銀色海岸(イラスト連載小説)

まだ見捨てずに続きを待っててくれたとは!そんな君の友情に応えて6年ぶりの更新(2018.5)

妙な気分

2018年05月03日 | 第九章






アイドルワイルドの前に、数人の人影があった。
胸騒ぎがした。
「何か、あったんですか?」
と、ひとりに尋ねると、入り口のドアを指した。
張り紙があった。

「お客様へ
アイドルワイルドを今までご愛顧いただき、有難うございました。
突然でございますが、やむなき事情により、閉店させていただくことになりました。
これまでの皆様方のご温情に、心からお礼申しあげます。
                            アイドルワイルド店主」


遅かった。
僕は唇をかんだ。

「うさこさん、だいじょうぶかなぁ」
「佐久間先生の所へ行ったんじゃないのか?」
「それならいいが・・・」
「もうあのコーヒー、飲めないのか」
常連たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、同じような会話をした。
暮色に染まったアイドルワイルドは、今までみたことのない淋しい佇まいを見せていた。

レモンのような月が登った。
この場所を去りがたく、ボクはひとり裏手へ回ってみた。
うさこさんが出迎えてくれた、小さな緑のドア。
あのときは、タンポポのような灯かりがともっていたものだが。
(なんだ?)
ドアの前に、月灯かりに照らされて、鈍く光るものがあった。
フォトスタンドだった。
うさこさんの引越し荷物から滑り落ちたのだろうか。
あわただしくこの家を離れたことが想像できる。

家に戻り、写真を確かめて、(お前かよ)と思わず言った。
大口を開けてマフィンをほうばろうとしている男、それは赤星山のボクだった。
あの日が、もう何年も前の出来事に思えた。
それにしても、君はなぜ、この滑稽な一枚を選んだんだ。
うさこさん、妙な気分だ。






美しい嘘なんて

2012年11月05日 | 第九章




目覚めたのは、夕暮れ時だった。
と同時に、猛烈な空腹を感じた。
倒れて以来、やっと確かな自分の身体が戻ってきたような気がした。
濃いコーヒーを入れて、パンをトーストし、卵三個でスクランブルエッグを作る。
レタスを剥ぎながら、ハムをくるんで食べた。
急げ、とボクの心が言っていた。
うさこさんにピアスを返したのは、運命の手なんかじゃなく、ボクだと、
それだけは言わなくてはならない。
『美しい嘘』なんて、この世界にあるものか。
そんなのは、意気地なしが気休めにいうセリフだ。







変身していた

2011年11月21日 | 第八章




窓を見たうさこさんが、はっとして立ち上がった。
「帰らなくては。・・・・すっかり話し込んでしまいました」
いつの間にか、外は白みかけていた。
ぼくらは時が経つのも忘れて、夜通し話していたのだった。
「では、これで」
と、玄関で振り向いたうさこさんは、まるで魔法が解けたシンデレラだった。
馬車がかぼちゃになって、途方にくれているような・・・・。
「大丈夫ですか?」
思わず、うさこさんの肩に手をかけたら、溶けそうに柔らかかった。
変身していた。
卯華さんは、ボクの妄想だと言うだろう。
「ふぁ・・・・ふぁ、ふぁっ・・・・」
鼻先がくすぐったい、またか。
ボクは、彼女から離れ、くしゃみを連発した。
自分の想像に反応するなんて、どうかしている。
向き直ると、うさこさんは姿を消していた。夢のように。
いや、決して夢じゃない。
ボクの胸で、野バラの移り香が、ほのかにたゆたっていた。
玄関のドアをあけると、林の小道の下葉が、風が吹き抜けたように揺れていた。
なんなんだ、これは・・・・かって味わったことのない寂寥感に沈み、
ボクはベッドへ倒れこんだ。





やわらかなまなざし

2011年11月14日 | 第八章




今にも帰ると言い出しそうなうさこさんを待たせて、ボクはワインを用意した。
「小さなうさぎさんに幸あれ!」と、グラスを上げると、
うさこさんは、ぺこんと頭を下げて、グラスを持ち上げた。
「土日だったら、引越し、手伝えるんだけど」
「ありがとうございます。でも佐久間が来てくれますので」
「佐久間さんか、・・・・彼とは一度話してみたかったなぁ」
そう洩らすと、うさこさんがうなずいた。
「月彦さんとも、きっとわかり合える相手ですわ。
私たちはいとこ同士ですが、幼いときから兄妹のように過ごしてきました」
うさこさんは、遠い日を懐かしむような、やわらかなまなざしでボクを見た。
それが始まりだった。
それから僕らはいろんな話をした。
初めての記憶、幼い日の夢、秘密基地、好きな本、好きな歌、
星の話、海の話、密かな宝物・・・・・
ただ、未来の話には、どちらも、ひとことも触れなかった。







ソウルメイト

2011年11月11日 | 第八章




「月彦さんは、私と出会うたびに、びっくりした顔をなさいましたね」
うさこさんは、去ると決めたせいか、いつもよりフランクだ。
「びっくりさせてくれる人がいなくなると、淋しくなるなぁ。
初めてあなたと会ったとき、ボクは思った・・・・」
「町へ着いた早々、へんなのが来たって?」
「反対です。・・・・真っ白なうさぎが、りんごをひとつ持ってきた。
さては、童話の世界へ迷い込んだかと」
ふたりで顔を見合わせ、少し笑った。
「うさこさん、いつかまた、お会いできますか?」
軽いのりで聞いてみただけなのに、彼女はたちまち顔を曇らせた。
「いいえ。それは、もう・・・・・」
そうなのか。
うさこさんが卯の島へ帰るということは、そういうことなのだ。
「でも・・・」と、うさこさんは、顔をほころばせて言葉を継いだ。
「月彦さんは私のソウルメイトです。ずっと、ここに」
と、自分の胸に手をあてた。
「ソウルメイト?」
「ええ、心の友」
「僕らは、話らしい話をしたこともないのに?」
「人をわかるための時間が、それほど必要でしょうか」
うさこさんは、微笑んだ。