さらば築地 年寄りの食歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

鶯亭金升日記より 年譜2

2009年06月29日 | 福神漬
鶯亭金升日記より 年譜2
鶯亭金升は明治元年3月今の千葉県船橋市に生まれた。明治3年今の仲御徒町に住み、明治6年父が病にて死ぬと、母は明治7年根岸の里に転居した。服部波山翁の門に入り、書・画・漢学を学ぶ。服部校にてしばしば團團珍聞を持ってくる者があった。明治16年に團團珍聞に投書するようになった。16歳の時だった。投書度々するようになって團團珍聞の社員で編集者であった梅亭金鵞から声がかかり、明治17年團珍の社員となった。この年初めて小説を書き、鶯亭金升と名乗る。
明治19年、團團珍聞社長/野村文夫と関西を回る旅行をする。大阪にて後に根岸党の仲間に入る久保田米遷と知り合う。
従って小石川の梅亭金鵞宅において、酒悦からたまれた福神漬の引札の印刷は明治17年から18年のこととなる。

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