年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

学徒出陣

2019年04月26日 | 陸軍特別操縦見習士官1期

先の大戦で学徒出陣の情景の映画記録を良く見る。雨の神宮で観客席の女子大生の日の丸の旗の中、男子学生が整列行進をしている風景である。昭和18年も終わりの頃で、すでに日本は勝つ見込みの無い状況になっていたが一億総動員と言うことで学業を中途でやめさせ、繰上げ卒業させ軍隊に入らせた。これは強制なので多くの学生は止む得ずという気持ちがあっただろう。戦後になって指導者になった人たちの記憶に残る。当時は死を覚悟したと思われる。運不運の神様により分けられ生き残った人の記録で学徒出陣の風景を選ばせたのだろう。その学徒出陣は強制だったが希望して軍隊の入る制度が昭和18年7月に出来た。陸軍特別操縦見習士官という制度だった。全国からの応募者は1万人を超えた。同様の制度も海軍が作り同じく応募者は5万人を越えたという。

 通常パイロットの養成には3年から3年半かかるが時局の要請で即席養成となった。募集時には1年半となっていたようだが実際には10ヶ月程で実戦部隊に配属され、19年10月1日少尉となった。叔父はビルマ戦線からレイテ戦線末期に参戦し日本へ19年末に一時帰国した。陸軍特別操縦1期生は約1800名のなか700名(40%)が戦死している。

 無茶なパイロット養成の無念さを京都霊山護国神社境内にある(特操の碑)の碑文に現れている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする