さらば築地 年寄りの食歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

鶯亭金升日記より 年譜1

2009年06月28日 | 福神漬
鶯亭金升日記より 年譜1
三代キシャ
祖父は徳川の旗下八万旗中騎射(キシャ)の名人長井竜太郎昌広という。竜太郎没後9歳の娘が一人残り、家が絶えようとしたとき、時の町奉行が心配して戸田伊豆守氏栄の三男桂三郎を養子に迎え、17歳になった娘と結婚させ、桂三郎は長井筑前守昌信となった。
 嘉永6年、ぺルリの黒船が浦賀に来た時、戸田伊豆守は浦賀奉行をして苦心した。開港後長崎奉行を父が勤めた。維新後工部省の役人となり、明治5年京浜間汽車(キシャ)開通の際は鉄道局に関係していた。父の子鶯亭金升は新聞記者(キシャ)を勤めた。親子三代にわたって(キシャ)を仕事とした。
小栗上野介の米国訪問の土産(菓子製造の道具)が永井家に届けられワッフルを作り江戸城中の人の賞賛を得たという。
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