村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

儀同三司母ギドウサンシノハハ

2021-08-16 23:31:21 | 和歌と歌人

 儀同三司母ギドウサンシノハハ
 和歌・歌人103.
忘れじの行末まではかたければ
今日を限りの命ともがな

高階貴子 タカシナノキシ
?-996 
平安時代中期の歌人。
高階成忠の娘。
円融天皇につかえて,
高内侍コウノナイシと称され,
従三位にのぼる。
関白藤原道隆と結婚し,
伊周コレチカ,隆家,定子テイシらを生んだ。
伊周の通称から,
儀同三司母ギドウサンシノハハとよばれた。
歌は「拾遺和歌集」「新古今和歌集」などに6首みえる。
長徳2年10月死去。

写真は七月通りすがりに撮ったもの

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三条院サンジョウイン

2021-08-15 23:21:33 | 和歌と歌人

 三条院サンジョウイン
 和歌・歌人103
心にもあらでうき世にながらへば
恋しかるべき夜半の月かな 

三条天皇サンジョウテンノウ
976~1017
日本の第67代天皇
(在位:1011年7月16日~ 1016年3月10日
諱イミナは居貞オキサダ
冷泉天皇の第二皇子。
母は藤原兼家の長女超子。
花山天皇の異母弟。


写真は
七月の晴れた日に
撮った写真
蓮根レンコンは
蓮の地下茎が肥大したもの。
蓮の実も若いうちなら蓮の実ご飯。
葉も茎も食べられそうだ。
花言葉は「雄弁」

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藤原道信フジワラノミチノブ

2021-08-14 23:11:01 | 和歌と歌人

 藤原道信フジワラノミチノブ
 和歌・歌人102
明けぬれば暮るるものとは知りながら
なほ恨めしき朝ぼらけかな

藤原道信フジワラノミチノブ
972-994 
平安時代中期の公家,歌人。
藤原為光の3男。
母は藤原伊尹(これただ)の娘。
備後,越前,丹後などの国守を歴任し,
没時は左近衛中将,従四位上。
一条朝の歌人として知られ,
中古三十六歌仙のひとり。
「拾遺和歌集」以下の勅撰集に48首がはいる。
正暦5年7月11日死去。23歳。
家集に「道信集」。

今日も雨だし
特に何もしない
写真は
書類を整理していたら出てきた
認定証と書いてある

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花山院カザンイン

2021-08-13 23:33:33 | 和歌と歌人

 花山院カザンイン
 和歌・歌人101
秋の夜の
月にこころのあくがれて
雲ゐにものを
思ふころかな 

花山天皇カザンテンノウ
968~1008
第 65代天皇 在位1年 10ヵ月,
(在位 984~986) 。
名は師貞。
冷泉天皇第1皇子,母は藤原伊尹の娘懐子。
永観2 (984) 年円融天皇の譲位で践祚,
次いで即位。
外戚 藤原義懐 (伊尹の子) と
右大臣藤原兼家の
勢力争いの余波を受けて
花山寺で落飾,
入覚と号し,花山法皇と称した。
出家後,諸寺を遍歴し仏道を修めた。
絵や和歌に巧みで,
『拾遺和歌集』は同法皇の撰と称せられる。

雨が降ったり止んだり
してる

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さびしきは紫木槿

2021-08-12 23:52:49 | 村雨庵 稽古 

 若山牧水
さびしきは 
紫木槿ムラサキムクゲ
はなびらに 
夏日の匂ひ 
消えがてにして

今日は木曜稽古
夏休みのお弟子様もいるので
稽古に見えたのは四名
台子に逆勝手
それに茶箱
頭を切替えながら
点前に集中すれば
暑さは忘れる

写真は「ヒオウギが咲きました」と
いとこのKEIKOちゃんからのメール

以前、島さんから頂いたヒオウギの花が咲き
種ができると
その種をKEIKOちゃんに分けたところ
昨年も今年も見事に咲いた
今度はその種を
分けてくださいな
うちのは全滅
消えてしまったから

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玉藻なる

2021-08-11 23:28:35 | 村雨庵 稽古 

  正臣
玉藻なる
さぬきの海も
清き名を
続きけりいへの
ひかりますらむ

今日は水曜稽古
掛軸は歌切れ
便面に和歌一首

阪正臣
ばんまさおみ
(1855―1931)
歌人、書家。
名古屋生まれ。
幼名は政之介、
字アザナは従叟、茅田ボウデン、観石、桃坪などと号し、
居を樅屋モミノヤと称した。
鎌倉宮、伊勢皇大神宮などに奉仕、
30歳のときに宮内省御歌所に入った。
華族女学校教授、
御歌所寄人を歴任。
(コトバンクより)

今週も来週もお稽古あり
お盆休みはなし
お弟子様は各自で休んで
村雨庵は
今年は休まない
どこも行かないから

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行きかふそらの通路

2021-08-10 23:41:17 | お習字

夏と秋と
行きかふそらの通路は
 かたへすゞしき風やふくらん
凡河内躬恒オオシコウチミツネ

今日はお習字教室
森金先生と私をふくめて生徒四名が
時間差でのお習字の練習日

私は仮名の高野切の臨書
と現代詩文を三枚ずつ
とんでもなく下手だけど
とりあえず提出用はできた
小さな達成感あり

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朝顔の花やぶれけり

2021-08-09 23:31:01 | 古筆

朝顔の花やぶれけり初嵐 子規

今日はお勉強会
渋谷の駅に着いたら、
なんだか見たこと有るような人が佇んでる
マスクをしてるので近くにいってみると、
やはり里庵様
早く着いたので、誰か来ないかなと
待っていたところだとか
時間もあるので、バスで行きませう
バスに乗ると松風庵様も乗ってらした
目的のバス停を降りて
三人で先生のお宅へ向かう
立秋が過ぎたばかりだが
夏盛り蝉の声がうるさい
蝉時雨だ

先生のお話し
蝉は
中国では生き返り、復活、再生の象徴。
新石器時代から玉などをセミの姿に彫った装飾品がある。
地位の高い者が亡くなった際に
「玉蝉」を口に入れて埋葬し、
蘇生、復活を願う習慣があった。と

ウィキペディアをみると
蝉を日本では、
種毎に独特の鳴き声を発し、
地上に出ると短期間で死んでいくセミは、
古来より感動と無常観を呼び起こさせ
「もののあはれ」の代表だった。
蝉の終齢幼虫が羽化した際に残す抜け殻を空蝉(うつせみ)と呼んで、
現身(うつしみ)と連して考えたものである。

もののあわれの代表の蝉
わが家近くは
大きな樹木がなくなり
蝉の声もきかない
それも寂しいものだ

写真は
東京2020のマスコット
ミライトワのお菓子
カスタードクリームが入っていて
美味しい

ミライトワとは
「未来」+「永遠(とわ)」
素晴らしい未来を永遠にという願い。だそうだ

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藤原公任フジワラノキントウ

2021-08-08 23:37:42 | 和歌と歌人

藤原公任フジワラノキントウ
 和歌・歌人100
朝まだき嵐の山の寒ければ
紅葉の錦着ぬ人ぞなき

滝の音は絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れてなほ聞こえけれ

春来てぞ人もとひける山里は
花こそやどのあるじなりけれ

藤原 公任
フジワラノキントウ
966~1041
平安中期の公卿・歌人。
藤原北家小野宮流、
父は関白太政大臣・藤原頼忠。
母は醍醐天皇皇子代明親王の娘厳子。
官位は正二位・権大納言。
四条大納言。
『和漢朗詠集』の撰者。

藤原道長と親しく,
歌合に出席、999年秋には
大覚寺の滝がなくなったのを惜しみ,
「滝の音は…」を詠んだ
と。藤原行成の日記「権記」にある。

今日は日曜日
何も予定はなし
ゆっくり起きたが
二度寝してお昼を食べて
お昼寝
お陰で夜は寝つきが悪い
珈琲の飲み過ぎかしら
冷凍庫のお菓子ひとつ
すっかり忘れてた

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桶こけ歩く野分ノワケ 哉

2021-08-07 23:59:43 | お勉強

底のない桶こけ歩く野分哉 蕪村

写真は『神歌抄』ジンカショウの一部分
平安時代の巻子本
神歌とは、
神の徳をたたえる歌
最古の神楽歌カグラウタの写本。
伝源信義サネヨシ筆。
源信義ミナモトノサネヨシは
陰陽師安倍晴明のパートナー源博雅ヒロマサの子

平安時代の仮名というと
流麗で美麗ばかりかと思うと
日常の文字は
ちびた筆で書いたような
素朴で連綿がないから読みやすい
かわいらしい文字だ

今日の午前中は
朝日カルチャー
午後も朝日カルチャーの講座の予定
午前の講座はお昼で終わる
午後の時間は一時から
それまでの一時間
お昼はどこで食べようかな
どこが危険がないかしらと
あれこれ思っていたら
午後の講座はコロナの関係で九月に延期

午前の講座が終わったら
まっすぐ帰って
昼寝

今日の講座は眠くて眠くて
舟を漕ぎそうだった
いや漕いでいたかも

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謡の稽古

2021-08-06 23:45:21 | 能・謡

東京のコロナ感染者が急増してる
稽古場までどこにも触らず
電車とタクシーで
謡の稽古に出掛けた

エスカレーターの手すりに
つい触ってしまったので
携帯のアルコールで手を拭く
見回すと今日は
電車の中はわりとすいている
原宿も思ったよりは人が少なかった
日射しはギラギラゆえ
稽古が終わるとすぐ帰った

先週の稽古日から
日数が少ないので
まともな稽古ができてない
稽古を積まなければ
自分のものにはならない
だいたいが
その場しのぎの
だだ先生の真似をしている状態ゆえ
もう一度と繰り返すと
わかってないことがバレてしまった。

10月の謡の会に向けて稽古していたのだが
コロナの関係で先に延びたとのお話し
ということは
それまでの稽古日が増えること
私にとっては良かった

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水風如秋

2021-08-05 23:13:33 | 村雨庵 稽古 

水風如秋
みずのおと松の響きは秋ながら
夏ををとわる蝉の声かな
 加藤千陰

今日は木曜稽古
逆勝手の炭、濃茶、薄茶
茶箱の色々
お弟子様により
色々だ

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加藤千陰カトウチカゲ

2021-08-04 23:38:46 | 村雨庵 稽古 

月前眺望
千村チムラ五百村イホムラ手づくりを
さらしそふると
見ゆる
月かな
 加藤千陰

この歌は今日掛けた
掛け軸の歌とはことなるが 
今日は八月の稽古日
立秋はあと二日先だが
道具はすっかり秋模様

加藤千陰カトウチカゲは
享保20年3月9(1735年4月1日)江戸の生まれ
文化5年9月2日(1808年10月21日))73歳で亡くなる
江戸中期から後期にかけての
国学者・歌人・書家。
父は加藤枝直エナオ。
姓を橘氏とすることから、
橘千蔭とも称する。
通称は又左衛門。
字は常世麿。
号は芳宜園ハギゾノなど。
和歌は
賀茂真淵 の門に入る
歌風は古今風。
村田春海とともに江戸派の双璧といわれた。
千陰の書は千陰流といい
明治期に人気があった。
当時、貴族や上流階級の令嬢たちの
和歌の師匠として人気のあった中島歌子が
千蔭流の書を嗜んだことから、
その門下生の樋口一葉も千蔭流の書を学んだ。とか


写真は二酸化炭素の計測するもの
一晩借りた
二酸化炭素計測器は
稽古が終わるとだんだん数値が下がってきた

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雨の後なる一葉

2021-08-03 23:54:12 | お勉強

濡縁に雨の後なる一葉かな 虚子

一葉とは桐の葉のこと
桐の葉は大きくかさばる
落ちるときも落ちても目立つ

我が家でも雨のあとの濡れ縁に
縮れた葉っぱが落ちてた
どうということもない事が
素敵な俳句になる

今日は読売カルチャーへ
お勉強
取っている講座は
「茶の湯の文化史」
利休が創造したもの
楽茶碗ににじり口

長次郎の赤楽茶碗で
ハタノソリタル茶碗
その銘は「道成寺」といい
能からの銘
茶碗を伏せた姿が
道成寺の鐘のようだからとのこと

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浮世は熱きものと知りぬ

2021-08-02 23:35:01 | Weblog

百日紅サルスベリ浮世は熱きものと知りぬ 夏目漱石

月曜日
もう八月に入って二日目
何にもしなくても
日はすぎる

今日はちょっと道具の片付け
八月の道具に変えた

月はじめには
短歌の雑誌と
陶説が届く

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