘』作詞 増田幸治 作曲 吉田 正

①今日も暮れ行く異国の丘に 友よつらかろ せつなかろ

我慢だ待ってろ嵐が過ぎりゃ 帰る日も来る春が来る

②今日も更け行く異国の丘に 夢も寒かろ冷たかろ

泣いて笑って歌って耐えりゃ 望むひが来る朝が来る

③今日も昨日も異国の丘に おもい雪空陽が薄い

倒れちゃならない 祖国の土に 辿りつくまでその日まで

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