お盆休みとかで
クリニックはどこもお休み
ほんとに一歩も外へ出かけない
本を読むか
お謡のレコーダーを聞くか
昼寝か
ああ夏休みだ
女房三十六歌仙
斎宮女御
徽子女王(きし(よしこ)じょおう
(929~985)
平安時代中期の皇族、歌人。
式部卿宮・重明親王の第1王女(醍醐天皇の皇孫)。
母は藤原忠平の次女・寛子。
朱雀天皇朝の伊勢斎宮、のち村上天皇女御。
斎宮を退下の後に女御に召されたことから、
斎宮女御と称され、
また承香殿女御、
式部卿の女御
とも称された。
三十六歌仙および
女房三十六歌仙の1人。
中宮・藤原安子、
宣耀殿女御藤原芳子など
美女才媛の多い後宮にあって
徽子女王の父譲りの和歌と琴の天分は名高く、
ことに七弦琴の名手であったといわれる。
代表歌
琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ
世にふればまたも越えけり鈴鹿山むかしの今になるにやあるらむ
大淀の浦たつ波のかへらずは変はらぬ松の色を見ましや
(ウィキペディアより)
写真は
「琴」の画に
「の音に」と賛がある
斎宮女御の歌をあらわした画讃だろう
茶の湯・茶道ランキング
クリニックはどこもお休み
ほんとに一歩も外へ出かけない
本を読むか
お謡のレコーダーを聞くか
昼寝か
ああ夏休みだ
女房三十六歌仙
斎宮女御
徽子女王(きし(よしこ)じょおう
(929~985)
平安時代中期の皇族、歌人。
式部卿宮・重明親王の第1王女(醍醐天皇の皇孫)。
母は藤原忠平の次女・寛子。
朱雀天皇朝の伊勢斎宮、のち村上天皇女御。
斎宮を退下の後に女御に召されたことから、
斎宮女御と称され、
また承香殿女御、
式部卿の女御
とも称された。
三十六歌仙および
女房三十六歌仙の1人。
中宮・藤原安子、
宣耀殿女御藤原芳子など
美女才媛の多い後宮にあって
徽子女王の父譲りの和歌と琴の天分は名高く、
ことに七弦琴の名手であったといわれる。
代表歌
琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ
世にふればまたも越えけり鈴鹿山むかしの今になるにやあるらむ
大淀の浦たつ波のかへらずは変はらぬ松の色を見ましや
(ウィキペディアより)
写真は
「琴」の画に
「の音に」と賛がある
斎宮女御の歌をあらわした画讃だろう
茶の湯・茶道ランキング